歳玄が最終選別を終えた日から数日後のとある夜のことーー
こちらに向かって飛んできた鎹鴉の黒羽の声が、静寂を裂いた。
「南南東!南南東!村にて失踪者多数!鬼の気配が濃厚である!直ちに現場へ直行!!」
――来たか。
俺は腰の刀に手を添える。
新たに打たれた日輪刀。
淡い桃色の刃が、月明かりを受けて鈍く光る。
(これが…俺の初任務…いいぜ。面白くなって来やがった!!)
◆
歳玄が訪れたのは山奥の小さな村。
小さいと言っても何軒も木材の家が建ち並び人口も500はいるはずだが…明らかに人の気配が、薄い。
何より静かすぎる空間が広がっていた。
戸の開いた家にあちこちに転がる草履…
途中で消えた生活の跡。
(……遅かったのか?)
歳玄がそう考えたその時――
「……ぁ……たす、け……」
どこからかか細い声が耳に届いた。慌てて振り返ると、倒れた少女がいた。
それも肩口から血を流し、息も絶え絶えの様子である。
「しっかりしろ!」
俺は駆け寄り、少女の肩を支える。
「鬼が……母を……」
少女の震える指が、山の奥を指した。
「……あっち……まだ……いる……」
――まだ間に合うか
「ここで待ってろ。必ず戻る」
そう言い残し、俺は地を蹴った。
俺が向かったのは入り口とは反対にある山中…
そして少し奥に進むやいなや、ぬるり、とした気配が充満しているのが分かる…
まるで鼻を刺すような――鉄の匂い。
(血の……匂いが濃い)
思わず足を止めた、その瞬間ーー
ボタ……ボタ……と木の枝から、“何か”が滴り落ちた。
「――っ!?」
反射的に飛び退く歳玄…そして地面に落ちたそれは――"血"であった
それもただの血じゃない。ジュウゥ……と音を立て、土を溶かしているのが分かった。
(腐食……!?)
そう理解した瞬間ーー
「へぇ……避けたか」
上から声から聞こえる歪な声…
声のする方は見上げた先にいたのはーー
木の幹に逆さに張り付く、異形の鬼の姿…それも全身に走る血管が異様に膨れ、脈打っている。
そしてその目は、飢えた獣のように細められていた。
「運がいいのか悪いのか……鬼狩りの連中とはなぁ」
鬼はこちらを見つめながら舌で唇を舐める。
「まぁいい…ちょうどいい。試してみたかったんだよ――俺の血鬼術をな」
そう口にした直後…
ドクン――鬼の身体が大きく脈打つ。
そしてその瞬間ーー
バシュッ!!…と鬼の腕から血が“弾丸”のように放たれた。
「っ!」
驚きながらも歳玄は
ギィン!!…と鞘に入れたままの刀で弾く。
だが思いのほか弾丸の衝撃が重いのが分かる。
(速い……それに重い!)
「血鬼術――『血弾(けつだん)』」
そう口にしながらニヤリと笑う鬼。
「ただの血じゃねぇぞ。硬さも、重さも、俺の思い通りだ」
そして続けざまに――
バシュッ!バシュッ!バシュッ!…無数の血弾をこちらに向かい放ち続ける
その弾丸は周囲の木々を穿ち、地面を抉りながら歳玄に迫る。
(捌ききれない――!)
数が多く捌ききれないと考えた歳玄はーー
「桜の呼吸――!」
呼吸を整え、一歩踏み込む。
捌き切れないなら、捌くので無くこちらから前に攻めて的を絞らせなければ良いのだと…
「壱ノ型――桜花一閃!」
一瞬の超加速を見せる歳玄は神速の抜刀術を披露する。
そしてそれはーー
弾幕の“隙間”を縫うように斬り抜ける。
「……ほぉ?」
その様子を見た鬼の目が細まる。
そして距離を詰めようとする歳玄に対し
鬼は――
「甘ぇよ」
ブシュッ!!…と今度は“地面”から血が噴き上がった。
「なっ――!?」
一瞬で歳玄の足元一帯が、血で満たされる。
それはまるで“沼”のように蠢き――
歳玄の足を、絡め取った。
「血鬼術――『血沼(けつしょう)』」
驚く様子を見せる歳玄を見ながら鬼が卑しく嗤う
「この場所に踏み込んだ時点で、お前は終わりなんだよ」
ズブリ、と歳玄の足が沈み動きが止まる。
(動け……!)
流石の歳玄にも焦りが生まれだす
だがその瞬間――脳裏に浮かぶ。
舞い散る桜の情景…
(絡め取られるなら――流すだけだ!!)
