黄昏の星条   作:橋本みちか

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狩人

あれからトワイライトホークは悩んだ。それはもう悩んだ。

スタートには絶対の自身を持っている。瞬間的な爆発力やトップスピードにおいても他より劣っているとは考えにくい。

だのに、だのに他の殆どのウマ娘らは後半に差し掛かるとトワイライトホークよりも遅い脚を使い、彼女のスタートよりも明らかに劣っている速度感で、あろうことか先頭を掻っ攫っていく。

 

この場で最も速いとわかっているのに、先頭でゴールすることができない。グラスワンダーの求める《証明》は名前も知らない誰かによって掠め取られた。

 

トワイライトホークは伝手を持たない。優れた姉妹や、友人の先輩など、そういった人間関係が無い。裸一貫、日本にやってきたっきりであった。唯一、入学試験の時分から一緒にいたホープフライヤーには僅かながらも心を開き行動を共にしているが、ことレースについては訊けることは無かった。

 

逃げ、先行、差し、追込といった基本的な戦略、勝つための駆け引きなど、今のトワイライトホークのアタマには無い。デトロイトにはこれを教える者も居なかったし、ここに来てもそういった者との関係は極めて希薄だった。

 

最初の模擬レースで暴れてから数日。教官に食ってかかったこともあり、もはや殆どのウマ娘たちにとって彼女は《ヤバい奴》である。言語の壁も手伝い、もはや積極的に接触してくる者は無かった。

昼休み、食堂であいも変わらずBeef Curryを食しながら、ブツブツと日本語のまじった英語でホープフライヤーに管を巻くばかりである。どんなにどん底に居ても、決定的な変化のない走り込みに意味を見出せなくても腹は減るし、食堂のBeefCurryは美味い。何も変わらないという広い檻は確実にトワイライトホークを中に収め、少しずつその輪を縮めているのだ。

 

「ホント、どうしたらいいかね…」

 

ホープフライヤーもまた悩んでいた。目の前のウマ娘がどんな奴かはここ数週間でおおむね理解した。周りの言っていることは概ね正しく、自分があの日彼女と出会っていなければ、きっと間違いなくその中に居たのだろう。

 

だが、推薦入学試験のあの日。面接会場へ進む為の何もかもが理解できずに隅で震えていたがウマ娘を見てしまったからには、声をかけずになどいられまい。そのウマ娘は英語を喋っていて、どうやらこちらの言葉はまったく通じないらしいということがわかった。

 

その責任―、というような義務的な関係ではない、と思いたいが、その縁が今、ふたりを食堂で向かい合わせている。

 

「うーーーん」

 

巨大な人参の突き刺さったハンバーグをぺろりと平らげながらもホープフライヤーの思考は止まらない。レース、とどのつまり走り方を学ぶには机に向かうよりも芝の上で足を動かす方が手っ取り―、足取り早い。ウマ娘はそういう種族だ。問題はそれを教えてくれるウマ娘が居ない―、それだけの仲のウマ娘が居ないこと。

唯一それに近い位置にいるホープフライヤーも、ヒトに講釈垂れられる程レースに秀でているわけではなかった。

彼女もここに居る時点で他のウマ娘の上澄みの更に上澄みにはあたるのだが、このコミュニティでの、という条件が加わった途端それは最下層に近くなる、と自負していた。

 

ホープフライヤーのもとへ運ばれた3皿目のハンバーグ。フォークを突き立てようとしたとき、かかっているソースのカタチがまるで何かのカオかのようになっているのに気づいた。かなりイビツではあるが、目出しのマスクのようなサムシングを感じられる。

 

「居るわ」

 

彼女の悩みは全て解決した。同時に、トワイライトホークがそれに乗るか、という新しい問題を生むことにもなった。

デトロイトのストリートレースで頂点にいたトワイライトホーク。それを木っ端微塵に打ち砕き、彼女をどん底に陥れ、今ここでカレーを食っているすべてのきっかけ。

本人に悪意がゼロなのがまたタチ悪いよな、とホープフライヤーは内に秘めている。

凱旋門賞2着、今の日本のウマ娘で最も世界に近い者、そして現トレセン学園生徒会長。

 

エルコンドルパサーである。

 

……

 

「一体何の話かと思って見れバ…。小鳥サンと、…、えーっと」

 

