「あけまして」
「オメデトウ」
「ございます」
「What?」
3学期が始まり、トワイライトホークたちは本年初めてのチーム内ミーティングにのぞんでいた。おきまりの挨拶を交わして互いの健勝を確かめ合う。
エルコンドルパサーは秋に引退して走る必要に追われなくなり、トワイライトホークはホープフルステークスで使った脚の回復を待つために走らなかった。結果としてトレーニングのスケジュールは組まれず、この2週間、トレーナーとひとりのウマ娘を除いて、チームルームに脚を運んだ者は無かった。
「あ?あー、ハッピーニューイヤーだよ、ハッピーニューイヤー」
それを聞いてトワイライトホークはoh、と手を叩いた。
「A happy new ... オメデトウ」
その様を隣でニコニコと見ているホープフライヤーに苦笑したトレーナーは、さて、と若干年季の入った仕草で膝に手を添え、パイプ椅子からゆらりと立ち上がった。
「お知らせがふたつある」
白板の前へ移動するトレーナー。それに従い、ホープフライヤーもおずおずと少し気まずそうな顔をして並んだ。
「今年から―、正確にはホープフルステークスの日からではあるが。一緒に…、あー、夢だ、夢を追うことになった、ホープフライヤーくんだ」
ホープフライヤーは腹の前で手を組み、間のもたせ方がわからず顔を赤くしている。そしてぎゅっと目を閉じると、
「よ、よろしくお願いします!」
と勢いよくアタマを下げた。
ぱち、ぱち、ぱち。
彼女を除けばウマ娘はトワイライトホークとエルコンドルパサーの2人しかここには居ない。それにしたってまばらが過ぎる拍手である。なんか違うなー、という不服を飲み込んでホープフライヤーは直った。
「ようやくデスカ」
「I already know.Tooooooooo late.《知ってる。遅すぎる》」
ちくしょう、とボソリと呟いて、ホープフライヤーはドスドスと席に戻っていく。着席を見届けたトレーナーは、再び白板に向き直って話を進めた。
「知っての通り、彼女はレースには出ない。俺たちには無い、工業技術的な視点からトワイライトホークをサポートしてもらう、そういうゴールを描いてはいるが―」
「まだ未熟だ。だからお前さんにはコイツの精神的なケアをしてもらいながら、引き続きベルトライト先生んとこで学ぶモンを学んできてもらう。それがお前さんの最初の仕事だ」
ホープフライヤーは肩をすぼめて亀のように首を縮ませた。
「ホープフルの件は感謝もしてっけど、同時にお前さんのせいでもある。厳しいこと言うけどよ、たとえ他にそうする者が無かったとしても、お前さんが直した蹄鉄はレース中に落ちる危険性があった。引き摺れとは言わんが、ひとつ戒めてこれからも学んでいってくれ」
その為に俺がシンボリルドルフから絞られたんだからな、とトレーナーはテレビでよく見る筋肉芸人のように胸を叩いてみせた。
「yah...」
「るせえバカ野郎」
ヤーとかパワーじゃねえ、とひとりごちながらトレーナーはプリントを封筒から取り出し、3人へ配った。
「もうひとつのお知らせだ。URAファイナルズの開催要項が届いた。エルは勿論だが―、お上はお前のこともお呼びだ」
落鉄の危険から、トワイライトホークはホープフルステークスを途中棄権した。
競技上のルールによって、トワイライトホークがエルコンドルパサーと公な場で肩を並べることは無い。その唯一の抜け道がURAファイナルズである。
レースの名前を聞いて目を伏せていたトワイライトホークの視線が急に上がった。
「…Really?ホントウ?」
実質無差別級であり、その意思さえあれば誰でも出走を申請できるURAファイナルズへジュニアクラスのウマ娘が駒を進めるには、実績―G1の称号が欲しかったのだ。
そして、ホープフルステークスの成績をアドバンテージとして扱える要素は何もない。自分はもうURAファイナルズへは出られないものだと勝手に諦めていた。
「大マジよ。やっぱ直前まで4連勝してるウマ娘をほっとく訳にもいかんかったんだろうな」
実感が沸かず呆けた顔のトワイライトホークを余所に、トレーナーは説明を続けた。
「ふたりとも部門は中距離。場所は中山競馬場、皐月賞と同じコースを回るそうだ。お前らが望んだ直接対決の舞台だ。…2月前半に予選、その翌々週に準決勝、そして大阪杯の前日に決勝が行われる」
