《本年を締めくくる芝のG1はこのレースとなります。ジュニアクラスの実質王者決定戦、ホープフルステークス!若き王冠を抱いて階段を上るのは一体誰か!未来のエースへ、中山中の視線がそそがれております!》
険しい面持ちで入念に脚を伸ばすザマゼンタシティや、緊張やプレッシャーからの解放を目的としてルーティンをとる連中を余所に、トワイライトホークはかなり早い段階でゲートに入っていた。灰色の空から降り始めた軽い雪が鼻の頭に乗る。それを払うと、控室でホープフライヤーに貼ってもらったテープに触れた。
右脚で芝をねじり、踏み込みの感覚を確かめる。彼女によって体を保たれた右のスニーカーは正直なところ僅かに重い。朝方に走り回ったフィーリングとは変わった味付けになったのは確かだ。
しかしそれをネガティブには捉えない。
魂の重さは約21グラムといわれているのを、いつかあのクソマスクに教えてもらった。この右脚の重さが具体的にどれくらいかはわからないが、それはホープフライヤーの魂の一部だと彼女は思っていた。
《3番人気はここまで無敗で来ているウマ娘のひとり、5番メアリィスゥ!メイクデビューにはじまり3連勝中であります!》
《2番人気は11番ザマゼンタシティ!未勝利戦以外に実績はありませんが、その他のレースでどちらも2着に入っており潜在能力に期待されています!》
《そして満を持して1番人気、8番を背負うはトワイライトホーク!メイクデビューから4連勝、先ほどのザマゼンタシティにいずれも先着しておりその実力はすでに証明済みか?!》
しんと静まり返ったバ場に、スターターが掲げた赤旗のはためきがいやに響く。ばたばたと推測に姿を変えながら、枠に並んでいる誰も知らないカウントダウンを進めていた。
………
その瞬間はやけにスローモーだった。自分の身体の循環が速くなっているのか、アタマがおかしくなっているのかはわからない。
まるでデトロイトの街頭モニターで見ていた映画の広告のように、滑らかで、精細で、そしてなにより緩やかだった。彼女の脚質は後ろ寄りであるから、スタートの良し悪しは正味それで勝敗が決まるほどの影響は無い。それでも彼女は、自らが「出られる」と判断したその瞬間に芝を強く蹴り込んでいた。
《スタートしました!ザマゼンタシティ完璧な飛び出しですがそれをなんとトワイライトホークが抑えています!これまでのレースでは後ろ寄りのポジションをとっていましたがこれはどういうことでしょうか?!》
ゲートが開く瞬間に脚を出した。ザマゼンタシティにとってこれ以上ないスタート。逃げを採るウマ娘も幾らかいるだろう。しかしそれでも私がハナを獲う。
そう思っていた。
「―ッ?!」
トワイライトホークだ。数時間前にウォーミングアップウェアだと馬鹿にした、白と金色の勝負服が自身の前を抑えている。
こんな馬鹿なことがあり得るのか。
ザマゼンタシティはハナに拘り、躍起になって脚を回そうとしたが、それはトワイライトホークが急激に下がったことにより空回りに終わった。
《トワイライトホーク下がりました!下がりました!ものの数秒で8番手から9番手!驚愕の表情のメアリィスゥを余所に涼しい顔で後方をキープしました!》
差しウマ娘だと思っていた奴が先頭に躍り出て、かと思えばスルスルと本来のポジションに戻ってくる。およそセオリーとは外れた粗暴な走り方に、メアリィスゥはモノクル越しに目を剥いた。
トワイライトホークともザマゼンタシティとも肩を並べたことは無い。ふたりの間の力関係も、映像と文字から得られたもの以外には知らない。
それでも、少なくともこの阿呆の動きで有力候補のひとりに数えられるザマゼンタシティの出鼻は挫かれた。メアリィスゥが見るべき敵の数はひとり減ったのだ。
そしてこの阿呆も変な走り方をしたせいで消耗したはず。
この消耗のあるなしが、ハナ差、アタマ差の明暗を分けることをメアリィスゥはよく知っていた。
