《今年も秋晴れに恵まれました天皇賞秋、ファンファーレが鳴り響いております!》
エルコンドルパサーがその競技生活に区切りを迎える今日、天皇賞。
当然のことながらそのトレーナーも一緒に会場で最後の調整をしていた。であれば、同じ師を持つトワイライトホーク自身もそこに在るべきであるのだ。それこそ彼女自身の云う「チーム」である。
15時33分。メインレースを前にして現地の緊張は臨界を迎えていることだろう。
―だろう、というのは、当のトワイライトホークがそこに居ないからである。
東京競バ場と全く同じコースをしているトレセン学園第3グラウンド。
先輩の引退に立ち会わないという狼藉に引き換え、間接的に今彼女はエルコンドルパサーと同じ場所に立っている。
《1番人気は文句なくテイエムオペラオー!京都記念に始まり本年無敗の5連勝中です!対抗はメイショウドトウ、3番人気はナリタトップロードともはやいつもの顔ぶれです》
無論、無断で行方を眩ませている、というわけではない。相当困惑されたが、「お前が決めたんなら、そうしろ」とトレーナーからの許可も一応得ている。
事実を知らないエルコンドルパサーからは今日の午前中から電話やメールが頻繁に届いていたが、15時前の
「I can fly」
を最後にピタリと止んでしまった。
《本日引退の凱旋門2着ウマ娘、エルコンドルパサーは5番人気となりました!有終の美を飾れるのでしょうか?!》
自分がここにいるべきでは無いこと、自分が何を見るべきだったかなんて誰に言われなくてもわかっている。
それでもこうしたのは、彼女にとってエルコンドルパサーは少なくとも手放しで讃え合える仲間ではないからだ。
イヤホンのはるか遠くからファンファーレが聴こえる。腕時計は15時34分。このグラウンドでトレーニングをするウマ娘たちはまばらで、ひとりひた走るにはうってつけな状況だ。
太陽の熱を確かに持ちながらも爽やかな風がトワイライトホークの耳を撫でる。傾きかけた陽と、僅かにその西端を夕焼けに染めつつある深い青。ここに来るまでは感じることの無かった、自分の生きている世界の美しさ。
その下でひとつ呼吸を置いたとき、時計は進む。何もないスタートラインを、トワイライトホークは強く蹴って周回に乗った。
《スタートしました!ミヤザキロドリが躓いたように見えましたが流れには乗れています!メイショウドトウは速やかに自分の位置へ、エルコンドルパサーとステイゴールドは7番手あたりでポジション争いとなります!》
実況と自分を重ねながら周回するが実際にはひとりの世界。彼女の前も後ろも無く、ただ時計と自分の位置だけを頼りに、耳から届く実況から自分のポジションを導き出しながらコーナーへ入った。
《時計は少し速いようですがそうは見えません!ロードブレイバーを先頭に隊列を組んでいます!それに続いてメイショウドトウとミヤザキロドリ、毎日王冠2着のトゥナンテリアが不気味に背後で息を潜めます!》
自分の息遣いとハートの収縮を強く感じる。ファッキンマスクドビッチの前にはテイエムオペラオーが居るらしい。今の生徒会のように世代で頭抜けた傑物たちが何人か居て、その中でも際立っていると聞いている。色んな意味で。
「生徒会長にオペラオーをデスカ?ワタシは何デモいいデスけど…、グラスはドウなんデス?」
それを受けたグラスワンダーは珍しく愛想笑いを浮かべて逃げたのを思い出した。
《第3コーナー変わらずロードブレイバーとミヤザキロドリ!少し空いてトゥナンテリアとメイショウドトウ、エルコンドルパサーが肩を並べています!進出機会を伺うテイエムオペラオーはやや外か!》
今日のエルコンドルパサーは先行気味で前目のポジション。トワイライトホークの走法とは異なる。トワイライトホークは自分が10番手、ヤマトテキサスやや前くらいの位置をイメージしていた。
そこから徐々に脚に力を込めていく。コーナーの頂点にかかる頃には実況も騒がしくなっていて、恐らくロードブレイバーあたりが最終直線に入った旨を叫んでいた。
差し切る。
