◆
季節が、巡る。
雪は解け、土の匂いが戻り、やがて蝉が鳴き始めた。
寺の暮らしは、静かだった。
「ほら、もっとゆっくりでいいんだよ」
「うん……!」
子供たちの声。
笑い声。
かつての戦場には、存在しなかった音だった。
(……騒がしいな)
そう思いながらも――
不思議と、不快ではなかった。
幼い身体は、順調に育っていた。
だが、その内側にあるものは変わらない。
(……鈍ってねェな)
木刀を握る。
振るう。
ヒュン、と空気を裂く音。
「すごいね、歳ちゃん!」
俺より年下の女の子…沙代が目を丸くする。
この世界に生まれて、再び名前を貰った。俺が赤子で話せないこともあり、この寺の主人である大男…悲鳴嶼行冥が代わりに名を与えてくれた。
"悲鳴嶼歳玄"
これが今世での俺の新しい名になった。そして俺が拾われて数年が経った頃…俺は毎日のように木の枝で素振りをしていた。早くこの体に馴染み、前世のような感覚を取り戻せるように
本来ならば、もっと重いはずの動き。
もっと鋭いはずの踏み込み。
(……いかんせん身体が軽すぎる)
とその時
「……また剣を振るっているのか?歳」
背後から、静かな声。
振り返らなくても分かる。
この寺の主――悲鳴嶼行冥だ。
「……」
言葉はまだ拙い。
だが、視線だけは向ける。
「……その動き。誰に教わったものでもない」
悲鳴嶼は、ゆっくりと息を吐いた。
「……生まれながらにして“天賦の才”を抱いているようだ」
こいつは俺が'2度目"だと言うことを知らない。…言うつもりもないが。
「今日こそ俺と勝負しやがれ歳玄!!」
とそこに現れる歳玄と年齢の近い少年
「えぇ〜またやるの獪岳〜昨日も負けてたじゃん」
「うるせぇ!!今日こそは勝つ!!」
「お前とやるのは飽きた…兄貴、俺と一本やってくれねぇか?」
目の前の獪岳と言う少年は年の頃は歳玄よりも1.2つ上である。獪岳に初めて絡まれたのは半年ほど前…日頃から皆と離れ1人で修行している歳玄が気に食わず、少し痛い目を合わせてやろうと歳玄と勝負したのがこの関係になった馴れ初めである。
勿論、いくら子供の遊びといえど刀の勝負で歳玄相手に勝てるわけもなく完敗した獪岳であるが、皆の前で恥をかかされたことと年下の歳玄に良いようにあしらわれたことがきっかけであれ以降毎日のようにこうして絡まれている
「っ!クソガキ!」
「っ!歳ちゃん危ない!」
歳玄の言葉に腹を立てた獪岳が不意打ちの一撃を叩き込もうとする
「甘ぇよ」
「ぐはっ!」
獪岳の縦から振り下ろされる木刀の一撃を躱した歳玄は、そのまま流れるように獪岳の腹に一撃を叩き込む
「はい今日も獪岳の負けぇ〜!!」
「もう諦めなよ〜」「そうだよ!元はといえば獪岳が絡んだのが悪いんだろ〜」
「にしても歳は凄いなぁ〜」
いつのまにか集まっていた同じ寺の子達から声をかけられる
「う、うるせぇ…ちきしょう…覚えてやがれ」
「…」
「…獪岳」
そう言い残し腹を抑えながら林に消えていく獪岳…悲鳴嶼はその様子を悲しそうに見つめている
◆
獪岳と歳玄の勝負から数日後のとある夜
その日はやけに風が、止んでいた。
虫の声も、しなければ鳥の鳴き声も聞こえない。
(……妙だな)
布団の中で、目を開く。
この静けさは、自然じゃない。
そして次の瞬間ーー
「っ!?」
戦場で、何度も感じた…いやあの時以上の殺気を肌身に浴びた
(……何かいる)
身体を起こす。
まだ幼い身体が軋む。
だが関係ない。
――ギィ……
どこかで、戸が軋んだ。
(……来やがったか)
足音は、しない。
だが分かる。
その瞬間――
ドンッ!!
壁が、内側から弾け飛んだ。
「――――ッ!!」
子供たちの悲鳴。
血の匂い。
そして――
「……ヒヒッ」
人ではない“何か”が、そこにいた。
異様に伸びた腕。
歪んだ顔。
初めて見る異形の存在。
「下がっていなさい!!」
悲鳴嶼が前に出る。
その巨体が、僅かに残った子供たちを庇うように立ちはだかる。
だが――
「う、うわぁ!!」「に、逃げろ!」「きゃぁぁ!!」
残った子供…俺と沙代以外の3人は兄貴の言葉を無視して逃げ出す
「馬鹿野郎!兄貴の言う事を聞け!」
「ヒヒヒッ!!」
俺の忠告も虚しく3人は入り口付近にいた異形の化け物に殺されていった。
(…くそっ…どうする…兄貴は目が見えねぇ…ここは俺がやるしかねぇ)
「ヒヒヒッ…"あのガキ"の言う通りだったな。こんなにも人間が隠れてやがるとはな」
「…あのガキ?」
「お前はどうする?…無駄に足掻いてみるか?」
異形の化け物は歳玄に問う
これまで幾度となく"化け物のような剣士"とは相対してきた。だが"本物の化け物"とはこれが初めての経験だった
「…ふぅ…おもしれぇ…無駄かどうか確かめてみやがれ」
「だ、ダメだ歳玄!お前は逃げろ!」
戦闘体制に入った歳玄を感じ悲鳴嶼は慌てて声を上げる
「…どうせこの化け物は逃してくれねぇさ」
「ヒッヒッヒ!よく分かってるじゃないか」
「なら!なら私が残る!お前が沙代を連れて逃げろ!」
悲鳴嶼は己が残り歳玄に沙代を連れ逃げろと促す
「…そりゃあ無理だ」
「な、なぜ!」
「この暗闇の中だ…森の中をこの鬼から振り切って走りながら駆け抜けるのは俺には出来ない」
「…」
「…ただ…アンタ…兄貴ならできるだろ。普段から盲目の中麓まで降りているアンタなら」
「…しかし!!」
「…頼むよ…これが最善だ」
「…」
「それに知ってんだろ?俺は強いぜ…そう簡単にはくたばらない…だからーー
早く走れ!!」
「っ!?」
普段の物静かな歳玄からは聞いたことのない大声と気迫に圧倒された悲鳴嶼は沙代を抱えて寺の窓から飛び出す
「ヒッヒッヒ…お前をさっさと殺してアイツらも殺してやる」
「…ふぅ…ここが散り際か…いや違うな」
「何をボソボソ言ってやがる」
「…お前程度じゃ俺を殺れないっつってんだよ」
「っ!クソガキがぁぁ!!」
歳玄に煽られた怪物が飛び込む