歳玄の初任務から既に1年の月日が経過しようとしていた。
歳玄はあれから異常なペースで鬼を狩り続け一年で階級は柱の一つした…甲(きのえ)まで到達していた。
そしてあらゆる任務を完遂したこととその異常な任務量を多数の目撃者が証言しており歳玄のことを『次期柱筆頭』『鬼に飢えた鬼狩り』『剣鬼』など鬼殺隊中でも一目置かれる存在となっていた。
そして悲鳴嶼行冥はその圧倒的強さで既に現柱の中でも"最強"と位置付けられており歳玄と同じ師匠の元で励んでいることが明るみになってからは密かに綾之丞の評価が鰻登りに上がっているのであった。
――そんな折だった。
任務帰りの歳玄のもとに、鎹鴉の黒羽が鋭く鳴きながら舞い降りる。
「南東ノ山村ニテ多数ノ行方不明者発生!鬼ノ気配濃厚――下弦級ノ可能性アリ!」
黒い羽が揺れ、言葉が空気を裂く。
(……下弦)
歳玄の瞳がわずかに細まる。
これまで幾度となく何十もの鬼を斬ってきた。だが、“十二鬼月”――その名を冠する存在と刃を交える機会はまだなかった。
「……ようやくか」
低く呟き、歳玄は地を蹴った。
◆
歳玄が山村に辿り着いた頃には、既に日は沈みかけていた。これから鬼の時間が訪れることを示唆しているかのように村は異様な静けさに包まれている。
家の戸は開いたまま、夕餉の支度は途中で止まり、まるで“時間だけが切り取られた”かのような光景。
(血の匂い……ここまで"濃い"ものは初めてだな)
歳玄が一歩踏み出したその時――
「――止まれ!」
鋭く、それでいてよく通る大きな声が村に響き渡った。
歳玄が声のした方を振り向いた先にいたのは、一人の少年だった。
燃えるような髪、真っ直ぐに伸びた背筋、そして揺るぎない眼差しを持つ男。年齢はまだ若い。おそらく俺の1つ2つ上…だが、その立ち姿から溢れる気迫は只者ではないことが見て取れる。
「その先は危険だ!君も鬼殺隊だな?」
歳玄は一瞬だけ相手を値踏みするように見た。
(……強いな。だが、まだ粗い)
「悲鳴嶼歳玄だ。お前も同じ任務だろ」
「うむ!俺は煉獄杏寿郎!同じくこの村の鬼討伐に来た!」
相手を探るように見つめていたのは歳玄だけでなく…
(…強いな…今はまだ押し殺してはいるが溢れる"剣圧"が迸っている。…戦わずして分かる…この男…間違いなく"怪物"の類)
「歳玄は現岩柱!悲鳴嶼行冥殿のご家族か何かだろうか!」
「あぁ…俺の兄貴だ。お前こそ煉獄っていやぁ、現炎柱と同じ名前じゃねぇか」
(流石に兄貴のことは知ってるわけか)
「うむ!その通り!炎柱は俺の父上であらせられる!」
(柱の息子か…それならこの歳でその強さも納得がいくわけか)
歳玄は刀に手をかける。
「煉獄…この任務は下弦の可能性がある。遊びじゃ済まねぇぞ」
一瞬の沈黙――
だが、煉獄は笑った。
「望むところだ!強敵であるほど燃えるというもの!」
「…お前も"こちら側"と言うわけか」
「??なんのことか分からんが俺のことは杏寿郎でいいぞ!」
歳玄の胸の奥で何かが僅かに熱を帯びる。
「……なら俺のことも歳でいい。…行くぞ」
「うむ!」
これより次世代を担う2人の鬼狩りが鬼の棲家に踏み入ることとなる
◆
山の奥へと進むにつれ、空気が重くなる。
木々の間に張り付くような気配。
そして――
「――来るぞ」
歳玄の声と同時に、影が“裂けた”。
「ヒヒ……来たかァ……鬼狩りィ……」
現れたのは、鬼の姿は異形そのものであり
大木ほどある巨大に全身に走る血管、歪に裂けた口、そして異様に長い腕…
そして何より…
――その鬼の目には、はっきりと刻まれていた。
「下弦ノ壱」
禍々しい文字が、夜闇の中で鈍く光る。
これまで斬ってきた鬼とは、明らかに“格”が違う。
「……いい目だァ……」
鬼は舌なめずりをする。
「その目……その気配……喰えば、俺はもっと上に行ける……!」
その瞬間――
鬼の立っている地面が“消えた”。
否、鬼が踏み込んだ衝撃で大地が砕け散ったのだ。
「――ッ!」
歳玄は反射で刀を抜く。
だが――
「遅ェッ!!」
鬼の腕が、視界を埋め尽くすほどの速度で振り抜かれる。
(速ぇ――!)
――ガキンッ!!
金属を叩きつけたような衝撃が響き受け止めたはずの刃が、軋む。
(重い……ただの腕じゃねぇ!)
