「はぁ…はぁ…はぁ」
薄暗い森林の中を尊を両手に抱えた武流は疾走する
「…大丈夫か尊」
「…」
ふと腕の中の尊を見つめる武流
尊の瞳は虚になっており何かを呟くようにぼそぼそと口走っていた。
「…くそ…」
尊が歳玄をどう思っていたのかなんて武流には分かっていたつもりだった。
(…歳ちゃん…初めて出会った時助けてくれてありがとうね…初めはお兄ちゃんと似てて驚いたけどね…それから毎日のように一緒に過ごして、お兄ちゃんと稽古したり、私と茶屋に行ったり…楽しかったよね…お迎えもありがとう…学校の門の前で私を待ってくれたの嬉しかったなぁ〜…歳ちゃん…ごめんね)
尊にとって歳玄は家族以外で初めて出来た親しい男性だった。
後から思い返せばあの時2人が出会ったのも運命だったのかもしれない
しかし
運命は2人を残酷にも引き裂いてしまった
今の尊の中には歳玄を失った"絶望"しか残っていなかった
「…はぁ…はぁ…後少し…後少しで山の麓にたどり着く!」
後少しで逃げ切ることができる…
そう思った時ーー
上空から2人の前に降りてくる影
「っ!お前は!?」
「…ふっふっふ…やっと追いつきましたね」
現れたのは全身から血を垂れ流し、尾は切り落とされ、背後の二対の翼の一つは欠けており、左手は宙にだらし無く垂れていたのが先ほどまでの死闘を物語っていた
そして零煌がここにいるという事実がもう一つの答えを導き出す
「…っくそ!…歳玄」
「…」
「おや、そちらのお嬢さんは諦めたのですか?」
零煌を前にしても虚の表情を変えない尊
武流は尊を地面に下し零煌に立ち向かう覚悟を決める
「おや…羽虫風情がこの俺に刃を向けるつもりか?」
「尊!頼む!お前だけでも逃げてくれ!」
「…」
「尊!!」
武流がいくら呼びかけようと微塵も反応がない尊
「尊ぉ!!」
「よく吠える虫だ」
「ぐはっ!?」
それでも叫び続ける武流に対し零煌は右手を振り抜く。
零煌の拳は武流の腹を打ち抜き、林の中の木々を次々と吹き飛ばしながら転がり続ける武流
「ごはっ!…ひぃ…ひぃ」
(…た、たったの一撃…で)
零煌にとっては止まった虫を払う程度の威力…しかしその威力ですら生身の人間には致命傷であり正面から受けてしまった武流は瀕死に陥る。
「…はぁ…はぁ…はぁ」
(だめだ…動け…動け…尊を守るんだ!)
それでも地を這いながら零煌の元に戻ろうとする武流
「はっはっは…これは傑作だ…その様相…まさしく虫そのものではないか!」
地を這う武流を嘲笑いながら高らかに笑う零煌。
「…はぁ…はぁ…はぁ」
それでも歩みを止めない武流
そして
「…はぁ…尊…逃げて…くれ」
「はっはっはっ!虫の真似事をしてさえ最後の忠告を無視されるとはな。一周回って哀愁すら漂ってきたぞ!」
「…くそ…たのむ…尊…尊だけは見逃してくれ」
尊が動かないことを見届けた武流は最後の望みをかけ零煌の足に縋りつきながら尊の命乞いを願う
しかし
目の前の男はとめどない悪鬼である
「…そうだな…そちらの方が愉快である」
「…」
何かを思いついた零煌
「おい貴様…この女は貴様にとって命に変えても守りたい存在か?」
「…」
問いただす零煌にゆっくりと頷く武流
「ふっふっふっ…それならお前の目の前で"コイツを殺してやろう"」
「っ!?…な、なんで…」
「お前は虫の言うことに一々耳を貸すと思うのか?」
「…」
この世の生き物とは思えない思考と言動を繰り返す零煌に絶望を抱く武流
そして
ゆっくりと尊に向かい爪を伸ばす零煌
「おい…最後に言い残す言葉はあるか小娘…」
「…歳…ちゃん」
「…ふん…つまらん」
「や、やめ、やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
最後の言葉を聞き尊の頭部に爪を突き刺そうとする零煌
絶望の表情を浮かべ叫ぶ武流
そして
尊に爪が触れるその瞬間ーー
「おい…」
「っ!?なぜ!?」
新しく現れた影が零煌の顔を一閃し森へと吹き飛ばす
「…汚ねぇ爪で触れんじゃねぇ」
「「…歳玄(ちゃん)」」
「悪ぃ…遅くなったな」
「で、でもなんで!?」
「歳ちゃん歳ちゃん!」
「痛って!馬鹿抱きつくな!大怪我してんのは違いねぇんだよ」