三女神像の前、午後8時。門限を控えたエルコンドルパサーは面倒臭そうに佇んでいた。待ち合わせにやって来たトワイライトホークと、もうひとりが思い出せない様子。ホープフライヤーです、と彼女は言った。その後ろでトワイライトホークが歯を食いしばり、眉間に深いシワを刻んで震えている。

 

「そうでしたネ。ごめんなサイ。…生徒会室でハ、しにくい話なんデスかね?」

 

はあ、と両手で呆れのポーズをして、エルコンドルパサーはベンチへ座った。

 

「ほら、決めたんでしょ?言わなきゃ。ゴー、トライ!オーケー?」

 

ホープフライヤーと手を繋いだまま震えるばかりのトワイライトホーク。拙い英語で、これから彼女がエルコンドルパサーにする頼み事、その苦渋の背中を押した。

 

「ど、どうしたんデスか、そんなに震えて、コワイ顔しテ…。グラスも真っ青デスよ」

 

心配するエルコンドルパサーを無視して、トワイライトホークはその前に進んだ。両手の拳は握り締められたまま震え、ホープフライヤーの手を離れた彼女は苦渋と恐怖にまみれている。

 

「…Stand up」

 

「はあ?ドウしたんですカ、ホントに…」

 

ボソリと告げられた言葉に心の底から困惑した様子だが、エルコンドルパサーは黙ってベンチから立ち上がった。

 

「………!Holy damn!Hooooooooooly goddamn it!」

 

立ち上がるなり突如始まった最上級の罵倒。これには流石のエルコンドルパサーも目を色を変えざるを得なかった。

 

「そんなコトを言う為にワザワザ私ヲ呼び出したんデスか?時間無いし、帰ってもイイですかネ…」

 

踵を返そうと足を動かすエルコンドルパサー。どうにも異なる伝わり方をしたらしいとトワイライトホークの顔が歪んだが、瞬きひとつの間により強固な目に戻った。

 

「Wait! …wait.」

 

身体を捻りかけたエルコンドルパサー。いよいよ困惑の色を隠せなくなり、後ろのホープフライヤーにその助けを求めた。

 

「この小鳥サンをなんとかしてクダサイよ。アナタを通じて話す方がラクですヨ、コレは」

 

ホープフライヤーはかぶりを振った。

 

「いいえ、会長。これはホークちゃんが直接伝えなければ意味のないことです。悪いとは思ってますけど…、我慢したげてください」

 

わかってるよね、ホークちゃん。あなたがここで越えなきゃならない壁。自分を叩きのめし、それまでの生き方を否定した相手ですらも、そのチカラが本物だと認めること。教えを乞うこと。あなたがこのままで終わらない為には、絶対に通らなきゃならない道なんだから。

 

じ、とトワイライトホークから目を逸らさない。ホープフライヤーは信じている。

 

諦めたようにエルコンドルパサーはふたたびトワイライトホークと向き合った。それからたっぷり2分は経とうというとき、遂にその口は開いた。

 

「First, I hate you.《まず、私はお前が大嫌いだ》」

 

「I will strike down you. That will never change, and I will definitely accomplish it.《私はお前を撃ち落とす。それは変わらないし、必ずやり遂げてみせる》」

 

「However, I realized there was so much more to learn.《だが、その為に学ばなければならないことが余りにも多い、そう気づいたんだ》」

 

「So please, teach me how to race, how to survive here.《だから頼む。私にレースを、そしてここでの生き残り方を教えてくれ》」

 

「To strike down you, I want to learn how to get to that place.《お前を撃ち落とす為に、その場所へ行く方法を学びたいんだ》」

 

ゆっくりと、可能な限りの《ヘイト》を込めてトワイライトホークは言い切り、そしてアタマを下げた。グラスワンダーが新堀理事長にするのと同じ、最敬礼の角度。

腕を組んで一部始終を見届けたエルコンドルパサーは、上半身ごと下を向いて数秒。身体を戻した彼女はいつもの笑顔に戻っていた。

 

「いい心がけデス。―とてもネ」

 

そういうと踵を返し、後ろ手に手を振りながら寮へと去っていった。

 

……

 

「…、ということガあったんデス」

 

翌日の夕刻、生徒会室で気怠げに話すエルコンドルパサーを、グラスワンダーはニコニコと見つめていた。

 

