歳玄が柱に昇進して数日後…柱として初の任務が舞い込んできた。
場所は東北山間部に位置する地方であり、この地方からだとかなり距離が開いている。
「被害はすでに数十名。しかも……生き残った者の証言では、“氷を扱う化け物を見た”とある」
「…氷に関する血鬼術か?」
歳玄は小さく呟く。
今回の鬼はただ強いだけの鬼ではない。厄介な血鬼術を操る類だと直感した。
それにこの任務、厄介なのは鬼だけでは無い
「現地まで辿り着くのに数時間。積雪の影響で鉄道も途中までしか使えん。加えて、その地域は吹雪が続いている。一度入れば――すぐには戻れないのは目に見えている」
現地は冬の時期ということもあり吹雪や雪崩など悪天候が続いてる。鬼だけでなく自然災害にも気をつけなければならない
柱になって初任務…初手から中々に面白い任務が舞い込んできたものである
◆
出立の夜――。
現地に向かうため歳玄は一人、駅のホームに立っていた。
白い蒸気が夜気に溶ける。
目の前には、重々しく佇む蒸気機関車が止まっている。
「……これが」
低く呟き、ゆっくりと車両へ乗り込む。歳玄は前世と合わせても、このような大型機関車は見たことがなくあまりの迫力に言葉を失った。
◆
切符を買ってもらい車内に入室すると、意外にも車内は静かでありランプの灯りが揺れ、木製の座席が軋む音が聞こえる程である。
夜も深くなってくる時間ということもあり乗客はまばらで、ほとんどが眠りについている。
何はともあれ、今回の任務は長旅になりそうである。
そう考えながら、歳玄は指定の窓際の席に腰を下ろす。
やがて――
ゴトン……と音を立て、列車が動き出した。
◆
どれほど時間が経ったか。
列車がいくつかの駅を過ぎた頃――
ガラリ、と車両の扉が開く音がした。
冷たい空気が一瞬流れ込み、窓の外を見つめていた歳玄の隣に誰かが座り込む。
「ん?…っておまっ!」
「シーー…歳くんみんな寝てるからね」
コクッと頷き返した歳玄。しかし歳玄が驚くのも無理はない。なにせ、隣に座った人影は胡蝶カナエ…その人であった。
「…それで、どうしてここにいるんだ?」
「それはね、私も歳くんと同じ任務を受けるからよ」
「っ!?」
「ふふっ…やっと歳くんの驚いた顔が見れたわ。この為に無理を言って黒羽に頼んだんだもの」
今回の任務、俺に同行者の有無が伝えられていなかったのはカナエの細工が入っていたからであった。
「…それに…私もしのぶには負けてられないもの」
「なんか言ったか?」
「いえ何も!」
カナエが下を向きながら小さく呟いたのだが、歳玄には聞こえてはいなかったようだ。
「それにしても歳くんもとうとう柱か〜」
「…なんだよ」
「何も〜、ちょっと遠くに行きすぎてお姉さん寂しいなぁ〜って」
「…別に会おうと思えばいつでも会えるだろ」
「そう言う意味じゃないの!」
この剣術馬鹿にこのような裏をかいた言葉遊びなど出来るわけもなく、妹のように直球勝負することが勝利の鍵なのだが…
「カナエは今はどの階級にいるんだ?」
「この前昇進したから丙(ひのえ)になったと思うわ」
「一年でそこまで上がるのは大したもんじゃないか」
「むぅ〜一年で柱になった人に言われても嫌味にしか聞こえないわ」
そう言い頬を膨らませるカナエ
「本当に思っているさ。この調子なら直ぐにでも柱を目指せるだろう」
「そうなのかな〜。甲(きのえ)まで行ける人はいるけれど柱には昇格出来ず引退する人がほとんどだって聞くわ。"あの領域"はほんの一握りの天才しか辿り着けないってね」
「…天才…か」
俺は本当の天才って奴を知っている。ソイツは稽古なんてしなかった。けれど生まれつきの才能のみで格上すら呑み込み勝ち続けていた。…そいつと比べたら俺なんて凡才に等しい。
今は前世で培った"土方歳三"という経験値が他より有利に働いているだけだ
「ねぇ歳くん」
「あ?」
「歳くんって継子を取っていないわよね?」
継子とは…『現役の柱』が選抜する直弟子のことである。よほど優れた才能があると認められなければ選ばれないという次の「柱」候補生である。
(そう言えば杏寿郎は"現炎柱"の継子なんだっけな)
「俺に人を指導する才はないぞ?…それに教えられるほどの技量もない」
「そんな事ないわよ!柱最強候補と言われている歳くんの剣術を学べるんだもの!見ているだけでも勉強になるわ!」
「…そうか?」
「それに歳くんは桜の呼吸!私は花の呼吸で互いに水の呼吸からの派生で誕生したお花に準えた呼吸を扱っているわ!これは運命よ!歳くん!」
「お、おう。そこまで言うなら考えておく」
カナエのあまりの熱量に抑え込まれてしまった歳玄は思わず頷いてしまった。
「約束よ!」
「あ、あぁ」
指切りでもする勢いで差し出された小指に、歳玄はわずかに眉をひそめながらも応じる。
――その瞬間だった。
ガタンッ、と列車がわずかに大きく揺れる。
「……?」
違和感を感じた。それはーー
ただの線路の継ぎ目ではない、不自然な揺れ。
歳玄とカナエはほぼ同時に顔を上げた。
「今の……」
「揺れ方がおかしいな」
次の瞬間――
キィィィィィィ……ッ!!
