黄昏の星条   作:橋本みちか

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肯定

トワイライトホークとホープフライヤーの仲が戻った記念、そしてポープフルステークスの残念会を兼ねた催しが、彼女たちのクラス、そのとりわけ付き合いのある数人によって催された。

勝負服の不手際に怒り、ホープフライヤーの行動に涙し、トワイライトホークの判断を膝を叩いて悔しがった。

トワイライトホークにとって初めての交遊でもあった。

 

「money are you okay? So money are you okay? are you okay moneny〜♪」

 

「ぎゃははははは!」

 

カラオケに連れてこられたが、トワイライトホークにとってそのレパートリーは無いに等しい。小さい頃から馴染み深かった一曲を踊りながら歌ったところ、これが大いにウケた。

口を尖らせて膝をカクカクして「POW」なとど叫んだ威力は、その場のほぼ全員が腹を抑えてソファの下に沈むほどだった。

そして極めつけに、ウマ娘の脚力と体幹だからこそ「仕掛けなしに実現できる」必殺技、ゼ□・グラ◯ティ。本来なら驚嘆されるべきそのパフォーマンスも、彼女たちにとっては最高濃度の燃料にしかならず、暫くは会話も不可能なほど部屋を騒がしくした。

 

「ZUBABABABABABABABAAAAANG!」

 

曲の終わりに銃を乱射するパフォーマンスで締める頃には、既に誰もソファに座ってなどいなかった。

 

「はあ、ひい…!ミッチェル・ジェイソンなんて。今どきお父さんでも歌わないよ…!ひい…」

 

引き攣った腹を抑えて、ホープフライヤーが床から這い出してきた。あの日以来、彼女の鼻にはいついかなる時にもテープが貼られている。彼女もなにかしら変わったのだ。

 

「ヤカマシイ」

 

トワイライトホークも、最近覚えた日本語で返した。こんなクソどうでもいいやりとりを交わしたのはいつぶりだろうか。帰属意識などとは無縁だったが、日本にやってきてから―、あの日、エルコンドルパサーに叩きのめされてから1年、トワイライトホークの思う「生活」はまるっと変わった。

そして少なくともそれを悪くは思っていない。

 

「cause that´s thrilleeeeeeeeeeeeeer!!!!」

 

「うわははははははは!」

 

だから彼女は笑われても歌うし、踊るし、カッコだって付ける。日本語はまだ難しいけれど、笑い者にはされていないのは理解出来る。

 

ああ、これはこれで悪くない、と股を割った中腰で脚を踏み鳴らしながら回っていたとき、ふいに扉が開いた。

 

「Oh! We´re sorry girls. I went to the wrong roo... What?《あら、ごめんなさい。部屋を間違えて…んん?》」

 

ブロンドのパーマにウマ耳。小綺麗な服を着ているが、その奥に潜む粗暴さを隠しきれていない風に伺える。部屋を間違えたらしいそのウマ娘は、ゴキゲンに踊るトワイライトホークが視界に入った途端にフリーズした。

 

「…Hawk? Could it be... are you Twilight Hawk fuckin´ right?」

 

まさかターゲットが自分に鳴るとは思ってもみなかったトワイライトホークは驚いて、そのウマ娘の顔をついマジマジと見てしまった。そして見れば見るほど、1年前のデトロイトが強く、強く思い起こされた。

 

「Are... Are you Lightning Crown? But here is ...《お前、お前はライトニングクラウンか?いや、でもここは…》」

 

ここは日本だ。トワイライトホークがデトロイトで略奪と暴力に明け暮れていた頃、確かに共に過ごしていたが―、その彼女が今ここに立っているという事実を理解するのに時間を要した。

 

「After getting your ass handed to you by a Fuckin´Jap and running home with your tail between your legs, you had the nerve to sit around here, lazing the fuck off like everything was fine!《日本のウマ娘に敗けて逃げたと思ったら、こんなとこで平和ボケしてやがったとは!》」

 

ライトニングクラウン、と呼ばれたそのウマ娘は余所行きの表情を一瞬で取っ払い、侮蔑と敵意に満ちた顔でトワイライトホークを見据えた。

 

「Why are you here?《どうしてここにいる?》」

 

