《1着はトワイライトホーク!小倉特別芝2000は彼女が制しました!》
Siuuuuuuuuu!!!
《1バ身後ろからザマゼンダシティ迫りますが及びません!笠松オグリキャップ大食い記念、勝ったのはトワイライトホーク!》
S i u u u u u u u u u ! ! !
《大外から一気に抜け出してトワイライトホーク!函館マイル特別も勝って、メイクデビューから無傷の4連勝を飾りました!》
S i u u u u u u u u u ! ! !
……
7月中旬。毎年この時期から2ヶ月あまりを、学園はウマ娘の為の特別強化期間としている。秋川やよい前理事長は毎年、個人で所有する施設をその為に開放していたが、それは彼女が理事長職を退いても変わらなかった。そこにトレーナー共々泊まり込んで、より強度と密度のあるトレーニングに励めるのだ。決してセミの喧騒から逃れる為では無い。
砂地や山道など多岐に渡る道を走って脚をまんべんなく鍛え、大自然の胸を借りて精神をリフレッシュする。特に目下菊花賞や秋華賞を控えるクラシック、ティアラ路線のウマ娘らは血眼だ。
エルコンドルパサーをはじめとする生徒会役員らもこの《合宿》を補助するべく施設へ集う。エルコンドルパサーに不本意ながら師事しているトワイライトホークもそれについて行かざるを得ない。となればトレーナーやホープフライヤーも巻き添えとなり、結局はいつも一緒に居る者たちで非日常へ飛び込むことになったのだ。
「もうすぐだな。今日は特にトレーニングなんかするつもりは無いが…、エルはあっちの方で何かあんのか?」
ビル群から田舎道、そしてアスファルトすら敷かれていない土を越え。個人所有とはとても思えないほど広い敷地と建造物が見えてくる頃には、ワゴン車は土煙に茶色く汚れ、飛び石による塗装のハゲがいくつか目立っていた。硬いシートにガタンゴトンと揺られ続けるウマ娘らは何とも言えない顔をして座っている。
「イイエ、今日は何もありまセン。というより、施設の方たちがほとんどやってくれるから、私たちハほとんど仕事無いんデスよネ」
遊びに来たも同然かよ、とトレーナーはぼやいた。
やがて姿を表した、やたら豪勢な門の前に薄汚くなってしまったワゴン車を停める。いなやそれは上下左右に激しく揺れ始めた。
「HOOOOOOOOOO!!!」
バン、ガラガラ!と乱暴に開けられる後ろドア。飛び出す茶色のウマ耳。数日分はゆうに過ごせる着替えやお菓子などの詰まった大きなカバンを複数、軽々と抱えたトワイライトホークが、イの一番に飛び出していった。
「チョ、チョット待ってください!アナタここの事何もわからないでショウ?!ウェイト、WAIIIIIIIIIIIIIT!」
その後ろを、助手席から転げ落ちたエルコンドルパサーが沢山の荷物をガッチャガッチャ揺らしながら追いかけていった。
「ふう。…じゃあ、私も降りますね。トレーナーさんはどうされますか?」
後方座席のスペースを殆どトワイライトホークに奪われ、暴れたり、エルコンドルパサーに口喧嘩を仕掛けては敗北するバディに対し相当に疲弊した様子のホープフライヤー。デビューの予定もトレーナーもない彼女は、なんとなく成り行きでこの集団のマネージャーのような位置に座ってしまっていた。
「そうだなあ。クルマを戻して荷物出して、俺は俺でゆっくりするよ。お前たちは―、あのバカに海でも見せてやったらどうだ」
アメリカあがりの2人と比べ少ない荷物のホープフライヤー。それでも重いのかよろよろと建屋に向かうのを見送り、トレーナーは車を出した。
……
「小鳥サンは初めての海デスよね!洗礼を受けるがいいのデス!」
豪勢な建造物をひとたび出れば白い砂浜に青い海。太陽光を受けて光の粒を散らす水面。初めて間近で見る海に慄いているトワイライトホークを見た水着姿のエルコンドルパサーは、冷やかしに水を掬ってかけてやった。
「Damn it! I'm gonna fuckin′ kill this shitty mask!(うわっ!このクソマスク、ブチ殺してやる!)」
それにブチ切れて追い回すトワイライトホーク。遠くから荷物と共にその景色を微笑ましく眺めるホープフライヤーを、その更に遠くからトレーナーは観察していた。
結論から言えば、トワイライトホークを獲ったのは正解だった。そして他のトレーナーが彼女を避けたのもまた正解だったのだろう。彼女の身体の完成度は同世代のウマ娘らと比較するとひとつ抜きん出ている。特に体幹と当たりの強さ、瞬発力にかけては相手になるウマ娘を探す方が難しい。