「これで、あの娘も大人しくなってくれればいいけど。手綱はしっかり頼むわよ、エルさん」

 

「うえ!わ、ワタシがデスかあ?!」

 

キングヘイローの思わぬ言葉に、大げさな反応を見せて狼狽えるエルコンドルパサー。呆れた、と言いながらため息混じりに紅茶に口をつけるキングヘイローの表情はしかしどこか安心したような柔らかさだった。

 

「それで、どうするの?あの娘、トレーナーも着いてないのに」

 

とすんと、何の険もなく投下される、トワイライトホークとエルコンドルパサーの抱える現実的な問題。発言者のセイウンスカイは花を咥えて遊ぶばかりだがもはや、《深入りは嫌だよ》という言葉に等しかった。

 

「うーん。教えて欲しいとああまで言われテハ、応えないワケにはいきませんガ…。ワタシが動くとなると、それはもう…」

 

それは学園を巻き込んだ大事になるだろうね、とセイウンスカイは断じた。

 

「最初っからそうさ。ここにいる私やキング、スペちゃんなんかは何も知らないけど、君たちふたりはあのウマ娘に手を差し伸べたんだ。君たち、特にエルはさ、自分の一投足がどんな影響を持つのか考えたことってあるのかな」

 

「学園で爪弾きにされている異国のウマ娘が、何の前触れもなしに生徒会長直々の手ほどきを受けるなんて。場合によっちゃますます彼女の立場を悪くしちゃうとは思わないかい?……でも、そうなるのもセイちゃんはわかるよ。あの娘が立ち直るには誰かがまともなレースを教えるしかない。いまの彼女自身にとってそれはエルやグラスちゃんしか、実績で言えばエルしか居ないんだ。だから彼女が本当に覚悟を持っているなら、絶対にそう動く。……そう考えたんだよね、グラスちゃん?」

 

エルコンドルパサーへ向けられていた花柄のナイフが、突然グラスワンダーへ振り下ろされた。しかし彼女は表情を変えることなく、では、とひと言前置きして話を始めた。

 

「概ね、スカイさんの言う通りですよ〜。私とエルは、去年の暮れに米国へ帰省したとき、彼女―、小鳥さんのの姿を見ました。エルは歯牙にも掛けませんでしたが、私には、彼女の持つ確かな、しかしごく僅かな光がほんの数ミリ秒、煌めいたように思えたのです〜」

 

「私は彼女にここの試験を受けるように打診、斡旋し、彼女は確かに実力で合格を勝ち取ってここに居ます。今の彼女にとって頼れる―、というか心を晒せる相手というのは、私が、クラスメイトのあの娘くらいですから〜」

 

やっぱりそうだ、とセイウンスカイは膝を打った。

 

「なんかおかしいとは思ってたんだ。突然インフォメーションの多言語化なんて言い出すから。薄々は思ってたけどただの依怙贔屓じゃないか。私たちを餌にしてさ。グラスちゃん言ってたよね。《私たちは何のためにここに居るのか》って。そっくりそのまま返させてもらうよ。君は何がしたくてここに居るんだい?」

 

ふむ、と考え込むグラスワンダー。張り付いた笑顔はコンマ数ミリすらも動くことはなく、奥ゆかしく笑みを浮かべる瞳はしかし冷静にセイウンスカイをとらえていた。

 

「そうですね〜。言ってしまえば、私がいまここに居て、スカイさんやキングさん、エルにスペちゃんが一緒に居て、皆で生徒会をやっている。これが私のやりたいこと、私がここに居る理由なんですよ〜」

 

「小鳥さんのことは…、偶然といえば偶然でしたから。その件が無くても、私はこうして皆とこの部屋に居たと思います〜。それでも敢えて言うなら」

 

ここでグラスワンダーの目が僅かに開かれ、確かな眼光がセイウンスカイを捕まえた。

 

「日本のウマ娘は、競技レベルにおいては現場も、その上も、先進の国々と比べれば一步も二歩も及びません〜。しかしエルの凱旋門賞でそれは一部覆り、日本のウマ娘業界にも、世界への扉が開かれたように私は思います〜。遅かれ早かれ、世界中のウマ娘を迎え入れるときに先頭に立つ施設として、必要な措置だったと、私は思いますよ〜」

 

「そんな大義名分の裏に隠れて、結局はトワイライトホークひとりの為じゃないか!だいたい君は―「やめて」」

 

