街の中心地に近いところにある、白壁に囲まれた広い敷地の中、重厚な木造の屋敷が静かに佇んでいた。
まるで名家や財閥が管理しているであろう広大な屋敷には現在4名の夫婦が暮らしていた。
「…はぁ…」
そしてそのお屋敷の一室…和室のある茶の間にて1人の少女がため息を吐きながらお茶を啜っていた。
少女は何かを思い心配するかのような表情を浮かべている。
そんな時
コンコンッと和室の扉を叩く音が聞こえた
「…はぁ〜い」
「俺だ」
「あ、歳ちゃん」
現れたのは少女…尊の夫である歳玄である。
歳玄は普段着用している隊服ではなくクラシックな洋風な衣装を着用している。この時代では些か珍しい服装であるが、持ち前の体型と顔の良さでなんともそれっぽく見えている
「…武流のことが心配か?」
「……うん」
尊の心配の原因は兄・武流である。武流は少し前から鬼殺隊に入隊するための選別試験に挑んでいる。
問題はその試験内容である。鬼殺隊の試験内容は、柱達がとらえた鬼達が放し飼いにされている山で生き残ることなのである。
確かに歳玄が言う通り兄は強い。…幼少の頃から見ている尊はそれをよく知っている。
しかし
それは対人間…並の人間の強さであって化け物…鬼と比較してしまうと人間と蟻ほど違うことを尊は経験上よく分かっていた。
確かに兄が夫に師事し数ヶ月の間修行に取り組んでいたのは知っている。…しかし"あの時"のような怪物と遭遇してしまったらと思うと…
怖くて怖くて仕方がないのである
そんな下を向く尊の頭に、優しく手が添えられる
「…歳…ちゃん?」
「心配するな…と言うのは無理があるだろうな」
「…」
「武流は尊にとって唯一の兄妹だからな。心配するのは当然のこと…ならば我儘を通して武流を止めるべきだったのか…」
「…」
「それも正しい選択とは言えないかもしれない。…武流本人が俺に師事し血反吐を吐きながらも地獄の修行を乗り越えたんだ…そう簡単に諦めるような男ではないことは尊もよく知っているだろう?」
「…うん」
「なら…残された俺たち(家族)に出来ることはただ一つ」
「…」
「"武流を信じて待つこと"…そして帰ってきたら精一杯労ってやる事だ」
「…信じる…」
「あぁ…」
尊は思い出す。いつも笑顔で自分を迎えに来てくれる、強くて、優しい頼もしい兄の姿
「うん!!ありがとう歳ちゃん!」
「おう。そういやぁ、しのぶが茶菓子を買ってきてくれたんだ。」
「そうなの!食べたい!行こ歳ちゃん!!」
そう言いながら笑顔で立ち上がり、歳玄の手を引きながら居間へと向かう2人。今日も屋敷は暖かく包まれているかのように温かいことを歳玄は感じる。
◆
武流が最終選別へと旅立ってから早くも7日の月日が経とうとしていた日の夕刻…辺りはすっかりと影が差し込み夕陽が沈み、静かな夜の空間が始まろうとした時ーー
ドンドンッと門の扉を叩く音が聞こえた
「っ!?」
「…」
居間にいた歳玄たち4人は突然の来訪者に驚くものの、日にちと時間を計算すると…この時間にやってくるとしたらただ1人…
立ち上がり歳玄を見つめる尊に相槌を打つと尊は玄関に走り出す
しのぶとカナエはその様子を慈愛に満ちた表情で見つめている
2人は歳玄が最終選別に向かった時のことを思い出しているのだろう。今の尊のように2人も心配し何度も引き留めようと考えていたくらいである
そして尊が玄関の扉を開ける
そこには
「よっ…ただいま」
「お兄ちゃん!!」
隊服に日輪刀を纏った武流の姿があった。思わず飛びつく尊を抱きかかえながら歳玄の方を向く。
「受かったぜ!」
「ふっ…心配などしていないさ。それより中に入れ」
「おう!」
◆
「ーーそうだなぁ。鬼は微妙だったけどそれなりに収穫もあったぜ」
「あそこにいる鬼達は一度は鬼殺隊に捕獲されている奴らだからな。お前の相手にはなり得ないだろう」
「あぁそれと途中妙な奴に遭遇したぜ」
「妙な奴?」
「あぁ…味方である他の剣士を侮辱したりと、とても鬼殺隊士を目指しているような奴とは思えなかった」
「…」
口の悪さだけなら柱にも最近昇格した不死川がいる。しかし不死川は言動こそアレだが仲間思いの男であり、同期達が皆一度は助けられ不死川を友として見ているのが奴が悪人ではない証拠とも言える