メイクデビューから1ヶ月で3本のレース。日本の西端から東端まで実質縦断。一般的には、いや誰が見ても過密とされる日程であったがトワイライトホークには踏み越えるタフネスがあった。
なぜそうまでしてレースに出るのか。トレーナーとトワイライトホークの狙いは一致していた。
―勝ち方を学びたい―
―勝ち方を覚えさせたい―
自分の走りを掴むのは実戦経験がイチバン。エルコンドルパサーを倒すのに最も必要なそれを最も濃く、速く得られるのが本番のレースなのだ。
「観客まで《スー!》だもんなあ…」
その奇抜なセレブレーションはメイクデビューからあっという間に拡散され、小倉で勝ったときには既にスタンドから例の叫びが鳴り始めた。業界ファンの多い笠松では更に大きな地鳴りとなり、トワイライトホークの名前は良くも悪くも広がったのだ。それは真っ当なトレーナーの忌避する俗に言う「奇行」一歩手前でもある。
「俺が拾って、よかったのかもなあ…」
ばちゃばちゃと砂浜を走り回り、足を取られて遂に転倒したエルコンドルパサー。うつ伏せに倒れた彼女をトワイライトホークはひっくり返すと、邪悪な高笑いをあげながら馬乗りになり、これでもかと海水を顔面に浴びせかけていた。
「WAHAHAHA!Dieeeeeee!!!(わはははは!死ねええええ!)」
物騒な言葉を叫びながら、ザッパザッパと海水を浴びせ続けるトワイライトホーク。腕をついている柵も熱くなってきたし、トレーナーは見守りもそこそこに引き揚げて一杯やろうと考えた。ペットボトルの炭酸水を飲み干し、体を返そうと柵に力をかけたとき、背後に傘の影を認めた。
「…、あんたか」
ぴこん、とウマ耳が揺れる。前髪に五角形の白斑をつけた少女は、黄色いスポーツシャツに青いハーフパンツ、ピンクのサンダルに緑色の日傘というなんとも奇っ怪な出で立ちでそこに突っ立っていた。
「どうも〜」
その影のもとであるグラスワンダーは、にっこりと慈愛の笑みを湛えたまま、トレーナーの隣に寄り、デッキの柵に手をかけようとして―、
「熱いぞ、やめとけ」
トレーナーの制止を受けて、暫し考えた後に手を引っ込め、背中でもたれかかることにした。
「あのふたり、思ったより打ち解けていて安心しました〜」
顔だけ回して砂浜を見やるグラスワンダー。その先では、エルコンドルパサーが拘束から逃れて距離を取っていた。ふたりしてまるでレスリングでもするかのようにジリジリと間合いを測る。取っ組み合いに発展しかねない展開に見かねたホープフライヤーが間に入ったのを見届けると、グラスワンダーは口を開いた。
「周りのもの全てに敵意を向けていた―、今もその傾向はあるようですが。彼女、エルの前で、いいえ、あなたたちの前でだけはああして年相応になるんですね。ところで、トレーナーさん。エルとあの小鳥さんの関係。どこまでご存じなんですか?」
生徒会長エルコンドルパサー様ともあろう者がよりにもよって新入生の問題児と大真面目にやりあって、同じく新入生に至極真っ当に怒られている様を横目に黒い笑みを浮かべつつ、彼女は問うた。
「関係?新堀理事長からことのあらましは聞いてるぞ。お前がアメリカでアイツと出会って、光るものを見たからここに引き入れたんだろ?」
そうですね〜、とグラスワンダーは無感情に返した。
「半分正解です。では何故、あちらにも居場所があったであろう小鳥さんはここへ来ることを決めたのでしょうか?」
トレーナーは考えながらペットボトルを煽ろうとした。しかしそれは存外に軽く、期待した冷たさが喉を通ることは無かった。
「…。ちょっと待ってろ」
グラスワンダーを置いてトレーナーは近くの売店へ走り去ってしまった。きょとんとそれを見つめるグラスワンダーは、彼女がデッキに居ることを認めて飛び上がり、猛スピードで建物の裏口へ逃げていくエルコンドルパサーたちに気が付かなかった。
「ほら」
数分して戻ってきたトレーナーの手には飲み物がふたつ。茶色く、カラメルの香りのする炭酸水と、透き通るイエローのレモネードだ。
「あら〜。気の利く男性は私の好みですよ〜」
ぴこぴことウマ耳を跳ねさせてグラスワンダーはレモネードを受け取った。ちう、とストローを吸うと冷たさと爽やかな酸味が喉を降りていく。