スタートの反応だけでは材料に乏しいが、他のウマ娘は然程脅威ではない。あとは阿呆ふたりが今しがたやらかした自滅行為が、メアリィスゥを勝利へ導く。
彼女の纏う勝負服はモノトーン。勝つか敗けるか。その中間―、灰色など存在し得ない。レースはどこまでいってもこのどちらかしか無いのだ。そしてそのモノクルは既に無傷の4連勝を見据えていた。
《最初のコーナーを曲がって先頭はザマゼンタシティ!コスモリバーシブルを真後ろに従えハナを主張しています!マキシマスピードその後ろ、ストームルドルフとトーセンクロウラーが激しくポジションを奪い合っています!》
《トワイライトホークとメアリィスゥは干渉しあわずに後方に控え、ロードプラズマが殿どっしりと構えております!》
トワイライトホークが飛び出したのは計算でも作戦でもなんでもなかった。しかしそれが結果としてザマゼンタシティとメアリィスゥの動揺を生み、多少―、スタミナに影響はあったかもしれないが、精神的な優位はまず一歩確保した。
隣で努めて内ラチを回ろうとするメアリィスゥの斜め後ろ、やや外寄りの位置から隊列を俯瞰する。概ねトレーナーと事前に話をしていた通りのポジションを皆確保しているように見えた。
「いつも通りにやれば勝てる」
トレーナーはいつもそういっていた。そして事実トワイライトホークは勝ち続けた。簡単だったとは言わない。ただ十分に自信を持って勝ちにいける、そんなレースばかりだった。
今日は違う。
2000メートルのレースは2本ほど経験しているが、そのどれより今日のペースは速い。スタートしてすぐの上り坂でも躊躇なくハイペースなポジション争いが繰り広げられた。そのパワーも、進出の機会を伺う巡行の速度も。ポジションを奪う、空けるといった駆け引きや、目線の配り方、身体の使い方。勝利のために組み立てるすべてが、今までよりふた回りほどレベルが高いと感じた。 自身が2度くだしたザマゼンタシティでさえ、半年見ない間に体躯はひと回りマッシブになり、ソックスとスカートの間から覗くふくらはぎには13の子供にはおよそ似つかわしくない隆起が見られた。
しかしそれはトワイライトホークも同じことだ。ザマゼンタシティと同じくレースから離れた半年間、トレーナーとあのクソマスク畜生に嫌というほど走らされたのだ。筋肉で固められた上半身のおかげで肩幅は春よりも広がり、もともと太めだった臀部の下では発達した太腿どうしがくっつくようになった。
デトロイトでただ走り散らかしていた粗暴な少女ではなく、いっぱしのアスリートとして身体は着実に変化しているのだ。
その差し引きの結果がどうなるか、今日、わかるらしい。
《コーナーを曲がりきってホームストレッチへ入りました!先頭ザマゼンタシティとその後ろコスモリバーシブル変わらず、メアリィスゥがやや内から進出したか?!それ以外には順位に変動ありません!先頭から下がったトワイライトホークは過去のレースと同じような位置についています!》
ついていけている。しかし勝ちきれるか。本番のレースで同世代に感じる初めての《不確定》だった。ザマゼンタシティもそうであるし、まわりのウマ娘が過ごした今日までの日々が彼女にはわからないのだ。
しかし、右脚の僅かな重みがそれを許してはくれない。勿論、ホープフライヤーにその意思があったかは定かではない。
面倒臭いものを押し付けやがって―。
それの乗った右脚で芝を散らし、トワイライトホークは強く前を目指した。
………
「ああ、始まっちまった…」
控え室から関係者席へ場所を移し、レースのゲートが開くのを見届けたトレーナーは青い顔でアタマを抱えた。隣にはちゃっかりホープフライヤーが着席している。
「ホークちゃん先頭に出ましたよ!」
ホープフライヤーの驚愕に、トレーナーはまるで父親に怒鳴られたときのようにびくりと跳ねて視線をレースへ戻した。