あの産屋敷耀哉が悪人を鬼殺隊に入隊させるとは到底思えないが…
「ま、兎も角鬼殺隊入隊おめでとう」
「おう!すぐに柱になって追いついてやるぜ!」
そう言い合い2人は持っていた酒瓶を重ね合わせるのであった
◆
武流が鬼殺隊士になってから早くも数ヶ月の月日が流れた。最近は鬼の動向も鳴りを顰める形となってきており明確な手がかりすら残さなくなってきていた。…何より歳玄本人が鬼と出会う確率が以前より圧倒的に少なくなってきている。
これは敵の首領である無惨の指示が影響しているのだが、そのことを歳玄は知るよしもない
そんな歳玄は今ーー
ーー風の呼吸 ・壱ノ型 ・"塵旋風・削ぎ"(いちのかた じんせんぷう・そぎ)
荒々しい広範囲の風の刃の攻撃が直線的に歳玄に向かって放たれる
「…」
ーー桜の呼吸・肆ノ型・"薄紅流し"(うすべにながし)
歳玄に向かってくる風の刃を受け流すように刀で横に流し切る。
「ちっ!ならこれはどうだ!」
ーー風の呼吸 ・陸ノ型 ・"黒風烟嵐"(ろくのかた こくふうえんらん)
踏み込み、急激に近づいた実弥は歳玄に対し風を纏った刀で下から上へと切りつけるようにかち上げる
遠距離からの攻撃ならいざ知らず、この距離なら回避は不可能であるはず
しかし
ーー桜の呼吸・参ノ型・“花影・連斬"(かえい・れんざん)
「なに!?…はっ!?」
実弥が切りつけた筈の歳玄は桜で出来た幻影であり、切りつけた瞬間歳玄が消え去る。
そして急速に背後から迫る殺気に気付き振り向こうとするが…
キンッと実弥の首元に桜色の刀身が添えられており身動きが取れない状況にあった
「…ちっ…参ったぜ…俺の負けだ。相変わらず化け物みてぇな殺気出しやがって」
「そう悲観することもない。今の攻撃も悪くなかったぞ」
「はっ…余裕で避けた奴に言われちゃあ世話ねぇぜ」
歳玄はこの日、綾ノ氶が所持している訓練場を借り、風柱・不死川実弥と稽古を行っていた。と言うのも以前から実弥から申し出の方はあったのだが中々折り合いが取れず、最近になって鬼の出没が減った今実現したのであった。
稽古を終えた2人は給水しながら休憩していた。
「…なぁ…アンタ上弦とやり合ったことがあるんだろ?」
「…あぁ」
「じゃあ教えてくれ…今の俺と上弦がサシでやったらどうなる?」
「…」
「遠慮しなくて良いぜ。寧ろはっきりと答えてくれた方が有難い」
実弥の問いに顔を顰めながらも口を開く
「…まず俺が会ったことがあるのは上弦の弐だけだ」
「あ?他の奴らは皆アンタが複数の上弦と死合ったって噂してるぞ?」
「…厳密にはもう1人は上弦じゃねぇ」
「…どう言うことだ」
「俺がやったのは上弦の弐・童磨…そして上弦の位を自ら断り無惨に単独の位…零を与えられた、戦闘力だけなら上弦をも上回る鬼・零煌だ」
「っ!?上弦より強ぇだと!?無惨以外に、んなもんまでいやがるってのか!?」
歳玄から語られた事実に驚きを隠せない実弥
「その観点から言わせてもらうが…今のお前は…」
「…」
「上弦の下の方にも勝てないだろうな」
「…」
「なんだ。怒らないのか?」
上弦…それも下位にも及ばないと言う評価を付けた歳玄に対し、怒りどころか驚きの表情すら浮かべていない実弥
「ちっ…俺のことをなんだと思ってやがる…正直予想してたんだよ…今の俺じゃあ鬼を滅ぼすどころか上弦にも勝てねぇんじゃねぇかってな」
「…」
「現にアンタ…その鬼どもとやり合った時ぁ瀕死だったらしいじゃねぇか。…それが俺とガチでやり合う…少なくとも俺は本気で斬りに行ったつもりだがかすり傷すらつけられねぇ。」
「…」
「その程度の実力で上弦を倒せると豪語するほど自惚れちゃあいねぇ。…ただ実際にアンタから言われた方が心の底から納得すると思ったから聞いただけだ」
「…実弥」
「哀れむんじゃねぇぞ?…今更その程度で絶望するほど甘い人生を歩んじゃあいねぇ。…必ず…必ず俺は…上弦も…アンタも…全てを超えて鬼を滅する!!覚悟しとけ!」
「…っ…ふっ…ならまずは俺から一本でも取れないとな」
「ちっ…今に見てろよ!」
歳玄は実弥の覚悟を十二分に感じとった。…その覚悟と思いが結ばれることとなるかは神のみぞ知る
しかし、不死川実弥という男がこの先さらに成長することは間違いないだろう