「本当になんで生きてるんだ」
「あぁ…それはな…」
そうして歳玄の脳裏に浮かぶのは、少し前の記憶ーー
◆
…ん…なんだ…俺は…どうしちまったんだ
…ここは…どこだ
歳玄が辺りを見渡すとそこは桜に囲まれた不思議な空間であった
「ーー歳さん!!歳さん!!」
「うわっ!!」
桜を見つめて気づかない歳玄に声をかける影が現れる
それも多数の影
「お、お前ら!!」
その姿を見た歳玄は驚愕する
なぜならそこに立っていたのはーー
「歳さん…久しぶりだな」
「土方さん弱くなったんじゃないですか?」
「歳さん修行サボってんじゃねぇか?」
「女にうつつを抜かしてんじゃねぇの?」
「土方くんに限ってそれはないだろう」
「…」
「…いやなんか言えよ!」
「うるさいぞな」
「平助うるさい」
懐かしい面々…激動の人生を駆け抜けた生涯を共有する家族…
【新撰組】の姿
「…近藤さん…総司…新八…一(はじめ)…山南さん…源さん…平助…左ノ…鋭三郎…久しぶりだなぁ!!」
「おっと!」
「あ!土方さん泣いてる!」
「え!あの鬼の副長が!」
「平助…お前勇気あるぞな」
「死んだな…平助」
「なんで俺だけ!?」
泣きながらみんなに抱きつく歳三に驚きながらも優しく抱擁する面々
そしてそこからは桜の木の元
皆で風呂敷を敷きながら酒を飲み交わした
「だっはっは!テメェ新八このやろう!」
「ちょ!誰か歳さん止めてくれ!」
「この人こんなに酒弱かったか!?」
「美味しいぞな」
「局長の飯を食えんのはアンタだけだよ…」
久々の再会にはしゃぐ歳三を見て更に盛り上がる面々
近藤の飯(極不味)をどうにかしようとする面々
歳三にとって懐かしくも宝物のような風景がそこにはあった
「…さてと…ここいらで俺たちは退散するとするかな」
「…は?」
唐突に立ち上がる近藤とそれに続く面々
唯一歳三だけ乗り遅れて座っている
「どこに行くんだよ皆んな」
「あるべきところに帰るだけさ」
「あ、なら俺もいくぜ!」
「…ならん」
帰るという面々について行こうとする歳三を拒否する近藤
「な、なんで!」
「…歳さんのいるべき場所はここじゃないだろう」
「ど、どういうことだよ!」
近藤の言っていることが理解できない歳三
「もう分かってるんじゃねぇか?」
そう言いながら歳三の胸元に拳を当てる新八
「…あ」
すると歳三の脳裏に溢れ出す記憶と声
「「ーー歳(くん)…歳(くん)!!」」
こちらに向かって手を伸ばしながら呼び掛けるカナエとしのぶ…更には
「歳」
「歳玄」
「歳玄!早く戻ってこい!」
「歳玄!派手にお前がいないとつまらんぞ!」
「歳玄!」
「歳ちゃん!」
師匠…兄貴…それに杏寿郎に天元、武流…
そして
尊の声
「…まだ歳さんを必要としている人間は沢山いる。」
今度は近藤のいるところに戻される
「…」
「仲間や家族が助けを求めているのに放っておくなんて…歳さんらしくないだろ?」
「…あぁ」
頷く歳三であったがとあることを思い出す
「で、でも、俺は死んだ筈じゃ」
「あぁ。その事なんですけどね。運良く心臓を外れているみたいですよ。ほんと土方さんは運がいいのか悪いのか。…普通なら激痛で動けないものなんですけど…貴方ならどうってこと無いでしょ?」
あの時最後に突き刺さった爪は歳三の心臓をうまく外れていたことを山南に教えてもらう
そして
「…今はまだ歳さんの散るべき時じゃない…」
「…」
「ちゃんと満開に咲かしてから散りやがれ"土方歳三"!!」
「っ!?」
そう言われた瞬間ーー
何かの力によって上へと引きずり上げられ、カナエとしのぶ…それに尊の手を取る歳玄
「「「歳(くん)(ちゃん)」」」
「…悪りぃ!…待たせたな!」
その言葉と同時に三人には笑顔が戻り歳玄に飛び掛かる
そして
薄らと意識が遠ざかり
再び目を開けるとそこは
現実世界に舞い戻ってきていたのだった
◆
「なら急所は外れてたわけか…」
「あぁ…つっても早く病院に行かないと不味いがな」
「はっはっは…本当にどこまでもしぶとい男だな君は!」
吹き飛ばされた森林から飛びながら戻ってくる零煌
「しかし今更舞い戻ってきたところで勝てると思っているのか?」
「勝てるさ」
「…なに?」
事もなさげに勝利宣言をする歳玄に怪訝な表情を浮かべる零煌