少し気が逸ったかもしれない。しかしそれも後の祭りである。最終直線で待つ登坂など度外視。トワイライトホークは最後のコーナーを待たずに末脚を解き放った。
《ロードブレイバーが一番乗りで最終直線へ乗り込んできました!他のウマ娘たちも内外構わずに突っ込んできます!先頭はロードブレイバーだが厳しいか?!登坂に差し掛かりますがメイショウドトウ!メイショウドトウなんというパゥワー!高低差をものともせずロードブレイバーを置き去りです!》
ややオレンジに染まる登坂を踏みながらトワイライトホークは考えていた。
自分はあのクソマスクについてどう思っているのだろう。
《最後尾ジョームサシもジワジワ来ている!エルコンドルパサーはナリタトップロードが4番手争い!》
あの日デトロイトで敗けたとき、自分が今日まで生きてきた全てを一瞬で打ち砕かれた気分だった。確かに、昨日までの友が今日の敵とも限らない。そういう世界ではあった。見ず知らずの得体のしれないウマ娘に喧嘩をふっかけた方も相当に悪いと、今の自分なら反省できるだろうか。
《そのすべてを振り切ってテイエムオペラオー!メイショウドトウをゆっくりと後方に諌めて先頭へ躍り出ました!半バ身差メイショウドトウ、トゥナンテリアとイーグルカーフィ、続いてナリタトップロードとエルコンドルパサーがそれを追います!》
全てを奪った「敵」であるに間違いない。今でもそう言えるし、トワイライトホークがここにいる目的はエルコンドルパサーを倒すこと。ここにもブレは無い。
《残り200!順位に変動はありません先頭はテイエムオペラオー!メイショウドトウとの距離はもう1.5バ身これは決まったか!掲示板争いもナリタトップロードとエルコンドルパサーに絞られたかに見えますが!ステイゴールドも意地で来ている!》
ではこの謎の感情は一体何であろう。
《ナリタトップロード振り切った!エルコンドルパサーを振り切って5番手!それをステイゴールドが食おうと伸びる!》
自分を壊したクソマスクビッチであることには変わりないのに、まさか「勝ってほしい」などと思ってしまうなんて。
《ゴール!1着はテイエムオペラオー!京都記念から続いて無傷の6連勝!春に続いて高らかに歌うは秋の盾《オペラ》であります!》
届かない。
《2着メイショウドトウ!2バ身半の壁は今後高くなるかどうか?!》
勝てない。
《トゥナンテリア、イーグルカーフィ、そしてナリタトップロードがなだれ込んできました!エルコンドルパサーとステイゴールドは掲示板ならず!》
超えられない。
トワイライトホークがゴールを走り抜けたときには、11着のジョームサシの解説がイヤホンからは届いていた。
「ワタシは飛べる」
エルコンドルパサーからの最後のメールを思い出す。飛ぶ、とは何だろうか。
勝つ、とも採れるし、解放される、とも採れる。つまりエルコンドルパサーは今日のレースに自身の区切り以上の何かを感じていて、それを漏らしたのだとトワイライトホークは考えた。
しかしついぞその答えは知れぬまま、コンドルは2000メートルの助走を経て大空へ飛び立ち、鷹を自称する何者でもないひとりのウマ娘は地に残されたのである。
………
勝って戻る地下バ場はやけに明るく感じるのに、敗けて戻るそこはひどく暗く思える。日本の地下バ場では一昨年の毎日王冠でサイレンススズカに敗れて以来だったが、この日のエルコンドルパサーにそれはただの打ちっぱなしのコンクリートにしか見えなかった。
ロンシャンの初戦では今後を暗示するように暗く、凱旋門では暗黒にも思えた。そして今日も客観的には無様な走りを晒し晩節に土をつけた形にはなったが、そんな彼女を迎えるコンクリートは良くも悪くも無機質だった。
ここはいつもそうだ。
サイレンススズカが脚を折った日も。
エルコンドルパサーの海外行きを後押しした日も。
スペシャルウィークがモンジューを破った日も。
誰かにとっては勝ちを噛み締め凱旋する道。また誰かにとっては心を整理する道。勝負に生きる彼女たちの様々な感情を、ここだけはいつも変わらぬ表情で受け止めてきたのだ。
