第1章:不本意なキャスティング
「えー、文化祭の出し物は『眠れる森の美女』に決定しました!」
委員長の声に、クラスが沸き立つ。
「そして、主役のオーロラ姫は……満場一致で、転校生の鮎川さんに決定です!」
「……はぁ?」
鮎川まどかは、机に突っ伏していた顔を上げた。
「ちょっと待って。なんで私が」
「だって鮎川さん、美人だし! お姫様っぽいし!」
「拒否権はないぞー!」
まどかは頭を抱えた。
(目立ちたくないって言ってるのに……)
しかし、クラスの圧力には勝てない。
「じゃあ、相手役のフィリップ王子は?」
男子たちが我こそはと手を挙げる中、くじ引きの結果……
「……俺だ! 俺が王子だ!」
春日恭介が震える手で当たりくじを握りしめていた。
「やったー! 鮎川とキスシーンだー!」
まどかは冷ややかな目で恭介を見つめる。
(……最悪。舞台の上でこいつとキスなんて、死んでもごめんよ)
◇
第2章:壊れる小道具
放課後の体育館でリハーサル。
まどかはフリフリのドレス衣装(手作り)を着せられていた。
「鮎川さん、そこで糸車に指を刺されて倒れる演技!」
「……こう?」
まどかは木製の糸車に手を添えた。
バキッ。
力が入りすぎて、糸車の針が折れ、車輪が真っ二つに割れた。
「あ……」
「ちょ、鮎川さん! それ美術部が3日かけて作ったのに!」
「ご、ごめんなさい……脆いのよ、これ」
一方、恭介はガチガチに緊張していた。
「あ、あ、あ、鮎川……そ、そのドレス、似合ってるよ……」
「……あんた、足震えてるわよ。しっかりしなさい」
まどかはドレスの裾を気にしていた。この衣装、動きにくい。もし敵が出たら戦えない。
(まあ、文化祭に敵なんて出るわけないけど)
◇
第3章:魔王からの差し入れ
当日。
体育館は満員御礼。舞台袖では、演劇部の生徒が興奮していた。
「すごいぞ! 西園寺重工から『ドラゴン』の着ぐるみが寄付されたんだ!」
「最新鋭のアニマトロニクスらしいぞ! リアルだなー!」
舞台裏に搬入された巨大なドラゴンの模型。その目が、妖しく赤く光った。もちろん、中身は西園寺が開発した自律型戦闘ロボットだ。
西園寺はVIP席でオペラグラスを構えていた。
「さあ、見せてもらおうか。衆人環視の舞台上で、君がどうやってこの怪物を倒すのかをね」
◇
第4章:開演、そして暴走
幕が上がる。
スポットライトの中、ドレス姿のまどかが現れると、会場から「おおーっ!」と歓声が上がった。その美しさは、本物のオーロラ姫そのものだった。
物語は進み、いよいよクライマックス。魔女が変身したドラゴンが登場し、王子(恭介)と戦うシーン。
「出でよ、ドラゴン!」
ズシィィィン……!
舞台の床を軋ませて、全長5メートル、金属製の巨大なドラゴンが現れた。
「うわっ、でかい……!」
恭介が台本通り、段ボール製の剣を構える。
「覚悟しろ、ドラゴン!」
その時。ドラゴンの口がガバッと開き、本物の火炎放射が放たれた。
ゴオオオオッ!!
「うわあっちぃ!!」
恭介が慌てて避ける。
舞台の書き割りが燃え上がる。観客はどよめく。
「すげえ! 最近の文化祭は火も使うのか!」
「演出凝ってるなー!」
まどかだけが、事態を理解した。
(……本物の火!? 西園寺の仕業ね!)
ドラゴンは台本を無視し、尻尾で恭介をなぎ払った。
「ぐはっ!」
恭介が吹っ飛び、気絶する。
◇
第5章:アドリブの戦うプリンセス
王子がダウンした。舞台にはか弱いまどか姫だけ。
ドラゴンがまどかに迫る。鋭い爪がドレスを引き裂こうとする。
(変身できない……! ここでスーパーガールになったら終わりだわ!)
(でも、このままじゃ私が串刺し……!)