歳玄が反撃に投じようとしたその時――
「歳ッ!!」
そう思った時…炎が、割り込んでくる
「うむぁぁああああッ!!」
杏寿郎の踏み込みは一直線に歳玄と鬼の間に入る
――炎の呼吸 壱ノ型・不知火
燃え上がる軌跡が、鬼の腕を弾き飛ばす。
「チッ……横槍かァ!」
鬼が後退する。
「すまない。助かった」
「問題ない!仲間を守るのも剣士の務めだ!…と言ってもお前ならなんとかしただろうがな」
「いい連携だなァ……だがよォ!!」
鬼の体が膨張し皮膚が裂け、血が溢れ出す。
「俺の血は“刃”になる……避けられるかァ!?」
――血鬼術・血刃乱舞
無数の血の刃が、嵐のように降り注ぐ。
「来るぞ!」
「うむ!」
二人が同時に踏み込む。
「桜の呼吸・伍ノ型・流桜」
「炎の呼吸・肆ノ型・盛炎のうねり」
歳玄の剣が霞のように揺らぐ。
舞い散る桜のような斬撃が、血刃を逸らし、いなし、斬り落とす。
そして杏寿郎は自身を中心とした渦巻く炎の剣劇で血の刃を焼き斬るように切り落とし否していく。
だが、全てを防ぎきれはしなかった
「ちっ……!」
杏寿郎の頬を浅く裂かれる。
その瞬間――
「借りは返すぜ!!」
ーー桜の呼吸・弐ノ型・"散華"
振り抜かれた歳玄の刀から
無数の細かい斬撃を“散るゆく花びら”のように浴びせ杏寿郎にせまる血刃を空へと弾き返す。
夜空に桜と火花と血が交差し、空が赤く染まる。
歳玄の思考が研ぎ澄まされる。
(このままじゃ埒が開かない…なら――)
「杏寿郎!正面は任せた!」
「??…うむ!任された!!」
歳玄が何をするのかは理解していない杏寿郎であるが躊躇いはない
杏寿郎は正面から踏み込む。
「俺を殺してみろ!悪鬼!!」
真正面からの挑発の言葉を発する杏寿郎…
そしてそれを聞いた鬼が嗤う。
「いい度胸だァ!!」
全ての攻撃が、杏寿郎へと集中する。
――その一瞬。
歳玄の姿が“消えた”。
(もう1人のやつはどこに消えた…はっ!後ろ――!)
鬼が振り向いた時には、もう遅い。
「終わりだ」
低く、静かな声が鬼の脳裏に響き渡る
――桜の呼吸 ・壱ノ型・桜花一閃
夜の中に、一筋の淡い光。
それはまるで――
散りゆく桜のように、美しく。
そして、残酷に。
「な――ッ」
鬼の首筋に、線が走る。
だが――
「浅ェよォ!!」
咄嗟に身体を捻り、致命傷を避ける。
(硬ぇ……!血を硬化させたか!?)
骨に届く寸前で鬼の体内に流れる血を硬化させ刃を防ぎ切った
そして近づいた代償に、鬼の反撃が迫る。
「死ねェ!!」
振り下ろされる鬼の腕。
回避は間に合わない――なら…
とその時
「歳ィ!!」
轟音と共に炎が爆ぜる。
――炎の呼吸 参ノ型・気炎万象
炎を纏った杏寿郎の
全身全霊の一撃が鬼の横腹に叩き込まれる
鬼の体が大きく弾かれる。
「ぐォァアアア!!」
鬼は地面に叩きつけられ、山肌が抉れる。
「今だ!!」
杏寿郎の声が響く。
「…終わりだ」
ーー桜の呼吸・淕ノ型・宵桜・断(よいざくら・だん)
「や、やめ!ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
地面に横たわる鬼の頭上から幾千もの桜の鋭雨が閃光のように降り注ぐ。右脚、左脚、右手、左手と全ての部位を破壊し尽くした暴雨は最後に鬼の首を斬り落としたのだった
◆
夜が、静けさを取り戻し山一帯に風が吹き、血の匂いが流れていく。
「見事だ!!」
声のする方を振り返る。そこにはこちらを見つめながら微笑む杏寿郎の姿…
そしてその顔には、心からの称賛が垣間見える。
「素晴らしい剣だ!あの一瞬で鬼に何もさせず討ち取るとは!」
その言葉を聞きながら歳玄は刀を収める。
「わざわざ作ってくれた隙を逃すわけには行かなかったからな。1人ならもう少し手こずったかもな」
「そうか!ならば我らの勝利だな!」
杏寿郎は胸を張って笑う。その姿は、炎のように眩しい。
歳玄は小さく息を吐く。
「また組むかもしれねぇな」
「うむ!その時はぜひ共に戦おう!今度は俺も負けないように鍛錬を積んでおく!」
「はっ…そりゃ楽しみだ」
夜明けが近づいていくのが分かる。東の空が、僅かに白む。
鬼を討伐した二人は並んで山を下りる。
――鬼殺隊の未来を背負う者たち。
その最初の共闘は、確かに刻まれたのだった。