「18のガキが何言ってんだ。…さっきの続きだが―、俺はエルとあんたがアメリカのデトロイトでアイツに出会って、それを気に入ったあんたが、新堀理事長もドン引きするようなパフォーマンスでここに引き入れた、くらいしか聞いてないぞ」
「そんなこともありましたかね〜」
グラスワンダーは悪い笑み浮かべて遠くを見た。
「新堀さんには少しだけ質問をしただけなんです。《サンルイレイ6着と凱旋門2着。世界の見え方が広いのはどちらでしょう》って」
あんたやべえぞ。トレーナーは返す言葉を完全に失い、飲み物に口をつけた。トシのせいか知覚過敏気味の前歯を容赦なく冷たい液体が襲う。ぎゅっと瞳を閉じ、世界的で暴力的な甘さと求めていた冷たさを流し込んだ。
「小鳥さんは―、トワイライトホークは、彼女の生きていたデトロイトのあの場所―、少なくとも私たちが居た場面では、部外者である私たちを除くと最もチカラのあるウマ娘でした。彼女はストリートで略奪を生業とするウマ娘たちのリーダーでした」
「ヒトからは暴力をもって物資を奪う。ウマ娘からは野良レースで縄張りを奪う。そんな生活でした」
彼女の荒れっぷりと言動の物騒さを考えれば想像に難くは無かった。
「しかしそれは彼女のチカラによって束ねられた集団に過ぎなかった。エルに絡み、ヒシアマゾンさんの云う《タイマン》でのレースに敗れた小鳥さんは、それまで支配していた仲間に打ち捨てられ、居場所を失いました」
柵に背を預けて語るグラスワンダーの瞳は依然としてどこか遠いところへ行ったっきりだ。彼女がストローに口をつけると、ちう、とカップのの喫水線が僅かに下がった。
「他人の事だろう。放っておけばいい。…でも、そのままにしておけない何かが、あんたの中であったってことか?」
ええ、と彼女は小さく頷く。
「私もエルも、あとは引退を飾るだけのロートル、ピークアウトを迎えたウマ娘です。そういうハンデがあって、かつ一時的なものだったとしても、本気で勝ちを狙ったエルのハナを抑えられる実力。敗北し地に伏した彼女の年齢を知ったとき、私はどうしてもこの娘が広げる翼を見たくなってしまいました」
「幸いエルは年明けから生徒会長、私もそれに次ぐ副会長の任に就くことが決まっていました。ですから、あの手この手で大義名分というハリボテを張り合わせて―、彼女をここへ招き入れた」
自分の担当するエルコンドルパサーが学園の生徒会長となってからをトレーナーは回想した。確かに、特に春からは言語面での変化を強く感じていたが―。
「すると、するとだな?春に突然案内板やインフォメーションに英語が追加されたのも、食券に料理の英名が記されるようになったのも、すべてあんたが、《ウマ娘界のグローバル化》を謳ってアイツの為に推し進めてたってことか?」
そうですね、と彼女は感慨も無く肯定した。
「アイツは素行が悪くてトレーナーは寄って来ない。そんな折偶然たまたまエルがアイツにレースを説いて、勝っちまった。当然だが資格を持たないエルはトレーナーにはなれない。だが誰かをつけなければデビューもできない。そうしてあんたが取った行動は―、エルの見込んだウマ娘を見込む事を見込んで、何も知らない俺にアイツの走りを見せることだったのか」
うふふふふふ。グラスワンダーはただ薄く笑うのみだった。トレーナーの首を汗が伝う。これが暑さによる発汗か、稀代の化け狐を前にしてビビっているのかわからなかった。
「何から何まであんたの掌の上か。子供のやることじゃねえ。一周回って感心するわ」
ええ、と笑って彼女は残りの中身をぢうっと飲み干した。ずぞぞ、という少し解釈の違う音をたてながら、レモネードは彼女の口へ消えていった。
「何も知らないエルを生徒会長に仕立て上げ、私は私の理想を実現する為にその裏でイタズラをしているんですよ〜。でも、私の本当にやりたいことは小鳥さんのお世話ではありません。それが何か、なんて誰かに言うことは絶対にありませんが、小鳥さんがしっかりと翼を広げることが、その為の条件になる可能性が高いと思っています〜」
ですから、とグラスワンダーは尻を突き出して柵を押し、その反動でとん、と立ち上がった。
「あの娘のこと、よろしくお願いしますね〜」
ぺこ、と軽く頭を下げ、ぺたぺたとサンダルのゴムの音と共にグラスワンダーは歩き出した。細く華奢で小さい背中だったが、トレーナーにはその何倍も大きく重い覚悟と執着を見た。
「理事長が言うだけの事はある!あんた本当の化け狐だよ!」
トレーナーの叫びに片手、後ろ手を振って答え、グラスワンダーは建屋の裏、宿舎の方へ去っていった。