まどかは決意した。彼女は倒れている恭介の段ボールの剣を拾い上げ、仁王立ちになった。
「……王子は気絶してしまったわ! こうなったら、私が戦うしかないようね!」
観客がざわつく。
「え? 原作にそんな展開あったっけ?」
「『戦うプリンセス』か! 新しいな!」
ドラゴンが爪を振り下ろす。
まどかはドレスのスカートを翻し、最小限の動きでそれをかわす。そして、ドラゴンの腹部に、手加減した掌底を叩き込んだ。
ドォォン!!(内部で金属がひしゃげる音)
ドラゴンが「ギャオッ!?」と機械的な悲鳴を上げて後退る。
まどかは叫んだ。
「はあっ! 王家の剣技、受けてみよ!」
彼女は段ボールの剣を振るふりをして、その風圧(衝撃波)でドラゴンの装甲をへこませた。見た目は「剣で叩いている」だけだが、実際は見えない衝撃波がドラゴンをボコボコにしているのだ。
◇
第6章:とどめの一撃
ドラゴンが暴走し、口からミサイルを発射しようとした。
(まずい! 観客席に飛ぶ!)
まどかはチラリと恭介を見た。彼はまだ目を回している。
「……フィリップ王子! 起きて!」
彼女は恭介の襟首を掴み、無理やり立たせた。
「とどめはあなたが刺すのよ!」
「え? ……あ、鮎川? うわっ、ドラゴン!」
寝ぼける恭介。
まどかは恭介の手を取り、一緒に剣を握った。
「いくわよ! せーのっ!」
まどかは恭介の手ごと剣を振り下ろす。その瞬間、彼女は剣先に全エネルギーを集中させた。
ズバァァァァン!!!
段ボールの剣がドラゴンの頭に触れた瞬間、ドラゴンは大爆発を起こした。バラバラになったパーツが舞台上に散らばる。
「……や、やった……?」
恭介は呆然としている。
「俺の剣、こんなに強かったっけ……?」
観客席は静まり返り――そして、割れんばかりの大拍手が巻き起こった。
「すげえええ! 迫力満点だ!」
「あのお姫様、強すぎだろ! カッコいい!」
◇
第7章:幻のキスシーン
「……ふぅ。なんとか誤魔化せたわね」
まどかは肩で息をしていた。ドレスはボロボロ、汗だくだ。
「鮎川……すごかったよ、お前のアドリブ」
恭介が感心したように言う。
「……さあ、ラストシーンよ。早く終わらせましょ」
まどかはパイプ椅子の玉座に座り、目を閉じた。
最後は、王子が姫にキスをして目覚めるシーンだ。恭介がゴクリと喉を鳴らす。
(き、来た……! ついにこの時が!)
彼は震える唇を、まどかの顔に近づける。
あと5センチ。
あと3センチ。
まどかの長いまつ毛が見える。
(……仕方ないわね。今回だけは許してあげる)
まどかも覚悟を決めた、その時。
バサッ!!
天井から、燃え残った舞台装置の幕が落ちてきて、二人の間に割って入った。恭介の唇は、汚れた幕にブチュッとキスをした。
「……ぷっ」
まどかが吹き出す。
「うわああん! 俺のファーストキスがぁぁ!」
恭介が嘆く中、舞台の幕が降りた。
◇
エピローグ
VIP席の西園寺は、憮然とした表情で席を立った。
「……戦闘用ロボットを段ボールの剣で破壊するとはな。物理法則を無視している」
彼は悔しそうに杖をつく。
「だが、面白いショーだったよ。……次こそは、その仮面を剥いでやる」
楽屋裏。
まどかはドレスを脱ぎ捨て、ジャージに着替えていた。
「……疲れた。もう二度と演劇なんてやらない」
そこへ恭介がやってくる。
「鮎川! 最高だったぜ! 俺たちベストカップル賞間違いなしだな!」
まどかは恭介の背中をバシッと叩いた。
「……寝言は寝て言いなさい。この、へっぴり王子」
そう言いながらも、彼女の顔には少しだけ、充実した笑みが浮かんでいた。文化祭の喧騒が、二人の距離をまた少しだけ縮めたのだった。
(第8話へ続く)