エルコンドルパサー本人もそのトレーナーも、勝って終わりたかった、勝って終わらせてやりたかった、と本気で思っていた。その一方で、テイエムオペラオーやナリタトップロード、メイショウドトウをはじめとする次の世代の完全な台頭、特にテイエムオペラオーに至ってはかのシンボリルドルフ以来の「絶対」と云われる始末。
今まさに成長曲線を全速力で駆け上がる彼女たちと、ピークアウトを綱渡りするエルコンドルパサー。双方ともに最後まで口には出さなかったが、テイエムオペラオーが先頭に出て、ナリタトップロードに振り切られたあたりから、その役目の終焉を悟っていた。
「―まあ、惜しむらくは…」
トワイライトホークに敗けてやるまで、自分が王者でいられなかったことか。エルコンドルパサーが鼻でため息を吐いたとき、奥に人影を見た。それは今日まで何度となく顔を合わせ、その度に嫌な役を押し付けられていた、彼女にとってこの世で最も嫌いな「親友」。
「グラス…」
「独り言なんて。珍しいですね〜」
グラスワンダーいつもの表情を崩さない。エルコンドルパサーはこれが苦手だった。まだトワイライトホークのように敵意をむき出しにしてくれたほうがやりやすい。
「不甲斐ない走りを見せてしまいまシタ。…それデいてひとり、やりきった気になってるのモ、それがグラスにバレてるのモ、小っ恥ずかしいデスネ…」
うふふ、とグラスワンダーは笑う。その笑い方もエルコンドルパサーにとっては嘘くさく見えて苦手だった。
「私たち生徒会の任期も、もうあまりありません。エルも、私も、キングさんやスカイさん、そしてスペちゃんも、年明けには全員その椅子を空けなければなりません。―そういうときに、次の世代にこうして成績にモノを言わせてくるウマ娘たちが居てくれることは、喜ばしいことです」
「アナタ、ワタシを慰めに来たのデハ無いのデスカ…」
必要ないかと思いまして、とグラスワンダーは視線を逸らした。
「今のエルはとてもいい顔をしています。余計な茶々を入れるわけにはいきませんからね〜」
「もう入ってマスけどネ」
エルコンドルパサーの弱々しいツッコミはグラスワンダーには届かなかった。
「グラスとキングとスペちゃんは有マ記念でショ?…どうなんデスカ、正直」
彼女とスペシャルウィークはラストランを有マ記念に定めている。ふたりの因縁にケリをつけるにはこれ以上無い舞台だが 、グラスワンダーは驚くほどあっけらかんと展望を語り始めた。
「一昨年は私が勝ちました。そして去年も私が勝ちました。ですが、今年は無理でしょう。私も、キングさんも、…スペちゃんも」
「それ程にあの方たちは強く、私たちが衰えているということです。無論、走るからには勝ちに行きますが―。なんとなくですが、夏を過ぎたあたりから芝がいやに綺麗に見えるんです」
どちらからともなく脚を進めはじめた。エルコンドルパサーの蹄鉄がコンクリートを叩く音と、グラスワンダーのスニーカーが踏みしめる音がリズミカルに調和している。
「ツルちゃんも、脚の具合次第では走るようです」
「殆どスペちゃん世代全員集合じゃありまセンか。アタシもそうしとけば良かったんデスかねー」
エルコンドルパサーたちの世代をひとことでいうならそれは「5強」。過激なファンの間では「1傑2強2上」などとも言われているが、その何れにしても、
エルコンドルパサー
スペシャルウィーク
セイウンスカイ
キングヘイロー
グラスワンダー
を指すに変わりなかった。そして唯一それらに喰らいついていたのが、先ほどグラスワンダーの口からでた「ツルマルツヨシ」だ。
「セイちゃんだけは引退を表明せずに別の道を探しているらしいですが、恐らくは―」
走らないだろう。
ここまで言いかけてグラスワンダーは言葉を呑んだ。
「次の世代はもう完成されています。あとは私たちが背負っているものを渡してあげるだけ。それがエルにとっては天皇賞で、私たちにとっては有マ記念だということです。…あわよくば、綺麗な気持ちで渡してあげたいとは思っていますけどね〜」
ではまた生徒会室で、とグラスワンダーは片手を振りながら先に歩いて行ってしまった。
………