クラスメイトの手前、無闇にキレて暴れるわけにもいかない。トワイライトホークが努めて表情を変えずに促すと、ライトニングクラウンは更に吠えた。

 

「" got fuckin' taken in! Turns out that old bastard I took a swing at was loaded! Now he's dangling the promise of a fuckin' cushy life in front of me to get my ass racing in Japan!《拾ってもらったんだよ!たまたま殴りかかったクソジジイが金持ちでね!アタシにまともな生活をくれる代わりに、日本でレースさせるそうだ!》」

 

「Fuck, this is fuckin' heaven! A hot-ass meal, an ice-cold Coke, and nobody's even trying to fuck me up! Goddamn, I could get used to this shit!《うんめえよな!あったけえメシに、つめてえコーラ!誰もアタシを攻撃しようなんてしてこねえ!》」

 

「And so, you fell into depravity! But I am different!《そうしてお前は堕落した!―でもアタシは違う!》」

 

「Next time, I'm going to do some killing on the turf!《今度は芝とやらの上で殺しをしてやるよ!》」

 

しん、と部屋が静まり返った。ホープフライヤーをはじめとするクラスメイトたちは英語が聴き取れない。しかし、ファックだかファッキンだかアスホールだか、物騒な単語が頻発しているのは理解し、このやり取りがただの雑談ではないことを感じていた。

 

「…okay」

 

小さくそう呟くと、トワイライトホークは傍目にはトチ狂ったと思われかねない姿勢から立ち直り、ライトニングクラウンをまっすぐ見据えた。

 

「I'll show you just how far I've fallen.《アタシがどれだけ堕落したか、教えてやるよ》」

 

 

 

………

 

 

 

空は晴れていた。ホープフライヤーの調べた最寄りのランニングコースはヒトの少ない時間帯で、ウマ娘ふたりが走るに耐えそうだ。

 

「ゴメン、ヨウジ」

 

それだけ言って、ライトニングクラウンを伴いカラオケを出ていったトワイライトホークだったが、結局部屋ごと解散して全員付いて来てしまった。結果として名もなき運動場に人近くのウマ娘が集ったことになる。

 

「Hey, Hawk. What do you intend to do here?《ここで何すんだよ、ホーク》」

 

寒そうに身を縮めるライトニングクラウンを余所に、トワイライトホークはコートを脱いで既に半袖シャツ姿になっていた。

 

「What was that? Surely you understand by now—we've come this far, after all?《あ?ここまでやって来て、わかんねえなんてこたねえだろ?》」

 

そのまま彼女はライトニングクラウンの高そうなフワフワのコートを顎でしゃくって指し、自身と同じような姿になるよう促した。

 

「You take fuckin' yours off, too. If you say you can run like that, I won't stop you.《脱げよ。それで走れるってンなら、止めねえけど》」

 

ぼけっとコースを見つめていたライトニングクラウン。今からここを走らされるのだと理解したとたん、ウマ耳と尻尾を立ててトワイライトホークに食ってかかった。

 

「Are you serious?! This is asphalt! It's no place for us to be running!《アンタ正気?!ここアスファルトよ!アタシたちが走る場所じゃないわ!》」

 

それでもトワイライトホークは準備を止めない。履いてきたスニーカーの紐を締めなおして、改めてライトニングクラウンと向き合うと、軽くため息をついた。

 

「Huh... This is exactly where we belong, isn't it? You're the one who's gotten so caught up in the stage—you fake young lady?《ここがアタシたちの生きる場所だろうが。お前こそ芝にうつつを抜かしてんじゃねえか、偽りのお嬢様?》」

 

ぎょっとしたライトニングクラウンは、その挑発を真正面から受け止めて激昂した。着ていた高そうなコートをかなぐり捨て、黒いインナー姿になる。デニムのパンツも放り出し、いかにもアタシ、運動してます、というような格好になった。

 

「Let's do this! You loser! I'll make you realize that a bird without claws stands no chance against me!《やってやんよ!この負け犬が!爪の無え鳥じゃアタシに勝てねえって、思い知らせてやる!》」

 