「マジで?おいおいやめてくれよ本当に落ちちゃうって…!」
出走直前にトワイライトホークの右スニーカーから落ちた蹄鉄。ホープフライヤーによって応急処置を施され、どうにかこのレースだけは耐えうる、と思われることをふたりは共有している。
そしてその、思われるという領域が、この2人が寒空の下で冷や汗を流している原因でもあるのだ。
「お前もし本当に落ちたら俺たちファミリーどころじゃなくなっちまうからな」
五指を組み、まるで修道女が神に祈るような手つきでトレーナーは声を震わせた。
「そのときは私とホークちゃん、そしてエルコンドルパサーさんも一緒に本当にファミリーになればいいじゃないですか」
「お前いつからそんなにクチが回るようになった?」
ホープフライヤーはあっけらかんと笑った。
「エルコンドルパサーさんがこれまで勝ってきたおかげで、トレーナーさんだってそれはもう…、ですよね。私たち4人くらい、困らないはずです」
「お前本当にグラスワンダーから何も教わってないんだな?」
そういう気の抜けたやり取りをしている間にも、トワイライトホークはやや後ろに控えたまま、ホームストレッチを半ばまで突き進んでいた。
「大丈夫そうですけどね」
すっかり緊張が解けた様子のホープフライヤーはレモネード―トレーナーの奢りである―を吸いながら席の背もたれに身体を預けた。
「いいや、まだわからん。本当のヤマは…、スパートをかける瞬間だ。一瞬で、一気に強い力が加わるそのときが危ねえ。それくらいベルノライト先生んとこで学んでんだろ」
コーナーが近づくにつれて進出するメアリィスゥに引っ張られるかたちで、トワイライトホークもその順位を4番手にまで上げてきた。トレーナーのいう《ヤマ》はその弧の頂点で訪れるはずだ。
先頭のザマゼンタシティは垂れない。コスモリバーシブルは後退気味でいよいよ後続に捕まりそうだが、トワイライトホークやメアリィスゥがここから先頭を奪い返すには、強い加速と速力が必要なのは明白であった。
………
《ウマ娘たちが3コーナーへなだれ込んできました!先頭ザマゼンタシティ変わりませんが背後からメアリィスゥとトワイライトホークが迫っています!コスモリバーシブルはもう苦しいか、トーセンクロウラーとストームルドルフもやや遅れてやってきた!ホープフルステークス、その真髄はここからです!》
600のハロンを後ろに流した。トワイライトホークの前にはメアリィスゥとザマゼンタシティ。すぐ後ろでストームルドルフが張り付いているが進出の妨げにはならない。今度こそトワイライトホークは芝を踏み抜き、土をえぐって進出を開始した。
たまたま、左脚から。
《600過ぎた!トワイライトホークが仕掛けました!メアリィスゥを一気に交わしてザマゼンタシティと横一線!コーナーの遠心力に全く振られる素振りを見せませんトワイライトホーク!》
「―なんっ」
レースが始まって100メートルからずっと先頭だったザマゼンタシティ。多少のイレギュラーはあれど、このまま押し切れるとすら考えていた。そんな折、最終コーナーへ突入したその瞬間にぎゅん、とトワイライトホークに並ばれ、思わず目を剥いてしまった。
強い。恐らく、半年前よりも。
トワイライトホークの息遣いが、フォームが、足音が。それを強くザマゼンタシティに感じさせる。ひとつ脚を進めるごとに、彼女の頭中に敗北のイメージが巣食っていった。
ならば2着を死守するか。後ろのメアリィスゥを振り切る考えにシフトすべきか。最後の直線はもう目前だ。こうなればもう300メートルそこそこしか無い。
「―そんなのっ!」
そんなのはウマ娘じゃない。ザマゼンタシティはあくまで1着を、トワイライトホークに勝つことを選び取り、歯を食いしばって前を目指す覚悟を決めた。
「大丈夫そうか?」
最終コーナーを曲がり切ったバ群を見やりやがら、トレーナーはひとまず胸をなで下ろした。