「従って大阪杯を視野に入れているウマ娘は自然と出走を辞退することになるだろうな。テイエムオペラオーとか、エアシャカールとかよ。特にテイエムオペラオーが居ない状態で決まる優勝者ってのに箔が付くかは俺は―、いや、お前等に言っても仕方ねえな」
お前等が見てんのはそこじゃねえもんな、とブツブツ言いながら、トレーナーは封筒から追加のプリントを取り出した。
「予選の組み合わせだ。エルは最初から魑魅魍魎ン中に放り込まれるが―、どうもジュニアとクラシックはある程度固められているらしい」
配られたプリントにはエルコンドルパサーとトワイライトホーク、それぞれ違う内容が書かれていた。
「予選4レース、9人立てだ。そのうち2着までと、それらを除いたタイム順で10人、合計18人が準決勝、同じく9人立てで2レースして、2着までとタイム順に5人、9人が決勝に進む、とのことだ」
エルコンドルパサーのそれには、本人をはじめとしてアドマイヤベガやアライグマスズカ、ビィザヴィクトリーなどそうそうたるメンバーが揃っている。
トワイライトホークが握りしめる組み合わせには、今年のクラシック戦線を沸かせたアグネスデジタルをはじめ、
ザマゼンタシティ
メアリィスゥ
の名前も記されていた。
「ホープフルの借りを返してやれ。今度こそ万全な状態でな」
………
そのあと、どうやってグラウンドの芝へ降りたか覚えていない。トワイライトホークの他にも大勢、ほとんど全てのウマ娘―、生徒たちが制服姿で同じようにグラウンドへ降りていた。
彼女たちがコース上の演台を前に整列していくのをぼけっと見やりながら、トワイライトホークの中で少しずつ、先のやりとりが現実味を帯びた実感として質量を持ち始めた。
「…ッ!」
ブルリと身震い。確かに年明けたばかりの空は冷えるがそういうことではない。ふつふつとトワイライトホークに喜びが湧いてくる。
走れる。
URAファイナルズに出られる。
あのクソマスクをこの手で叩き潰す場所を得た。
ホーリーファック!
そして彼女は走り出した。
皆一同、静かに整列しようとしていたうねりの中で、突然の奇行。いくつもの目が、奇声を上げながら右手をブルンブルン振り回して走るトワイライトホークをぎょっとした表情で見つめていた。
そしてトワイライトホークは両手を振り上げて宙を舞った。それまでに進んでいた方向とは真逆になるように空中でターン。
「Holy...」
そして広げた両脚で芝を踏みしめたと同時に腕を振り下ろし、この昂りを燃やした。
「Siuuuuuuu!」
ワタシはやれる。そう息巻いてトワイライトホークは空を見上げた。思えば、ここへやって来て初めて、前向きに事を考えたかもしれない。
スパァン!
充実感に溢れ空を仰いだトワイライトホークのアタマは、いつかと同じように紙筒で張り倒された。
「またお前か!少しは大人しくなったと思ったら…!」
いつかの模擬レースと同じ流れである。勝利を収めたトワイライトホークは練習だというのに意気揚々と勝ち名乗りを
「siuuuu!」
とあげた。それがスポーツマンシップに反すると教官の逆鱗に触れ、そのまま指導室へ連行された過去がある。そして今、彼女に見えている光景はそれと全く同じだった。
《ただいまより全校集会を始めます》
新しく生徒会の副会長に就任したアドマイヤベガのナレーションを背に、トワイライトホークはまたしても教官に耳を引かれながら指導室へ連行されていった。
………
「…で、なんでボクも一緒に居なきゃならないんだい?」
トワイライトホークに課せられた《反省文》。それを書き切るまでに監視する任を仰せ使ったのはテイエムオペラオー、新生徒会会計―、自称、秘密兵器担当である。永遠に秘密のままかもわからないが。
アイウエオ表と原稿用紙を交互に睨み、慣れない縦書きに苦心するトワイライトホークを、テイエムオペラオーは呆れ半分に頬杖をついて見ていた。
「仕方がない。誰かが見ていなくては駄目だからな」
始業式の日とあって流石にジャージでいるわけにもいかず、スーツに着られたナリタブライアン。バインダーを片手に佇んでいる姿はやはり呆れの表情である。
「まあ、そこに居てくれれば何でもいい。私はテストの問題を作らねばならんのでな。あとは頼んだぞ、秘密兵器」
