夜の名残が、まだ空気に溶けてきっておらず
東の空がわずかに白み始めた頃――屋敷の庭には、ひとりの影があった。
踏みしめる砂利が、静寂の中でかすかに鳴り
「…はぁ…」
冷えた空気を肺に入れ、ゆっくりと吐く。
白い吐息が、朝の薄明に溶けて消えゆくのがわかる
風もなく鳥の鳴き声すら聞こえない。
世界が、息を潜めているかのような静けさを漂わせる中ーー
歳玄は目を閉じ足を開き、重心を少し落とし構えを取る。左手は刀の鞘を握りしめ微動だにせず、視線だけがまっすぐ前を射抜く。
そして庭に生えている大木から葉が舞い落ちる
その瞬間ーー
す、と――刃が奔る
ビシッ!…と葉が真っ二つに切り裂かれ空気を裂いた軌跡だけが、わずかに残った。
「…まだダメか…もっと力みを無くさねぇと…"あれ"を早く完成させねぇと」
歳玄は何かを焦っているかのように1人淡々と鍛錬を積み重ねていた。ーー来たる戦いが訪れるのを待ち侘びているように
そしてこの早朝から起きているものがもう1人
「…なんで眼を閉じたまま落下する葉を切り落とせるんですか…」
「おっと…なんだしのぶか」
「なんだしのぶか…じゃないですよ。いつもやっているんですか?この稽古」
つい先日、カナエと共にしのぶもこの家に越してきたのだ。綾ノ氶には『僕はここの方が落ち着くので大丈夫だよ』とやんわり断られてしまった。
「あぁ…カナエはまだ寝ているのか?」
「姉さんは朝弱いですからね。朝日が昇り切るまでは絶対起きませんよ」
そう言いしのぶは家内の渡り廊下と庭との間にゆっくりと座り込む
「なんだ見ているつもりか?」
「ええ…迷惑でしたか?」
「…いや…そんなことはないが…見ていても大して面白いものでもないぞ?」
「大丈夫です。ただの自己満ですから」
「??」
そう言うしのぶに疑問を思い浮かべながらも鍛錬を続ける。そしてやがて日が上り始めた所で鍛錬を辞め、しのぶは台所に朝食の準備を…歳玄は汗を流しに浴室に向かった。
「ん〜やっぱりしのぶの料理は美味しいわ〜!!」
「…大袈裟なんですよ姉さんは」
「そんな事ないわよ!ねぇ歳くん!」
「あぁ…しのぶの飯は美味いぞ」
「ほら!」
「お、おだてても何もありませんよ!!」
「ふっ」「可愛いわしのぶ!」
1人で過ごしていた時と違い3人で暮らし始めてからはまるで熱が通っているかのようにこの家が明るく暖かいのを歳玄は感じる。
和やかな雰囲気の中家族で朝食を食べている中、ドンドンッ!…と玄関の扉が叩かれる音が聞こえた
「来客か?」
「?誰でしょう?」
「私も何も知らないわよ?」
どうやら3人とも心当たりがないらしい。仕方なく俺が代表して見に行くこととなり玄関の扉を開けるとそこに居たのはーー
「よお!久しぶりだな!柱の昇格以来か歳玄!!」
そこに居たのは鬼殺隊…いや日ノ本一派手好きな男・音柱・宇髄天元…その人であった。
「天元か。久しぶりだな。」
「おう!それよりお前若ぇのに偉くいい家住んでんじゃねぇか!」
「ちょっとした縁があってな。それより何の用でってーー」
そう口にした歳玄は天元の後ろに3人の女性がいるのを見つけた
「天元様天元様!うちらのこと紹介してくださいよ!」
「そうですよ!」
「ちょっとは我慢しなさいよ貴方達。まだ天元様が喋ってるじゃない」
現れたのは3人の女性…初めに話したのが明るい金髪気味の髪を高めに結んでいる女性、2番目に話したのが柔らかな黒髪を長く伸ばし瞳を潤わせてどこか不安そうに揺らしている女性、そして最後に話したのが長い黒髪を後ろでまとめ、切れ長の瞳を有したどこか品を感じさせる女性である
「お前らもうちょっと我慢できねぇのか…まぁ良いか。うちのが煩くてすまんな歳玄!」
「…いやまぁ…それは良いけどよぉ」
「てな訳で紹介させて貰うぜ。手前から、まきをに須磨、雛鶴…全員俺の嫁だ!!」
「…は?」
歳玄は天元の言葉が理解出来なかった。脳が機械のようにフリーズしてしまい止まってしまった
(今なんて言った?聞き間違いか?)
「な、なんて言った?」
「ん?コイツら全員俺の嫁だ」
「っ!?」
(聞き間違いじゃねぇ!コイツ3人共を指してやがった!)