呼吸を整え新たな策に打って出ようとする歳玄
「桜の呼吸・肆ノ型・薄紅流し(うすべにながし)――」
身体の力を抜き、流れに乗る。
足を“引き抜く”のではなく、滑らせる。血の上を舞うように斬る。
一太刀…二太刀と血の流れごと断ち切るように斬り捨てる
「なに……!?」
鬼の視線がぶれる。
そしてその一瞬を歳玄は見逃さない
スパン――と歳玄の刃が、鬼の首を断ち切った。
切り落とされた鬼の表情が、固まり…止まるのが分かる
「……なんで……だ……」
体が崩れるのを地面に落ちた首で見つめながら鬼が呟く。
「俺の……血は……完璧……十二鬼月…にだって」
最後まで台詞を吐き捨てることなくそのまま、灰となって消えた。
鬼が消え去り残ったのは静寂のみ…そして血の匂いも、次第に薄れていく。
(血鬼術……)
最終選別では出てこなかった、“異質”の力。
(これが……本物の"鬼"との戦いか)
刀を握る手に、力がこもる。そして無意識に歳玄の口元が吊り上がり凶悪な笑みが浮かび上がる。
「もっとだ…もっと血肉が湧き立つような熱い闘いを…」
血気術を扱う鬼を持ってしてもこの"剣鬼"の渇きを癒すことは叶わなかった…果たしてこの男を満足させられる相手など存在するのであろうか…それは今は誰も分からない
しかしいずれ訪れる鬼と鬼殺隊の大戦で間違いなくこの男が鬼側にとって"厄災"…鬼殺隊として"特異点"になることは間違い無いだろう
◆
「っくぅ!相変わらず凄いね歳くん!」
「流石に女に負けるわけにはいかねぇさ」
現在…任務から帰宅した歳玄は訓練場にてカナエと手合わせを行っていた。以前まではまるで相手にすらならなかったカナエであるがこの1年で綾之丞が鍛えに鍛えまくった結果…歳玄相手にある程度打ち合える力量にまで成長していた。…もっともカナエは全力なのに対し歳玄はある程度抑えての力量になるが…
「それでも…私は…貴方に追いつくために!!」
(何をするつもりだ?)
カナエが先ほどまでより明らかに強い圧を放つのを肌身に感じた歳玄
「花の呼吸・陸ノ型・ 渦桃(ろくのかた うずもも)」
カナエは地面を蹴りつけて体を横に回転させながら跳躍し、その回転力と重力を利用し、歳玄に向かって攻撃を仕掛ける
「…ほう…これは少しばかり痛そうだ」
そう言い放った歳玄は呼吸を使わずしてこの領域の攻撃を捌き切るのは不可能と考える
そして
「桜の呼吸・伍ノ型・流桜(りゅうおう)」
歳玄は低く腰を落とし、「平青眼」に近い構えから一気に回転。
刀を滑らかに振り続けることで、周囲に“桜の結界”のような斬撃の壁を形成する。
「くっ!?まだまだぁ!!」
正面からの突破は厳しいと判断したカナエは再び跳躍し、歳玄の左右、上下、あらゆる方面からの攻撃に転じる
「…強くなったなカナエ…
ーーだが…俺もそう簡単にやられるわけにはいかない」
歳玄は舞い散る桜のように刃を円状に巡らせ、カナエが投じた全方位の攻撃を受け流し全ての刃を完封して見せた。
そして
「これで仕舞いだ」
「っ!?」
全ての攻撃を受け切った後、一足でカナエの懐まで接近し刀を上空に弾き飛ばし首に己の刀を添える
「…完敗だわ」
「…ふっ…そうでもないさ。俺に"流桜"を出させただけお前は成長している」
「て言うかあんなものどうやって攻撃を当てたら良いのよ!もう!強すぎよ歳くん!」
歳玄の強さに呆れながらも自らの想い人の強さを再確認出来た喜びからか歳玄の腕に飛びつくカナエ
カナエ自身こうは言っているもののその強さは並の隊士を優に超えている。日頃から戦っている相手が行冥や綾ノ丞、そして歳玄なためイマイチ実感が湧かないのだ。
「にしても花の呼吸とはな」
「ええ!どうかしら?本当は歳くんと同じ桜の呼吸が良かったんだけど、私には身体能力が足りないみたいなのよね」
カナエが使用する花の呼吸は桜の呼吸と同じく水の呼吸からの派生系である。桜の呼吸と同じく高い身体能力を有する呼吸ではあるが、桜の呼吸と大きく違う点がある。
花の呼吸は剛の技と言うより柔の技に近く回避や見切りに特化しており、"相手に触れさせずに勝つ"を信条としている。
逆に桜の呼吸は基本である5つの流派より更に高い身体能力が必要とされる型である。壱ノ型の抜刀しかり、瞬発力と爆発力を兼ね備えた一撃必殺の剣型である。
故に高い身体能力と精密な技術が必要とされる桜の呼吸は歳玄しか扱えないとさえ思われているのである
「この分なら大丈夫だろ」
「??」
「許可出たんだろ?最終選別の」
「あら知っていたの?」
「…いや、知りはしないがこの実力なら師匠が通さないわけがないからな」
「本当は歳くんと一緒に受けたかったのだけどあいにく時期が被らなかったわ」
「…あとはしのぶだけか」
「…ええ」
《初任務編・完》