これまでひと言も発しなかったスペシャルウィーク。普段の彼女からは考えがたい冷たい制止が生徒会室に響いた。

 

「皆、去年のスズカさんのときから一緒だったから知ってると思うけど。私、こんなものが見たくて生徒会長を降りた訳じゃないの」

 

しん、と静まりかえる生徒会室。誰も、スペシャルウィークと特別親しいグラスワンダーですら聞いたことのないような底冷えする声色で、スペシャルウィークは淡々と、抑揚なく話を続けた。

 

「私には私の理想があって、スズカさんから譲られた生徒会長の椅子に座らなかった、って皆知ってるよね。セイちゃんは正しいことを言ってるかもしれないし、グラスちゃんは少し行き過ぎていたのかもしれない。だけど、このままこの話を続けたら、私の理想は壊れてしまう」

 

「この5人、皆で最後まで過ごすこと。これが守られないなら、私はその原因を許さないから。…エゴかもしれないけど。《私》が言うんだからさ」

 

なにを…、と食ってかかりかけたセイウンスカイは、スペシャルウィークと目が合った途端、それが愚かだということを知り、黙って席に戻った。

 

誰も文句は言えない。それだけの蹄跡が、彼女の後ろにはある。結果として求められる椅子に座らずとも、彼女がどうしてもそうだといえばそうなのだ。虫がいいとか、何を今更とか、そのような些事は全てすっ飛ばして、ウマ娘の奥深くに刻まれた何かが、この5人の頂点はスペシャルウィークだと告げている。

 

「だから…まあ、その、ね?エルちゃんがあの娘と一緒に居ることで、もしかしたらいい方向に転がるかもしれないからさ、とりあえず様子見ようよ、セイちゃん」

 

ふう、とひと呼吸置いて、セイウンスカイは立ち上がった。

 

「スペちゃんに言われちゃあしょうがないや。グラスちゃんも悪かったね。話は纏ったかな?それじゃセイちゃんは失礼するよ。…キング、ちょっと」

 

にこやかに手を振りながら生徒会室を去るセイウンスカイ。その後を微妙な顔のキングヘイローが追った。

バタン、と扉が締まると、グラスワンダーは緊張を解き、肘を立てて机にもたれ掛かった。

 

「とはいえ、スカイさんの言い分もご尤もですね〜。エル、どうするのですか?」

 

どうするのデスかって、とエルコンドルパサーは狼狽した。だってそんなこと考えてもみなかったから。よくよく考えれば考えるほどに、自分の影響力を思い知らされる。

 

「ホークちゃんが必要としてるなら、応えてあげるべきだと私は思うよ。…やり方は大事だけど」

 

苦笑しながらスペシャルウィークも話に混ざってきた。強引に話を締めた手前、気にかけずにはいられまい。

 

「エルはもうやると言ってしまっていますから。ある程度の騒ぎは承知で、それでもやるしかありませんね〜」

 

はあ、と3人揃って漏らしたため息は、生徒会室の重苦しい建具たちに虚しく吸い込まれていった。

 

……

 

「ちょっとスカイさん?!どこに行くのよ?!」

 

生徒会室を後にした途端、険しい顔を隠しもしなくなったセイウンスカイ。後ろから小走りに駆けてくるキングヘイローを従えて、三女神像の前へやってきた。周囲を伺い、誰もいないことを確認すると、彼女はそこでやっとキングヘイローの方を向いた。

 

「ねえキング、これっておかしくない?私たちは体の良い当てウマにされて、グラスちゃんの公私混同の片棒を担いでんだよ?」

 

「エルが生徒会長になったのだって、もしかしたらグラスちゃんが何かしたのかもしれない。もしかしたら私たちは、去年からずっと、グラスちゃんの掌の上だったんじゃないか?」

 

それは、と言い淀むキングヘイロー。彼女も思うところが無い訳では無いのだ。どうにも数週間前から、グラスワンダーとエルコンドルパサー、そして米国からやって来たらしいあのウマ娘を中心に学園が回っている気はしている。そしてその舵取りをしているのはエルコンドルパサー、を隠れ蓑にしたグラスワンダーであることは、なんとなく察しは付いていた。

 

「…、仮にそうだとして、あなたはどうするのよ、スカイさん」

 