「ですね。あとは―」
あとはトワイライトホークが勝つだけ。ホープフライヤーも、トレーナーも、そう安心しきっていた。
脚に最も負荷がかかる瞬間。それは加速を試みたときだ。特にトワイライトホークは後方から差し切る作戦を好む。位置取りからして先頭を目指すには相当の加速力が必要で、それはすなわち蹄鉄、そしてその接合部にかかる負荷も半端ではなかったのだ。
それを超えた。もうあの瞬間以上のそれはない。
あとはザマゼンタシティを差し切って、めでたくファミリー結成である。トレーナーの頭にはチームってどうやって申請するんだっけ、とか、名前どうしようかとか、そういう間抜けた疑問が浮かんでは消えていた。
「ああああああああっ」
「Siiiiiiiiiii!」
メアリィスゥやストームルドルフを2バ身後ろに引き離して、トワイライトホークとザマゼンタシティは横並びのまま直線を争っていた。―いや、ザマゼンタシティが掌ひとつ分ほど先を往っていた。
《残り200を切りました!栄光への最後の難関へと突っ込んでいきます!》
《ザマゼンタシティやや有利か!トワイライトホーク縋れるか、差し切れるか?!メアリィスゥとストームルドルフは2バ身差を詰めることができない!》
強い。
今まで2度、直接争ったザマゼンタシティ。そのどれよりも、今のファッキンピンキーは強い。
そして足りない。
ほんの僅かに許しているリードをひっくり返すだけの何か。速力か、パワーか、意地か。トワイライトホークには足りない。
思えば今日までトワイライトホークは流されるままに生活をしてきた。
グラスワンダーに招き入れられ、レールを敷かれ、およそそのとおりに事は進んでいた。しかしそれでもひとつ言えることは、予め舗装された道を進んでいるようで、トワイライトホークはそれを自分で選んだこと。
勝たされたレースなどない。
勝ってきたのだ。
だからこれも同じ事。
自ら望んで、勝利を、獲るのだ。
急坂の麓へ突っ込む。差し切るならもうここしか無い。ザマゼンタシティを上回る何かを掴んで、坂を上りきるまでに決着を付ける。
「AAAAAGH!」
全身全霊。少しでも速く、少しでも強く坂を上りきるために、トワイライトホークは強く、深く、そして重く土を沈ませた。
右脚で。
………
……
…
ずるり。
踏み込んだ右脚が、土に埋まったままのはずの右脚が、ほんの少し、慣性に負けて前にズレた気がした。だのに接地感は変わらず、固定されたままぐいと力を受け止めてトワイライトホークを押す。
それを蹴りだしたら終わる。
直感でトワイライトホークはそう思った。
恐らく原因は蹄鉄で、やはり応急処置では耐えられなかった。最後までどこか自信なさげだったホープフライヤーを思い出し、そう考えた。
破断の音も衝撃も無い。まだ走れる。万が一後ろに蹴り飛ばされた鉄塊がメアリィスゥの顔をブチ抜こうが知ったことか。
ワタシが欲しいのは勝利だ。そうやって生きてきたのだから。
躊躇を振り払い、ザマゼンタシティを捕食すべく右脚を後ろへ振り抜こうとしたとき―、ほかでもないホープフライヤーの顔が浮かんだ。
アクシデントに見舞われたとき、ときにヒトの脳はその処理速度を爆発的に上昇させ、たとえば脚をもつれさせてから転倒するまで、実に多くのことを思考でき、視覚的にもスローモーになる。
それと同じ事がトワイライトホークにも起こり、ホープフライヤー、トレーナー、そして憎きクソマスクの顔がぐるぐると浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
誰のために走るのかと言われたら徹頭徹尾自分だけのためだ。それは今までもこれからも変わることはない。
しかし、そのために動いているのは―、どうやら自分だけではないらしい。
メアリィスゥのドタマを鉄塊が撃ち抜いたとき、誰が泣くことになるのか。