ウイニングライブは大盛況。アドリブか何だか知らないがテイエムオペラオーが全く関係ない曲目をひとり歌い出し、それを抑えるのにひと悶着はあったが、概ね無事に本日の府中は営業を終えた。
学園までそう距離はないとはいえ、18の少女が極度のプレッシャーの中全力で走り、勝った者の引き立て役を努めたのだ。30分そこそこのドライブでもお姫様は夢の中。今日のために学園から貸し出された理事専用の高級公用車の乗り心地はいたく良かったらしい。
トレーナーは左ハンドルに苦心する合間に、バックミラーに映る彼女の顔を盗み見るなどした。今のエルコンドルパサーはこれ以上なくただの少女で、その寝顔は疲労も悔しさも無く、ただただ安らかであった。
「黙ってれば、美人なんだがなあ」
彼は、久しぶりに担当の素顔を見たと感じた。天真爛漫すぎる性格とカタコトの日本語、そしてマスクに印象をとられて忘れがちだが、素顔の彼女はキングヘイローにもタメを張れる、自由の女神も羨む超絶美少女なのだ。もっとも、エルコンドルパサー自身その自覚が無いらしいので、彼女の今後に一抹の不安を覚えないでもない。
彼とエルコンドルパサーは、各所で持て囃されるような関係に括られるものではない。毎年数件はそのようなニュースが報道されるが、彼らにとっては無縁に等しかった。40近いおっさんと、18の少女。彼にとっては学園の最高学年に位置する彼女らですら子供、ガキに過ぎないのだ。
それでもトレーナーはクルマの速度を落とし、曲がらなくてもよい道を曲がる。目的地は変わらないけれど、多摩川沿線へとクルマを流した。
今更担当とふたりで居たい等という世迷言を宣うつもりは毛頭ない。ただ彼は少しでも長く、後ろで眠る少女が無垢なそれであってほしかったのだ。
すっかり闇の降りた沿線を、「Flying」をその名に戴く高級セダンに眠り姫。学園に戻ってきたのは23時を回っていた。
………
……
…
「着いたぞ」
役員専用車庫にクルマを戻す。事故を起こさずに戻ってこれたことがトレーナーにとっては何より嬉しかった。
高いクルマの運転にはいつまでも慣れない。そこそこの企業の役員クラスの収入はあるのに軽自動車に拘るのもそれだ。
エルコンドルパサーが後部座席でもそもそとしている間に、クルマから降りて扉を空けてやる。すると彼女はにいと笑った。
「ねえ、トレーナー」
「なんだ」
マスクの無い担当の顔は眩しくて正視に耐えない。後扉を空けたトレーナーは自席に戻って荷物を引っ張り出していた。
「ありがとう」
やけに流暢な日本語が続いた。次に瞬きした時にはエルコンドルパサーはクルマから降り、「いつもの」姿になっていた。
「お、お前もしかして…」
「サア、何のことデス?」
トレーナーが受けた動揺の波紋が収まる前に、エルコンドルパサーは「チームルームに行ってマスネー!」と屋内へ走り去ってしまった。
………
誰もいない競技棟を歩く。門限外に帰ることも、こうしてあり得ない時間にチームルームへ行くのも、エルコンドルパサーにとっては特権であった。しかし今回限りは日が日であったので、黙認された、という方が正しいだろう。門の前の守衛は涙を浮かべながらも無言で部屋の鍵を差し出し、中へ入っていく彼女を最敬礼で見送った。
そうまでされては流石のエルコンドルパサーでも鼻の頭が痒くなってしまう。
月明かりにぼんやりと照らされた廊下は冷たく、ともすれば見ては聞いてはいけないナニカが現れても不思議ではない。彼らにとって残念なのはエルコンドルパサーがそちらには滅法強いこと。ズンズンと廊下を進み、目的の部屋の扉が―、
開いているのだ。
WHAT?
WHEN?
WHERE?
WHY?
WHO?
HOW?
エルコンドルパサーのアタマを5W1Hがぐるぐると回る。部屋の明かりは無い。
トレーナーが先回りしたか?―鍵を持っているのは自分だ。合鍵の複製は懲戒レベルで固く禁じられているらしい。考えにくい。
他の誰かか?そもそも消灯時間を過ぎている。この部屋を使うメンバーもトワイライトホークくらい。同じく考えにくい。
とすると空き巣か?強盗か?