「新堀理事長だ。理事長に全部暴露してやる。ここ数週間のグラスちゃんの動きも、不自然なグローバル化も、あのウマ娘の件も、全部。私はキングもエルもグラスちゃんも、スペちゃんの事だって大好きさ。だからこそダメなものはダメだって言わなきゃならないことだってある。そうだろ?」

 

キングヘイローは両手を握り締めてセイウンスカイの言葉を聞き届けた。すう、はあ、と深呼吸を幾度かして、揺れる瞳でしっかりとセイウンスカイを捉えた。

 

「あなたの言うことは間違っていないわ、スカイさん。それと同時に、グラスさんの言うことも正しいと私は思っているの。確かに彼女の裏には私たちの知り得ない何かがあるのかもしれない。けれど、彼女の固めてきた大義名分は、この学園の、ひいては日本のウマ娘の未来を思えば、これ以上無い程に正しいのよ」

 

「私たちは自分の欲望や正義を満たす為にあそこに居るのではない。私たちの仕事はあくまで学園の発展に尽くすこと。その視座に立つと、グラスさんの行いはまず間違いなくそれに即していると、私は思うの」

 

キングまでそんなことを言うの?!とセイウンスカイは激しくいきり立った。

 

「そう言うけどさ!グラスちゃんの大義名分の後ろにはあのウマ娘への依怙贔屓っていう確固たる動機があるんだ!私はそれが良くないんじゃないのって言いたいだけなんだよ!」

 

校舎を支える鉄筋を殴りつけまくし立てるセイウンスカイ。対してキングヘイローは努めて冷静であった。

 

「だとしてもよ、スカイさん。遠くない未来、いつか誰かが同じ事をするわ。日本のウマ娘が進歩する為に必要なシンギュラリティ。それが世界への扉よ。たまたま、その入り口がトワイライトホークさんで、実行者がグラスさんだっただけ。あなたは気に食わないことがあるんでしょうけど、それこそ今まさにあなたが糾弾している《公私の私》よ」

 

ぐしゃ、と悲壮に顔を歪めるセイウンスカイ。あえてそれに構わずに、キングヘイローは話を続けた。

 

「グラスさんの考えのすべてがわかるわけではないわ。もしかしたら、トワイライトホークさんの件の更に裏があるのかもしれない。…けれども、その大義名分が学園やウマ娘の未来に利をもたらすなら。それを全うするのが、私たち生徒会役員の仕事だと思うの」

 

じゃあ私は生徒会を抜けるよ、とセイウンスカイはぽつりと呟く。瞬間、キングヘイローは彼女との距離を一気に詰め、セイウンスカイの胸ぐらを掴んだ。

 

「貴女今何て言ったの?ついさっき《みんな大好きさ》なんて宣った口でそんなこと言わないで頂戴。あなたまで嘘をつくの?」

 

ギリ、と制服の襟が軋む音がする。それでも構わず、キングヘイローはセイウンスカイのそれを締め上げるのを止めなかった。

 

「いつか5人で腹を割って話す必要があるわ。それは明日かもしれないし、私たちが卒業するまで来ないかもしれない。それだけは覚えておいて。あと―、この5人、皆ね、どうしようもないくらいに互いが好きなのよ。だから嘘もつくし、泥を被らば潔く被る。それこそ大好きな仲間の為だから。スカイさん。グラスさんがこうしてあなたにヘイトを向けられるのも、誰かの、何かの為だったら、あなたは彼女に顔向けできるの?」

 

ぎゅううう、となおもセイウンスカイを締め続けるキングヘイロー。浮き上がる彼女の足の間に自身の膝を潜らせ、空中に縛り付ける。高松宮でも見たことのないギラついた眼がセイウンスカイを幾重にも突き刺し、切り裂き、殴打した。

 

「ぐ…、げほ」

 

セイウンスカイのうめき声を合図に、キングヘイローは拘束を解いた。膝から崩れ落ち、四つん這いになって酸素を求めて喘ぐ彼女を助けもせず、キングヘイローは仁王立ちを崩さなかった。

 

「謝らないわよ。それくらいの事を言ったと思いなさい。生徒会に不信感を抱くのはわかるわ。それについて私からは何も言わない。けれど、私たちの関係にヒビを入れるようなことは、絶対にしないで頂戴。あなたが本当にみんなのことを好いているのなら。そして私たちもあなたのことが好きだという気持ちに、嘘で応えたらダメよ。いいわね」