秘密兵器と呼ばれた瞬間、テイエムオペラオーの目がキラキラと輝く。犬か何かか。ナリタブライアンはまた別の意味で呆れながら指導室を重い足取りで後にした。
「秘密兵器の任とあらば仕方ない!さあトワイライトホークくん、ボクと壮絶な反省文という名のレクイエムを綴りあげようではないか!」
テイエムオペラオーの扱う日本語はとっ散らかっていてトワイライトホークには理解できない。彼女にはまだ、グラスワンダーやホープフライヤーの扱うような綺麗な、国語の教科書のようなものまでしか、会話レベルで聞き取ることはできないのだ。
であるから、今のトワイライトホークにとって、テイエムオペラオーの演説めいた語りはただのノイズ以外の何でもなかった。
「Hey!」
痺れを切らし、ペンを(グーで)握っていたコブシごと木の机へ叩きつける。そのままトワイライトホークはギラリと目の前の自称秘密兵器を睨み据えた。
「How do I write "I'm sorry for shouting 'Siuuu' at the event" in Japanese?《行事の場でsiuuしてゴメンナサイって、日本語でどうやって書くんだ?》」
「んー?」
秘密兵器は機能停止した。
「モウイチド、イウカ?」
単に聞き返されただけと思ったトワイライトホーク。繰り返すだけなら造作もない。息を吸って、How... と言いかけたところ、テイエムオペラオーはそれを制した。
「あー、あー、いいんだトワイライトホークくん!重要なのは言葉や文章じゃない。ハートなんだよ!君がすべきことは書くことでも喋ることでもなく伝えることさ!素晴らしいとは思わないのかい?!」
そんなわけないでしょ、と低く冷たい声と共に、指導室の扉が無遠慮に明け放たれた。
「全く、どこに行ったと思ったら…」
長いウマ娘をピコピコと怒らせたアドマイヤベガ。扉の間から、トワイライトホークを煙に巻こうと言葉を連ねるテイエムオペラオーを冷ややかに睨んだ。
「これはアヤベさん!今ボクは秘密兵器としての任を全う中なんだ!これは生徒会の仕事よりも重要だとは思わないかい?!なんせ秘密―」
「英語もできない秘密兵器が何の役に立つのよ」
淡々とテイエムオペラオーを刺したアドマイヤベガは彼女の胸ポケットからスマートフォンを引ったくると、検索エンジンを起動してトワイライトホークの前へ置いた。
「はい、これ。秘密兵器」
そこには「English」と「日本語」というくくりで分けられたふたつのゾーンが移されていた。
「あなたの思うことを、Englishに打ち込んでみなさい。日本語になって出てくるから。…あ、オプションで―、ひらがなだけにしておいたから」
まるでオキアミでも放り込まれた魚のようにスマートフォンへかじりつくトワイライトホーク。恐ろしい速さのフリックは瞬きする間にアルファベットをつらつらと並べ立て、GEOGLEの翻訳エンジンもまた恐ろしい速さでそれを日本語―ひらがなに直していった。
「大丈夫そうね」
それを紙に書き写し始めたトワイライトホークを見届けると、アドマイヤベガは踵を返した。
「顧問のナリタブライアン先生と打ち合わせがあるから。これが終わったら生徒会室に来て」
そうテイエムオペラオーに告げ、アドマイヤベガは扉の向こうへ姿を消した。
無言でガリガリと紙に反省文を写すトワイライトホーク。完全に役目と存在意義を奪われたテイエムオペラオーは柄にもなくしゅんとしょげていた。
「ボクは何しにここに来たんだ…」
チラ、と視線を上げたトワイライトホークの視界にその姿が入る。いたたまれなく―、なるわけはないが、このまま気まずく終わるのも後味が悪く、彼女はさっきナリタブライアンがしたように、テイエムオペラオーの期限を取ることにした。
すたたた、と英文をスマートフォンへ追加で書き込む。画面はそれを素早く日本語へ変換した。テイエムオペラオーに見えやすいよう、わざわざ向きを逆転させて画面を置くと、しょげていた彼女の顔にみるみる生気が戻ってきた。
「ひみつは ひみつのまま つよい」
………
はんせいぶん
とわいらいとほーく
きょうは イベントで siuuuして ごめんなさい
みんなと いっしょに こうどう します