それが、トワイライトホークの脚を止めた。
《―ああっと?!坂を前にしてトワイライトホークが急減速!内に寄って止まってしまいましたアクシデントでしょうか?!これで先頭はザマゼンタシティ!半バ身差でメアリィスゥを従え、さらに2バ身遅れてストームルドルフだがこれはもう決まったか!》
《ザマゼンタシティ相当苦しいが坂を上りきった!メアリィスゥ猛追するが届かないか!残り50!ザマゼンタシティ先頭!ザマゼンタシティか!ザマゼンタシティかあーッ!》
脚が壊れたわけでもない。
スタミナが切れたわけでもない。
ただ、踏めば僅かなズレを返してくる右脚―、スニーカーを恨めしそうに睨みながら、トワイライトホークはザマゼンタシティの勝ち名乗りを耳だけ感じた。
………
……
…
ウイニングライブのセンターはザマゼンタシティ。直線での出来事は当人にとっては不完全燃焼であったらしく、すべて終わった後の去り際に
「皐月ですわよ!皐月!」
と言いながらトワイライトホークの肩をバシバシと叩いていた。
肩を怒らせて陣営に戻る彼女を、トワイライトホークはおよそ公共の電波に乗せることの出来ない表情と、アタマにFのつくハンドサインを両手にしながら見送った。
私のせいだとホープフライヤーは泣いた。それはもう泣いた。事実、蹄鉄を固定していた7本の蹄釘のうち2本が折れ、固定力を失ったためにほんの数ミリ、前後に動くようになったのだ。
それを宥めるにも時間がかかった。勝たせられなかったから、とチーム入りを拒む彼女をどうにかして丸め込むのにはもっと時間を要した。
そうして苦い思いと共に、ファミリーは結成された。
レースではないところでほとほと疲れ切ったトワイライトホークは、学園へ、チームルールへ入るなりソファに倒れ込む有様。しかし彼女にはまだ考えなければならないことがある。
「U.R.A.FINALS…」
エルコンドルパサーとの戦いを実現する唯一の手段。そのために絶対要件としていたホープフルステークスで敗けたのだ。そちらの出走権がどうなっているのか、知る必要がある。ザマゼンタシティは皐月ですわよ、と言っていたが、その頃にはあのクソマスクはもう学園に居ないのだ。
「まあ―、わかんねえだろうな」
トレーナーはあっけらかんとしていた。
「You don't get it? And just whose fault do you think this is...!《わかんねえだと?誰のせいでこうなったと…!》」
トワイライトホークは怒ったが、立ち上がってトレーナーを詰める気力は既に無い。
「まあそう怒るな。連絡返せなかったのは悪いと思ってっけど…、仮に連絡ついてたとして、アレはどうにもならなかった」
「ホープフルステークスを走れた。これだけでも十分すぎるリターンをお前は得たんだ」
右脚で床を踏み鳴らし、トワイライトホークは暴れた。だあん!という衝撃がルーム内にこだまする。
「FFFFFFFFUCK!」
2度、3度と右脚を叩きつけ、そこでトワイライトホークは力尽きた。
「fuck…」
つう、と、彼女の目から頬にかけて透明な、温かい筋。
勝てるはずのレースに敗けて悔しいのか。
蹄鉄が壊れたアクシデントを呪うか。
トレーナーを呪うか。
エルコンドルパサーと走れずに悔しいのか。
複雑に混ざり合ったカオスが、1滴の涙となって溢れた。
ひとつ溢れればふたつ。ふたつ溢れればみっつ。そうしてとめどなくそれはトワイライトホークの頬を濡らし続け、痙攣する喉からは時折何かを飲み込むような音がした。
「おおう、泣け、泣け。ニンゲン、そうして大きくなるもんだ」
フォローに入るでもなく、トレーナーはそれを放置して部屋を暗くし、去ってしまった。
ワタシはニンゲンじゃねえよバカ野郎。
内心そうやって悪態をつきながら、トワイライトホークは涙を流し続け、ソファでひとり静かに震えた。
その日の夜空は美しかった。