第1章:体操服の下の秘密
「憂鬱だわ」
更衣室の隅で、鮎川まどかは深いため息をついた。
今日は全校一斉の体力測定。
転校生として目立ちたくない彼女にとって、最も神経を使うイベントだ。しかも、彼女にはもう一つ、重大な悩みがあった。
(この体操服、薄すぎるのよ……)
指定の白い半袖体操服と紺色のブルマ(80年代スタイル)。彼女は万が一の出動に備えて、この下にも青いスーパーガールのボディスーツを着用している。
極薄の第2の皮膚とはいえ、白い体操服の下に濃いブルーの生地を着ているため、目を凝らすとうっすらと胸元の『S』のマークが透けて見えそうなのだ。
「鮎川さーん、早くー!」
クラスメートの女子に呼ばれ、まどかは観念してジャージの上着を羽織った。
(絶対にジャージのファスナーは下ろさない。汗だくになっても!)
◇
第2章:ソフトボール投げの悲劇
グラウンドに出ると、男子たちが色めき立っていた。
「おい見ろよ、転校生の鮎川だ」
「ジャージ着ててもスタイルの良さがわかるな」
「美人だけど、目つき怖ぇ」
恭介が近づいてくる。
「よう鮎川! お前、運動神経どうなんだ? 俺はこう見えても……」
「話しかけないで。集中してるの」
まどかの種目は「ソフトボール投げ」。これが一番難しい。本気で投げれば、ボールは成層圏を突破し、人工衛星を撃ち落としてしまう。
目標は女子平均の20メートル。(力の出力、0.0001%……よし、行くわよ)
まどかは振りかぶった。
「えいっ」
ヒュンッ!!
手首のスナップをほんの少し効かせすぎた。ボールは凄まじい初速で放たれ、空気を切り裂く音を残して一直線に飛んでいく。
「えっ?」
測定係の教師が口を開ける。
(しまった! 飛びすぎた!)
まどかは瞬時にヒートビジョン(熱光線)を目から極細のビームとして発射。空中のボールに当てて空気抵抗を熱膨張で無理やり増やし、急ブレーキをかけさせた。
ボールは80メートル先のフェンス手前で不自然に失速してポトリと落ちた。
「き、記録! 80メートル!!」
「うおおおお! すげえええ!!」
「女子の記録じゃねえぞ! オリンピック級だ!」
どよめくグラウンド。
まどかは顔面蒼白になった。
(やってしまった……。これじゃ怪力女確定じゃない)
恭介が目を丸くして駆け寄ってくる。
「すげぇな鮎川! お前、何者だよ!?」
「ただの、まぐれよ。風に乗っただけ」
◇
第3章:反復横跳びと透ける危機
次の種目は体育館で反復横跳び。
ジャージを着たままのまどかに、体育教師が注意する。
「おい鮎川。暑いだろう、上着を脱ぎなさい」
「いえ、寒気がするので」
「この気温でか? いいから脱げ。動きにくいだろう」
しつこい教師。周囲の男子(特に恭介)も、脱げコールを目線で送ってくる。
(……くっ、仕方ないわね)
まどかは覚悟を決めて、ジャージのファスナーを下ろした。白い体操服姿になる。
幸い、室内なら光の加減でSマークは透けていない……はずだ。
「よーい、始め!」
まどかは左右にステップを踏む。
シュッ、シュッ、シュッ……
速すぎて残像が見える。
「は、速い……!」
恭介が見惚れる。揺れる黒髪、しなやかな肢体。そして、汗で体操服が肌に張り付いていく。
「ん? なあ、鮎川の胸元……なんか模様がないか?」
恭介が目を凝らす。
汗で濡れた白い布地の下に、逆三角形のエンブレムのような輪郭が浮き出てきている。
まどかは恭介の視線に気づいた。
(見られた!?)
「――ッ!!」
彼女は動揺して、足元の床を強く踏み込みすぎた。
バキッ!!!
体育館の床板が爆音と共に踏み抜かれ、まどかの足が床下にズボッとはまった。
「きゃっ!」
「あ、鮎川ーっ!?」
◇
第4章:保健室の攻防
保健室のベッド。
まどかは足を冷やしていた(実際は無傷だが、怪我をしたふりをしている)。
カーテン越しに恭介の声がする。
「大丈夫か? 鮎川」
「入ってこないでよ」
まどかは自分の胸元を確認する。危なかった。もう少しでSのマークが完全に透けるところだった。今は乾いたタオルで必死に隠している。
「それにしても、お前ってドジなのか凄いのかわかんないな」
恭介がカーテンの隙間から顔を出そうとする。
「だから見るなって言ってるでしょ!!」
まどかは手元にあった枕を投げつけた。
ドォォン!!
枕は音速で飛び、恭介の顔面を直撃した後、保健室のロッカーをへこませて止まった。
「ぶべらっ!!」
吹っ飛ぶ恭介。
「あ……」
まどかは口元を押さえる。またやってしまった。
気絶した恭介を見下ろしながら、まどかは深く落ち込んだ。
「全然『普通』にできない。地球って、なんて住みにくいの」
◇
第5章:夕暮れのスーパーガール
その日の夕方。
落ち込むまどかは、ストレス発散のためにスーパーガールに変身して空を飛んでいた。金髪をなびかせ、成層圏から街を見下ろす。
ふと、河川敷で恭介が一人、空を見上げているのが見えた。彼の顔には昼間の枕攻撃による大きな絆創膏が貼られている。
まどかは少し罪悪感を覚え、彼の近くに降り立った。
「こんばんは、少年。怪我をしたの?」
「あ! スーパーガール!」
恭介の表情がパッと明るくなる。
「うん、ちょっとね。クラスの女子に嫌われちゃってさ」
恭介は苦笑いする。
「転校生の鮎川って言うんだけど……美人なんだけど力が強くて、乱暴でさ。今日も俺、殺されるかと思ったよ」
スーパーガールは眉をひそめる。
「そう。その子も、悪気があってやったんじゃないと思うわよ?」
「え? なんで君が鮎川のことを?」
「えっ? あ、いや、それは……女の勘よ!」
彼女は慌ててごまかす。
「まあでも、あいつも不器用なだけかもな」
恭介は絆創膏をさすりながら言った。
「床を踏み抜いた時、自分の足より周りを気にしてたし。根は悪い奴じゃないのかも」
まどかの胸がトクンと鳴った。
(……見ててくれたんだ)
「君みたいな『完璧な女神』とは程遠いけど、まあ、仲良くやってみるよ」
「バカね」
スーパーガールは優しく微笑むと、恭介の額に軽くキスをした。
「えっ!?」
真っ赤になる恭介。
「これはお見舞い。その転校生にも、優しくしてあげてね」
彼女は真紅のマントを翻し、夜空へと消えていった。
恭介はへなへなと座り込む。
「最高だ。一生顔洗わないぞ」
上空を飛びながら、まどかは自分の唇に指を当てた。
「何やってんのよ、私。自分のフォローなんて」
街の灯りが、彼女の複雑な乙女心を照らしていた。
(第3話へ続く)