部屋の中から音はしない。ここまでエルコンドルパサーのアタマに「戸締まり忘れ」という発想は無い。
荷物は守衛室に預けたため連絡手段が無い。かといってここを離れては、ここに居るかもしれない誰か、何かをみすみす逃すことにも繋がるだろう。
「―ッ!フウーッ!」
頬を強く叩いて気合を入れる。ワタシはエルコンドルパサー。レースも強いケド、格闘も強い!
そーっと、絶対に音を立てないように扉を開いていく。最近交換したばかりの蝶番は音もなく折れ曲がり、エルコンドルパサーひとり部屋に入れるくらいの角度まで開いた。
「コ、コンバンハー?」
クビだけ突っ込んで当たりを見回してみる。左から右へ。手前から奥へ。そうして視線がグラウンドを見下ろす窓へ移ったとき、デスクの近くでパイプ椅子に座る何者かがエルコンドルパサーの目に止まった。
「オプス!」
その瞬間、エルコンドルパサーは演技臭い驚きを上げながらビクリと跳ねた。数歩先に座る何者かのウマ耳は動かず、上半身ごと規則正しく前後に揺れている。
ビビリまくっていた先程までとは打って変わって、エルコンドルパサーのカオは呆れたような、しかし微笑みを孕んだそれへと変わった。これまた先程よりも弱いため息を漏らした。ドアも普通に開け放たれ、足音が立っても気にもとめない。エルコンドルパサーはいつもそうするように、部屋の明かりを点けた。
「…?」
茶色いウマ耳、鷹の翼のような髪。今日この日に限ってレース場に現れなかった、失礼な後輩だった。
「what...」
「ナニ寝ぼけてんデスカ?もう消灯時間は過ぎてマスヨ?」
nn...とトワイライトホークは目を擦りながら、目の前の人物が誰かを認識するためにエルコンドルパサーを睨んだ。ように見えて、実はただ単に視線を注いでいるだけだと、エルコンドルパサーは付き合いで理解していた。
そうして目の前に居るのが引退レースをバックレた相手、ファッキンマスクドビッチだということに気がつくのに、たっぷり10秒。…かかったが、トワイライトホークが彼女に敵意を向けることはなかった。
「Toooooooooooooo late girl?《遅い》」
眠さ混じりにそう文句を宣うトワイライトホーク。どの口が、とエルコンドルパサーは買い言葉が喉元まで出かかったが、その直後の光景にそれをそっくり奪われてしまった。
「…」
憮然とした表情。眠さに半開きの目、ボサボサの髪、尖った口。不機嫌全開のトワイライトホーク。
差し出したのは拳。グーの方の拳。しかしそれはエルコンドルパサーを殴る為ではなく、ただ無言で彼女の眼前に置かれたのだ。
余りにも普段とかけ離れた行動にエルコンドルパサーは呆気に取られてしまった。
「ン!」
トワイライトホークから乱暴に急かされている。エルコンドルパサーは少ししてやっと状況と彼女の意図を理解した。
「面倒臭い後輩を持ったもんデス」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて、ふたりの拳は重なった。
トワイライトホークがその気配を見せないので、エルコンドルパサーが先に拳を下ろした。さっきまで繋がっていた拳が再び、エルコンドルパサーの眼前に晒される。
「―、ハン」
そこから1本の指が飛び出し、「特に米国では絶対にヒトに向けてはならないサイン」へと姿を変えた直後、トワイライトホークは逃げるように部屋を飛び出してしまった。
だだだだだ、ドンドンドン、と建物を駆け回る乱暴な音がする。少しすると下の方で守衛の怒鳴り声がした。
どうやら無事に降りたらしいことを音で確認すると、エルコンドルパサーはさっきまでトワイライトホークの居たパイプ椅子にどかっと座り込んだ。守衛が階段を上がってくる音が聞こえる。
始めて、そして一瞬だけ繋がった掌《こころ》を目に映す。守衛の足音は近くまで来ていた。
「面倒臭い後輩を持ったもんデス」