第1章:CEOの執務室
「興味深いデータだ」
港区の超高層ビル、西園寺重工の最上階。
冷徹な天才科学者であり、巨大企業のトップである西園寺玲二は、モニターに映し出されたグラフを見つめていた。
それは、とある高校の体力測定の結果だ。
『2年B組 鮎川まどか:ソフトボール投げ 80m』
『体育館床板の破損事故:圧力推定 5トン』
「女子高生が、助走なしでプロ野球選手以上の球を投げ、象が踏んだような圧力を床にかける……か」
西園寺はワイングラスを揺らす。
彼は以前から、この街を飛び回るスーパーガールの存在を疎ましく思っていた。人間を超越した力は、彼の支配欲にとって邪魔なだけだ。
「出現時期と転校時期の一致。身体能力の異常値。ビンゴだな」
彼はインターフォンを押した。
「秘書くん。例の『展望エレベーター』のオープン記念に、招待客を追加したまえ。春日恭介という少年と、その連れだ」
◇
第2章:逃げ場のない招待状
放課後の教室。
「すっげえ! 西園寺重工の新しいビルのパーティー招待状だ!」
恭介が興奮して封筒を振り回している。隣の席のまどかは、顔をしかめた。
「なんであんたに来るのよ。ただの一般人でしょ?」
「なんか抽選に当たったらしいんだ! ペア招待券だから、鮎川、行こうぜ!」
「断る」
「ええーっ! 頼むよ、ビュッフェ食べ放題だぞ! ケーキもあるぞ!」
まどかの耳がピクリと動く。
(……ケーキ。最近、ストレスで甘いものが不足しているのは事実ね)
それに、西園寺という男。ニュースで見たことがあるが、どこか胡散臭い。恭介一人を行かせるのも不安だった。
「仕方ないわね。付き合ってあげるわ」
「やったー! 鮎川、大好き!」
「気安く言わないで」
まどかは鞄を掴んで立ち上がる。その拍子に、机の角を小指で軽く小突いてしまい、机が「くの字」に曲がってしまった。
「あ……」
恭介が見ていない隙に、まどかは慌てて力づくで机を元の形(少し歪んでいるが)に戻した。
◇
第3章:シースルーの密室
当日。
西園寺タワーのエントランス。
まどかは黒いパーティードレスに身を包んでいた。もちろん、その下には青いボディスーツを着用している。
「うわぁ、鮎川、見違えたよ! すげぇ大人っぽい!」
レンタルのタキシード姿の恭介が顔を赤らめる。
「うるさい。早く行くわよ」
まどかは居心地が悪そうだ。ドレスの下のスーツが締め付けるし、何より嫌な予感が消えない。
二人は地上200メートルまで一気に昇る全面ガラス張りのシースルーエレベーターに乗り込んだ。他に乗客はいない。貸し切りだ。
「すごい景色だなー!」
はしゃぐ恭介。
エレベーターが中間地点、地上100メートルに達した時。
ガクンッ!!!
照明が消え、非常ベルが鳴り響く。
「えっ!? 停電か!?」
スピーカーからノイズ混じりの合成音声が流れた。
『残念ながら、メインワイヤーの破断を確認。さようなら』
ブチィッ!!
頭上で何かが切れる音がした。次の瞬間、重力が消えた。
◇
第4章:変身不能の絶体絶命
「うわあああああーーーっ!!」
エレベーターが自由落下を始める。恭介の体が宙に浮く。
まどかの思考が加速する。
(これは事故じゃない、罠だわ!)
今すぐスーパーガールに変身すれば、こんな箱ごと持ち上げるのは造作もない。だが、ここは全面ガラス張り。しかも目の前には恭介がいる。ドレスを破り、光って変身すれば、正体が100%バレる。
そして、このままでは激突死。
(変身しないで止めるしかない!)
「春日くん! 私に掴まって!」
「あ、鮎川ぁぁぁ!!」
恐怖でパニックになっている恭介を抱き寄せ、壁際に押し付ける。
恭介が目をギュッと瞑ったのを確認し、まどかは魔女の瞳になった。彼女は見えない死角で、エレベーターのステンレス製手すりを握りしめた。
メキメキメキッ!
鋼鉄の手すりが粘土のように握りつぶされる。そして、彼女はドレスの裾から露出したハイヒールの踵を、ガラスの隙間から露出するガイドレールに押し当てた。
(止まれぇぇぇッ!!)
ギャアアアアアアアアッ!!!
凄まじい摩擦音と火花が散る。
本来なら足が摩擦熱で消し飛ぶところだが、彼女の皮膚はダイヤモンドより硬い。それでも、ドレスの背中が筋肉の膨張で悲鳴を上げ、靴底が一瞬で蒸発する。
まどかは恭介に気づかれないよう、顔を真っ赤にして耐えた。パワーを出しすぎればエレベーターが粉砕される。弱すぎれば墜落する。針の穴を通すようなコントロール。
地上が迫る。
残り10メートル。
5メートル。
ズゥゥゥゥン……!
エレベーターは、エアクッションに着地したかのように奇跡的な減速をして停止した。
◇
第5章:疑惑の確信
「た、助かった……のか?」
恭介が腰を抜かしてへたり込む。
まどかは肩で息をしていた。全身汗だくだ。足元のハイヒールは消滅し、裸足になっている。
「非常ブレーキが、作動したみたいね」震える声で誤魔化す。
そこへ、エレベーターの扉がこじ開けられた。
「無事かね!?」
やってきたのは、西園寺玲二だった。彼は驚いたふりをしているが、その目は笑っていない。
「いやはや、申し訳ない。最新鋭のシステムが誤作動を起こしたようだ」
恭介が泣きながら西園寺に感謝する。
「助けてくれて、ありがとうございます! 鮎川なんて怖くて震えてたんですよ!」
西園寺はまどかの足元――裸足の爪先と、エレベーターのレールの異常な削れ跡を一瞥した。
「怪我はないようだね、鮎川くん。君は実に運がいい」
まどかは西園寺を睨み返す。
(こいつ……知っててやったわね)
西園寺は不敵に微笑み、恭介に名刺を渡した。
「お詫びと言ってはなんだが、君に頼みたい仕事があるんだ。春日くん」
「仕事、ですか?」
「ああ。君は『スーパーガール』の写真をよく撮っているそうだね。彼女のスクープ写真……特に、弱点に関する情報を持ってきてくれたら、高額で買い取ろう」
恭介はゴクリと喉を鳴らす。
「ス、スーパーガールの?」
「そうだ。彼女は神ではない。必ずアキレス腱があるはずだ」
◇
第6章:忍び寄る緑の光
帰り道。
恭介は「あー怖かった!」と能天気に笑っているが、まどかの表情は暗い。
(完全に目をつけられた。私の正体を探ってる)
そして恭介の手には西園寺の名刺。彼が悪気なく敵の手先になる可能性がある。
「なぁ鮎川。西園寺さん、いい人そうだったな!」
「あんた、本当にバカね」
まどかは疲れ切った体を引きずって歩く。
その頃、西園寺の執務室。
彼は金庫から、鉛のケースを取り出していた。蓋を開けると、中には妖しく光る緑色の鉱石『クリプトナイト』が鎮座していた。
「エレベーターを素手で止めた怪力。確定だ。彼女がスーパーガールだ」
西園寺は石を光にかざして呟く。
「次はこれを使おう。春日くんの手を借りてね」
(第4話へ続く)