 

踵を返して校舎へ戻るキングヘイローを、セイウンスカイは息も絶え絶えに土から見送ることしかできなかった。

 

……

 

生徒会長自ら稀代の問題児に稽古をつける。この噂が学園に生まれたが最後、またたくまに全学年全クラスにまで拡がってしまった。当然トワイライトホークは質問攻め。カタコトすら怪しく疲弊する彼女。ホープフライヤーが必死にそれを遠ざける日がいくつか続いた。

 

膨大なギャラリーを呼ぶ並走も数日すれば定期イベントと化し、一週間もすると完全に他のトレーニングの中にに溶け込んでしまった。肉体言語で走り方を叩き込まれるトワイライトホーク。たまに訪れるビジターの並走希望ウマ娘を邪険にせず、一緒に走ってやるなどした結果、ホープフライヤー以外にもいくらか友人と呼べる関係を獲得するに至った。

 

「一カ月、デスカ…。付け焼き刃なのは正直なんともなりまセンが…」

 

2回目の模擬レースの出走ゲートに収まるトワイライトホークを、エルコンドルパサーは不安そうに見つめていた。

 

「でも、差しめの走り、ここ何日かはサマになってたと思うよ?…この数での並走をしたことがないってのが、不安ではあるけど」

 

隣で冷静に分析するセイウンスカイ。彼女は逃げだと思ってたけどね、と僅かながら残念そうな口ぶりで呟いた。

 

「本質的には逃げだと思いますよ〜。ですがが、それが通用したのはアスファルトまででしたから。今日、新たな走法を試してみて―、どうなるか、楽しみです〜」

 

よく言うよ、とセイウンスカイはせせら笑った。

 

「エルも先行か差し、そしてグラスちゃんも差し。図ったかのようにピッタリだ」

 

「もう、まだそんなこと言ってるの、スカイさん」

 

うふふ、と微笑んで全てを誤魔化すグラスワンダーだが、その視線だけはゲートに注がれていた。

 

「はじまりますよ!」

 

スペシャルウィークの大声を合図に、5人全員の視線がゲートの、ひとりのウマ娘へ向けて注がれる。

 

ばし、と開いたゲートと共に、そのウマ娘は飛び出していった。

 

……

 

奴は絶対にハナを奪いに来る。無理に付き合ってやる必要はない。そう思っていた。スタートより早く動き出すヤツの身体、圧倒的な爆発力で先頭に躍り出るその瞬発力。逃げという脚質に絶対の自信を持っていたことの表れだろう。結果は伴わなかったが、脅威であることにはかわりない。

 

そう周りは思ってるんだろうな、とトワイライトホークは考えていた。今回彼女が採る走法は差し。スタートなど正味どうとでもなるのだ。

 

ゲートが開かれ、ウマ娘たちが解き放たれる。トワイライトホークがハナを奪いに来ないという事実に他の逃げウマ娘は驚愕し、つい彼女を見てしまった。視線の先にいたトワイライトホークは、獲物を狩る直前の猛禽の眼をしていた。

 

こうも簡単にコトが進むのかと、第三コーナーを抜けたトワイライトホークは感動すら覚えた。中央すこし後ろに控え、少しずつ進出。残り自分がかっ飛ばせると思った距離で、リミッターを外す。

これだけで周りのウマ娘たちを置き去りにし、たったひとり最終直線をひた走る。

芝を踏むたび、背中を押される感覚が彼女をより上の速度へと押し上げる。もはや誰の足音もトワイライトホークの耳には入らない。そのままゴールを駆け抜け、トワイライトホークは待ちわびた勝利―証明を手にした。

 

7コースのゼッケンを背負ったトワイライトホーク。ゴールを駆け抜けた勢いそのままに高く飛び上がると、空中で身体を180度捻り、後方のウマ娘らをその視線に捉えた。

着地し、芝を踏みしめる両足。同時に、高く掲げられていた両腕を振り下ろした。仁王立ちのような姿勢になった彼女は、数多の勝者と同じように、自らの勝利を刻むために、吠える。誰が勝ったのか。誰が強者で、誰が何を食ったのかを、他に知らしめる為に。

 

「Siuu...「何をしとるか!さっさと戻れ!」」

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