歳玄は3人を嫁にした天元を前に驚愕を隠せないでいた。そしてーー
「いや…今の日ノ本は幕末の頃とは違ぇんだ。…他所の大陸の文化や伝統を取り入れてても不思議じゃねぇ…いやでもコイツは日ノ本生まれだよな…とすると…」
「おい…お〜い…お〜い歳玄〜」
あまりの衝撃にどうにか納得させようと1人小さな声で話し出す歳玄。もはやこの男に天元の言葉など聞こえているはずもなく
天元自身も『どうしたものか』と思ったその時ーー
「どうしたんですか?」
「ご飯冷めちゃうわよ歳くん」
廊下を歩きこちらに向かってくるしのぶとカナエの姿が
そしてそれを見た天元はーー
「おぉ!やっぱり"あの噂"は本当だったのか!それより同棲してるってことはお前も"俺と同じ"じゃねぇか!!」
「「??」」
「…もう黙っててくれねぇか天元」
しのぶとカナエを見てどこか納得のいくような仕草を見せ1人盛り上がる天元とその言葉を不思議そうに聞く2人…そして疲れたように項垂れる歳玄…と朝から異様な雰囲気に包まれていた。
「悪りぃな朝飯まで頂いちまって!」
「いえ、気にしないでください。丁度私達も食べていましたから」
あれからどうにか復活した歳玄が居間に4人を通すと…腹を空かせていた須磨とまきを、それに天元が涎を垂らしながら食卓を見つめていることに気づき4人にも朝食を振る舞うことになってしまったのだった。
ちなみにカナエは雛鶴と気が合うのか、意気投合してしまい2人で仲良く話し込んでいる。
「しっかしこんな美人姉妹を嫁に貰うなんてお前も中々やるな歳玄!!」
「「ブフッ!!」」
天元の言葉に思わず喉が詰まる歳玄としのぶ
「よ、嫁ぇ!!? 誰が! 誰の!?」
「何だ違うのか?」
思わず立ち上がり天元に向かって聞き返すしのぶ
「いや!…それは…その…"まだ"違うというか…何というか」
今度は小声で下を向きながらボソボソと話すしのぶ
「何だそんな満更でもねぇなら早く結婚しちまえば良いじゃねぇか」
「…はぁ…天元…この辺で勘弁してやってくれ」
「ん?」
そう言う歳玄が見つめる先を見ると
「…私が歳のお嫁さんだなんて…でもいずれは…わけだし…今日もご飯が美味しいって…でも姉さんもいるし…いっそのこと3人で…いやでも国で認められてないし」
そこには自分の世界に入り込み1人で呟き続けるしのぶの姿が
「…なんかすまん」
「…はぁ…んで今日は何の用できたんだ?」
しのぶの様子を見て謝罪する天元と改めて今日訪れた理由を問いただす歳玄
「単刀直入に聞くがお前上弦の弐とやり合ったらしいじゃねぇか」
「…あぁ」
「俺ぁまだ、上弦って鬼に出会ったことがねぇ」
「…」
「俺より後輩のお前が先に上弦と遭遇し尚且つ引き分けたって話を聞いてな、直接確かめてみたくなったんだよ」
「…何が言いたい」
そう言い放った途端、天元から迸るような剣圧が全身から吹き出す
「俺と勝負してくれねぇか…勿論真剣で」
いつものふざけた態度とは真反対の真剣な表情で歳玄を見つめる天元に対し
「…ふっ…面白ぇ…命の保証は出来ねぇぞ!」
「っ!望むところだ!」
天元の剣圧に呼応するように歳玄もまた、"剣鬼"と呼ばれるに相応しい鋭く圧倒的な剣圧を放った
こうして急遽、現柱同士による真剣勝負の立ち合いが行われることとなったのである
◆
ここはいつも歳玄とカナエ・しのぶが使用している綾ノ氶が所有している訓練所である。
そこに立ち会う2人の隊士…
まずは西に構える戦士… 非常に鍛え上げられた大柄な肉体で髪は白銀に近い色で、額には宝石を散りばめた派手な額当てを巻いている。そこから長い飾り紐とビーズのような装飾が垂れ、動くたびに揺れるのが特徴的であろう。そして何より背中の剣… 通常の隊士とは異なり、背中には二本の巨大な刀を背負っている。
名を"宇髄天元"…当世の"音柱"である
そしてそれに対立する東の剣士… こちらも鍛えられた無駄のない長身細身の体躯を持ち、暗めの桜色の長髪は蒼いリボン(カナエから貰った)で高く結い上げられている。そして狼想を描くような鋭く刃のような切れ長の蒼の双眸を持ち腰には己の愛刀と脇差しを差し込んでいる。
名を"悲鳴嶼歳玄"…当世の"桜柱"であり"剣鬼"の異名を持つ柱最強と名高い剣豪である
そんな2人が真剣で相見えるのだ。2人はともかく、見ている側は気が気ではないだろう。…現に
「天元様ぁ〜」
「泣くんじゃないよ須磨!」
「だってぇ〜!」
天元の妻達は一重に皆心配そうにコチラを見つめており…
「歳…」
「大丈夫よしのぶ…歳くんが今まで立ち合いで怪我をしたことがあった?」
「でも!今までと違って本気だろうし…宇髄さんの呼吸のこと歳は知らないって!」
歳玄サイド…しのぶは心配そうに歳を見つめ、カナエが心配無用だと口にするがそれにすら反論する始末である。
互いの陣営の思惑が交錯する中いよいよ、その戦闘が繰り広げられようとしていたーー
原作が始まるのはしのぶが18歳の頃…となると後4年もあるんですよね〜このまま修行や経験を積んだ歳玄なら単体でもあるいは…