「と言うかすでに勝っている」
「どう言う事だ?」
理解ができてない零煌に向かって山の方を指差す歳玄
「……っ!…まさか!」
振り向いた零煌が目にしたのは
ゆっくりと上昇してきている"太陽"の姿
そして
「っくそ!…勝負はお預けだ悲鳴嶼歳玄!!」
「逃すわけがねぇだろ」
太陽の光から逃げようとする零煌を追い詰める歳玄
そして
ーー桜の呼吸・壱ノ型・桜花一閃・"終ノ景"(おうかいっせん・しゅうのけい)
「ギャァァァァ!?貴様ぁぁぁぉ!」
歳玄が抜刀した刀は神速の速さで逃げる零煌を捉え残った翼と両手両脚を斬り落とす
「…せめてもの情けだ…俺の手で殺してやる」
「くそ!くそぉぉぉぉ!!必ずだ!必ずこの仇は"あのお方"がぁぁぁぁ!!」
「ここがテメェの散り際だ」
最後まで膝立ちのまま抵抗する零煌に対し歳玄は横に刀を一閃し
ゆっくりと首に切れ目が入っていく零煌
「お、おぼえて…いや…が」
斬り落とされる零煌の首
そして
残った体と落ちた首も太陽の光によって灰となり消えていったのだあった
「勝った…のか」
「…あぁ…俺たちの勝利だ」
「やったぁぁぁぁぁ!!歳ちゃん!歳ちゃん!大好き!!」
「あ、おい馬鹿尊!歳玄は怪我人なんだぞ!あ、おい歳玄!大丈夫か歳玄!」
「キャァァァァァァ!歳ちゃん!しっかりして!」
「気を失ってるだけだ馬鹿!」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは!」
一夜に渡る長き戦いを終えた一同は気を失った歳玄を病院に連れていくために山を降りていくのであった
◆
ここは――終わりのない闇が、形を持った場所。
足を踏み入れた瞬間、現実の理は音もなく崩れ去る。
上下の感覚は曖昧に溶け、床であったはずのものが壁へと変わり、天井が道となってどこまでも続いている。
無数の畳、幾重にも連なる障子と襖。
それらは規則性を持たず、ただ歪に積み重なり、折り畳まれた迷宮のように広がっていた。
静寂の中――軋む音だけが響く。
それは建物の悲鳴か、それとも空間そのものが生きている証か。
ここには「位置」という概念が存在しない。
どこにいるのか、どこへ向かっているのか――それを理解することすら許されない。
すべては、ただ一つの意思のもとに動いている。
琵琶の音が、静かに鳴る。
その一音で、空間が軋み、歪み、組み替わる。
侵入者の運命さえも、軽く弾かれる音の中に織り込まれていく。
そして――その最奥。
闇のさらに奥、光すら届かぬ深淵にて、
絶対なる支配者が座す。
"鬼舞辻無惨"
この無限に広がる城の中心にして、すべての鬼の始祖。
彼の存在こそが、この歪んだ世界の核であり、心臓である
そして彼の前に跪くは6体の鬼達
それぞれが己が眼に数字を刻んだ無惨に選ばれし修羅の如き強さを持つ鬼達
しかし今彼らは一同に冷や汗を流しながら下を向いている
その原因はーー
「…今朝…零煌が討たれた」
「「「っ!?」」」
無惨から驚愕の言葉が飛び出た
「討ったのは"例の蒼い羽織の剣士"だ」
「っ!?あぁ〜やはり彼か!!」
「おい馬鹿やめろ!」
無惨が口にした"蒼い羽織の剣士"と言う言葉に反応したのは童磨…他の鬼の忠告も聞かずに話し出す彼だが
「…あれ…体が宙に」
気がついた時には首と胴体が切断されており見るも無惨な姿に変貌を遂げていた
「何を嬉々としているのだ貴様は」
「すいません。少し身に覚えのある名が飛び出したものでーー」
「黙れ」
「「「っ!?」」」
その一言で震え上がる鬼達
「零煌が単身で討たれた…この意味が分かっているのか?」
「「「…」」」
「この中に零煌より己の方が強いと自負するものがどれだけいる…」
そうして鬼達を見渡し一体の鬼の前で止める無惨
「もはや奴の強さは脅威としか言いようがない。…今すぐ奴を討ち取りたいところだが零煌をも倒す男に貴様ら程度が挑んでも返り討ちにあうだけだ。…よって"黒死牟"貴様にこの男は任せる」
「…御意」
「「っ!?」」
無惨の命令に驚くのはそれぞれ弐と参の数字を刻む鬼達
「よもやここまでの鬼狩りが現れるとは…このまま放っておけば"奴"のような強さを身につけるかもしれない…早めに手を打つとしよう」