耳障りなブレーキ音が車内に響き渡った。
「きゃっ!?」
遠くの車両から悲鳴が上がる。
列車は急減速し、やがて――止まった。
「ちょっと見てくる」
歳玄は立ち上がる。
「私も行くわ」
カナエもすぐに続いた。
車両の扉を開けると、冷気が一気に流れ込む。
通路の先、乗務員が慌ただしく外を確認しているのが見えた。
「何があった」
歳玄が声をかけると、乗務員の男は驚いたように振り向いた。
「せ、線路が……埋まってるんです!急に雪が――いや、こんな短時間でこんな量……」
「……自然じゃないわね」
カナエが小さく呟く。
(……鬼の仕業なのか)
歳玄の視線が、窓の外へ向く。
外は猛吹雪が吹き荒れている
そして――
その奥で、“何か”が動くのが歳玄の目に留まった。
「外に出るぞ」
「ええ」
二人は迷いなく列車を降りた。
瞬間――
凍りつくような寒気が全身を刺す。
「……っ、冷えるわね」
カナエが吐く息は白く、すぐに風に攫われる。
視界はほとんどない。
だが歳玄の感覚は、確かに“それ”を捉えていた。
ズシン……ズシン……。
雪を踏み潰す重い音が響き渡る
「……来るぞ」
その言葉と同時に――
ドォンッ!!
吹雪を突き破り、“それ”は現れた。
「……なんだ、ありゃ」
それは――人型ではあった。
だが明らかに“人間ではない”。
二メートルを優に超える巨躯。
全身は白い毛に覆われ、腕は異様に長い。
その姿はまるで――雪山の怪物。
その“怪物”は、ぎょろりとした目で二人を見下ろし――
グォォォォオオオオッ!!
咆哮と共に突進してきた。
「来るぞ!」
歳玄は一歩前へ。
「グォォォォ!!」
怪物の右の拳が振り抜かれる
「桜の呼吸・壱ノ型・桜花一閃」
歳玄は振り抜かれた拳にカウンターを合わせる踏み込みを見せ――脇腹から斬り捨てる
だが――
ギィンッ!!
「……硬ぇな」
毛皮の下、筋肉が異常なまでに硬い。
(ただの怪力型の鬼って訳じゃないな)
次の瞬間、怪物の腕が振り下ろされる。
ドゴォンッ!!
地面が砕け、雪が舞い上がる。
「っ……!」
歳玄は間一髪で跳び退く。
「歳くん、後ろ!」
カナエの声が耳に聞こえる
そして振り向いた先に居たのは――
さらに二体の怪物であった
「3体もいんのか…」
「鬼じゃなかったの!?」
鬼であれば姿形が全く同じと言うことはあり得ない…つまりコイツらは鬼ではないと言う事になる。
その時――
「ふふ……やっぱり来たわねぇ」
どこからともなく、女の声が響く。
「……上だ!」
「っ!?」
歳玄とカナエが見上げる。
吹雪の中――
空中に“それ”はいた。
白い着物のようなものを纏い、長い髪をなびかせる女。
その足元には、氷の結晶が浮かんでいる。
「綺麗でしょ?私の雪――」
女は微笑む。
その瞳は、完全に“鬼”のそれであった。
「この列車も、人間も……ぜーんぶ凍らせて壊してあげる」
「……お前がこの化け物どもの親玉か」
歳玄が静かに構える。
「あら化け物なんて酷いじゃない。この子達は私の結晶…あの方から与えられたこの力で産んだ謂わば我が子のようなものよ!」
そう言った女が手をかざす。
その瞬間――
バキィッ!!
地面から無数の氷柱が突き出した。
「っ!」
歳玄は跳び、斬り払う。
カナエも舞うように回避しながら斬撃を重ねる。
「厄介ね……!」
「範囲が広すぎる!それにこの氷の造形…おそらくあの怪物同様すべてアイツの血鬼術で造られたもの」
氷柱は止まらない。
次々と地面から生え、空気そのものが凍りつくような冷気が広がる。