丁度いい地点に建っている街灯を目印にスタートラインを決め、ふたりは並んだ。コースの距離を調べ、妥当な周回数を決め、スタートラインを決める。ついさっきまでお互いを―、一方的にトワイライトホークを罵っていたライトニングクラウンだったが、いざレース前の決め事となると意外に紳士的であり、何も知らない他のウマ娘たちに対しても友好的だった。トワイライトホークを(不十分な)通訳として意思を疎通し、この場の全員が認識を共有するのに、15分もかからなかった。

 

「This time for sure, I'll bring fuckin' small wings crashing down.《今度こそ堕としてやるよ》」

 

そしてスタートラインに立ったその瞬間から、彼女の口からはまた汚い言葉が溢れた。

 

「It's the same as the year before last. You can't become lightning.《一昨年と同じだ。お前は稲妻になんかなれねえよ》」

 

久しぶりにトワイライトホークが返した言葉は、ライトニングクラウンにとってこれ以上ない挑発だった。

 

「―それじゃ、いいかな」

 

スタート役を買って出たホープフライヤーが右手を掲げた。両者は軽く頷き一瞬だけ視線を交わすと、脚に力を込めて前を見据えた。

 

「―ッ!スタート!」

 

それが下ろされたのと同時に、ふたりはアスファルトを蹴って前へ伸びた。

 

 

 

そして僅か数歩で決着が付いた。

そもそも1歩目を踏み出したチカラがもう別物。その事実に気付いてライトニングクラウンが目を剥いた頃には、トワイライトホークの背は既に5メートルは先を往っていた。

そしてそこからは勝負にもならなかった。ひとりのウマ娘が涼しい顔でコースをふた回り駆け抜け、もうひとりのウマ娘が顔を赤くして息を切らし、全身から湯気を噴きながら遥か後ろをただ走っていた。傍目から見てこれが競走だと思う者は無いだろう。そのくらいの差だった。

 

トワイライトホークは勝った。

 

なのに全く嬉しくない。

 

勝ち名乗りをあげる価値すらない。

 

このライトニングクラウンだけではない。かつてデトロイトに居た、あるいは今もそこで生きるために走っているウマ娘たちを見るごとに、昔の自分の鏡像を覚えてしまうからだろうか。

 

強いとか弱いとか、速いとか遅いとかの話ではない。

 

生きている世界が違う。

 

求められる競走能力の程度も変わるし、それに適応したから今ここに居る。トワイライトホークの現在の能力はその結果でしかない。

 

そして今のトワイライトホークには、かつての自分を拾ってくれたようなグラスワンダーのような影響力も、資金力も無かった。

 

「It was obvious. You and I see the world differently.《わかりきってた。お前とアタシじゃ見てる世界が違う》」

 

地が滲むのも構わずにアスファルトを拳で殴りつけ、涙すら浮かべて悔しがるライトニングクラウン。何の感慨もなくそばに寄り、膝をついたトワイライトホークは事務的に告げた。

 

「Huh?! What kind of nonsense is that…《はあ?!何をわけわかんねえことを…》」

 

涙目に睨むライトニングクラウンの赤い瞳は敵意と恥辱にまみれていた。

 

「I, too, was taken in by someone... but from that point on, the choice was mine. And now, you’ve reached that same threshold.

It all comes down to whether or not *you* want to become the Lightning.《アタシも拾い上げてもらった身だが…、そっからは自分で選んだ。そしてお前はもうそこまで来ている。あとはお前が本当に稲妻になりたいかどうかだ》」

 

それだけ話すと、トワイライトホークは一方的に話を打ち切り、踵を返した。

 

《勝った!勝った!》

 

とやんややんやのクラスメイトたちのもとへ向かうと、僅かはにかんで呟いた。

 

「ツヅキ、イコウ」

 

その脳裏にはグラスワンダーのムカつく薄ら笑いが浮かんだ。

 

 

 

………

 

 

 

「It's my liiiiiiiiiiiiiiiiiiife♪」

 

「どわははははははは!」

 

「ヤー!パワー!」

 

「うわはははははははは!!!」

 

友人と遊ぶことなど、些細なことかもしれない。きっとこれからも嫌というほど体験することだろう。バカやって笑ったり、クソどうでもいいやり取りだってアホほど交わすに違いない。

けれどトワイライトホークは今日を忘れることは無いだろう。

初めて、日本へやってきたことを肯定できたのだから。

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