第1章:逃げ場のないバス
「いっえーい! 修学旅行だぜーっ!」
春日恭介は、観光バスの座席でハイテンションだった。
行き先は京都・奈良。2泊3日の旅。
隣の席には、不機嫌オーラ全開の鮎川まどかが座っている。
「……静かにしてくれない? 耳に響くのよ」
まどかは帽子を目深に被り、腕組みをして寝たふりをしていた。
(最悪だわ……)
彼女にとって、この狭いバスは拷問部屋だ。隣には恭介、後ろには教師。トイレに行くのも一苦労。もし今、スーパーガールの出動要請があっても、変身する場所どころか、立ち上がることすらできない。
「なあ鮎川、おやつ交換しようぜ!」
「……いらない」
その時、バスの無線からニュースが流れた。
『昨日から、刑務所を脱走した武装グループがこの付近の山中に潜伏しており……』
恭介が身を乗り出す。
「脱走犯だってよ! 怖いなー」
「……どうせ関係ないわよ」
まどかは窓の外を見た。バスは人里離れた山道を走っている。西園寺が仕組んだルートだとも知らずに。
◇
第2章:ハイジャック
突然、バスの前方に倒木が現れた。
「おっと!」
運転手が急ブレーキをかける。
その瞬間、道脇の茂みから、迷彩服を着た男たち――西園寺の私兵が飛び出してきた。手にはマシンガンを持っている。
「ドアを開けろ!!」
ガシャーン!
ガラスが割られ、男たちが車内に乗り込んでくる。
「キャーッ!!」
女子生徒の悲鳴。
「騒ぐな! 全員手を頭の後ろに組め!」
犯人のリーダーが叫ぶ。
「このバスは我々が頂いた。……目的地は、あの断崖絶壁だ」
(断崖絶壁……!?)
まどかの目が鋭くなる。これは単なるハイジャックじゃない。明らかに「誰か」をおびき出すための、あるいは「誰か」の力を試すためのショーだ。
「おい、どうすんだよ鮎川……!」
恭介が震えながら小声で言う。
「……黙ってて。隙を見るわ」
しかし、犯人はプロだ。銃口を常に生徒たちに向けている。まどかが動けば、クラスメートが撃たれる。
(変身できない……!)
◇
第3章:空飛ぶ棺桶
バスは犯人の運転で、ガードレールのない旧道を猛スピードで走り始めた。
目の前には、深い谷底へ続くカーブ。
「さあ、見せてもらおうか。『奇跡』とやらを!」
犯人はアクセルを踏み込み、なんとハンドルを切らずにそのまま崖へ突っ込んだ。
「うわあああああーーーっ!!」
全員の絶叫が響く。
バスが宙に舞う。重力が消える浮遊感。次の瞬間には、数百メートル下の岩場へ叩きつけられ、全員即死する。
恭介は反射的に隣のまどかを抱きしめた。
「鮎川ッ!!」
まどかの時間が止まる。
(……もう、正体なんてどうでもいい!)
彼女は恭介の腕を振りほどいた。
「……目をつぶってて!!」
◇
第4章:0.1秒の早着替え
バスが落下している数秒間。
まどかにとっては、それは数十分にも感じるほど長い時間だ。彼女はスーパースピードを発動した。
周囲の動きがスローモーション、いや、ほぼ静止画になる。恭介の驚いた顔、舞い上がるお菓子の袋、窓の外の景色。すべてが止まっている。
まどかはシートベルトを引きちぎり、誰にも見えない速度で動いた。
バリバリバリッ!!!
制服を一瞬で引き裂き、脱ぎ捨てる。青いスーツと赤いスカート姿になる。
バシュッ!
黒髪が金髪に変わる。
彼女はバスの窓ガラスを拳圧だけで静かに外し、外へ飛び出した。そして、落下するバスの下へ潜り込む。
(……よいしょっ!)
彼女は空中でバスの底面を両手で支えた。
グググッ……!
凄まじい重量がかかるが、彼女は顔を真っ赤にして耐える。
急激に止めると衝撃で中の生徒が死んでしまう。彼女は自身の飛行能力で逆噴射をかけながら、ソフトランディングのように落下速度を殺していく。
バスは、谷底の数メートル手前で、ふわりと空中停止した。そして、そっと地面に置かれた。
ズン。
軽い着地音。
まだだ、まだ終わっていない。
彼女は再び超高速で動き、バスの中へ戻る。止まった時間の中で、脱ぎ捨てた制服を拾い集めるが……
(……ああっ! ブラウスのボタンが全部飛んでる!)
もう着られない。
彼女は仕方なく、恭介が持っていた大きなリュックサックを拝借し、それを前抱えにして胸元の「S」マークと青いスーツを隠した。髪を黒に戻し、席に座る。
そして、時間を動かした。
◇
第5章:奇跡の生還と、変な格好の鮎川
「うわあああ……えっ?」
恭介の絶叫が止まる。
衝撃が来ない。痛みもない。恐る恐る目を開けると、バスは谷底の平地に、何事もなかったかのように停車していた。
「た、助かった……?」
「奇跡だ……神様が守ってくれたんだ!」
クラス中がパニックと歓喜に包まれる。
犯人たちは姿を消していた。着地した瞬間に、まどかが超高速で全員外へ放り出し、木の上に吊るしておいたのだ。
「鮎川! 俺たち生きてるぞ!」
恭介が隣を見る。
そこには、リュックサックを前に抱きかかえ、うずくまっているまどかの姿があった。制服の上半身はなく、リュックで隠しているものの、肩や背中は青いスーツの生地が剥き出しだ。
「あ、鮎川? その格好……」
恭介がまじまじと見る。
まどかは顔を真っ赤にして叫んだ。
「……み、見ないで!!」
「え? なんで上着脱いでんの?」
「ショックで……破れたのよ!! 文句ある!?」
苦しい。あまりにも苦しい言い訳だ。
しかし、恭介はバスの外を見て、もっと驚くべきものを発見した。
「見ろよ! バスの車体の底に……手形がついてる!」
鋼鉄の底板に、くっきりと二つの小さな手形がめり込んでいた。バスを支えた痕跡だ。
「やっぱり……スーパーガールだ! 彼女が助けてくれたんだ!」
恭介は目を輝かせる。
「きっと俺たちが落ちる瞬間、光の速さで助けてくれたんだよ! 鮎川、お前も見たか!?」
まどかはリュックを強く抱きしめながら、力なく頷いた。
「……ええ。一瞬、金色の光が見えたわね」
◇
第6章:旅館の夜の秘密
その夜。京都の旅館にて。
まどかは部屋の布団の中で、ジャージに着替えてうなだれていた。
(制服が一着ダメになった……。それに、あの犯人たち)
彼女は気づいていた。犯人たちが自分の方を見てニヤリと笑っていたことを。あれはテストだったのだ。
「鮎川ー! 先生が見回りに来るから早く寝ろよー」
廊下から恭介の声がする。
「……うるさい。春日くんのバカ」
まどかは枕に顔を埋めた。
恭介が鈍感なおかげで、正体はバレなかった。でも、この旅行中、まだ何かが起こる気がする。
彼女は枕の下に隠した予備の赤マントを握りしめ、眠りについた。
(第6話へ続く)