第1章:百万円の拘束具
1月1日。元旦。
地元の大きな神社は、初詣客でごった返していた。
「……苦しい」
人波の中、鮎川まどかは小刻みに息をしていた。
彼女が着ているのは、鮮やかな赤地の振袖。だが、その下には青いスーパーガールのスーツを直に着込み、さらにその上から晒やタオルで補正し、最後に帯をギチギチに締めているのだ。
(ただでさえ締め付けが強い着物の下に、このボディスーツ……。血流が止まりそうだわ)
着物はレンタルで、一式100万円相当。絶対に汚せないし、破けない。彼女にとって、今日のミッションは「平和を守ること」以上に、「着物を無傷で返すこと」だった。
「おーい! 鮎川ー!」
羽織袴(レンタル)姿の恭介が、焼きそばを両手に持って走ってくる。
「見てくれよ! 大吉引いたぜ!」
「……おめでとう」
「鮎川、その着物すっげぇ似合ってる! まるで演歌歌手……じゃなくて、お姫様みたいだ!」
恭介はまどかの艶姿に見惚れる。うなじの白さと、凛とした立ち姿。しかし、その帯の下に『Sマーク』が隠されているとは夢にも思わない。
◇
第2章:神前の危機
「さあ、お参りしようぜ」
二人は賽銭箱の前で手を合わせた。
(今年も平穏無事に過ごせますように……正体がバレませんように……)
まどかが真剣に祈っていると。
ガシャン! ガシャン!
境内の神楽殿の方から、奇妙な機械音が響いた。
「なんだ?」
見ると、奉納演舞をしていた獅子舞の動きが急におかしくなった。
獅子の口がガバッと開き、中からマシンガンの銃口が現れる。足元からはジェット噴射。西園寺が開発した『自律機動兵器・シシマイ09』だ。
「新年早々、景気がいいねぇ」
遠くの車の中で、西園寺がお屠蘇を飲みながらモニターを見ていた。
「さあ、着物姿でどう戦う? スーパーガール」
◇
第3章:脱げない! 破けない!
「ギャオオオオン!!」
メカ獅子舞が口から火炎を吐き、参拝客を襲い始めた。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
「うわっ! 逃げろ鮎川!」
恭介がまどかの手を引く。
まどかの思考が巡る。
(ここで変身する? ダメよ、帯を解くのに5分はかかる!)
(じゃあバリッと破る? ダメ! 100万円の借金なんて背負えない!)
(……着たまま戦うしかない!)
「春日くん! 先に逃げて!」
まどかは恭介の手を振りほどき、境内の太い杉の木の裏へ走り込んだ。
「えっ、鮎川!? どこ行くんだ!」
まどかは木の陰で、着物の裾をまくり上げた。露わになる白足袋と、その奥に見える赤いパンツと素足の太もも。
「……お行儀が悪くてごめんあそばせ!」
◇
第4章:振袖乱舞
メカ獅子舞が子供に襲いかかろうとした瞬間。
バッッ!!
赤い振袖の塊が、空から降ってきた。
「はあああっ!!」
まどかは着物の袖を振り回しながら、メカ獅子舞の脳天に「踵落とし」を叩き込んだ。もちろん、草履を履いたままで。
ドゴォォン!!
メカ獅子舞が地面にめり込む。
「な、なんだあの着物の女!?」
「すげぇ! 映画の撮影か?」
まどかは着崩れた襟元を押さえながら、仁王立ちになった。
(くっ……帯が苦しくて呼吸ができない! パワーが出しきれない!)
メカ獅子舞が起き上がり、ミサイルを発射する。まどかは帯の背中側を掴まれそうになり、焦った。
「帯はやめて! 返却時に弁償料金取られるのよ!」
彼女は超高速で回転し、振袖の長い袖を鞭のように使ってミサイルを弾き飛ばした。
「秘技・振袖旋風脚!」
◇
第5章:破れかぶれの変身
しかし、敵は一体ではなかった。屋根の上から、新たに3体のメカ獅子舞が現れる。四方八方からの火炎放射。
(……もう限界! 着物なんか守ってたら、みんな死ぬ!)
まどかは決意した。100万円より、人命だ。
彼女はスーパースピードで杉の木の裏へ飛び込むと、帯に手をかけた。
「……西園寺! 請求書はあんたに回すからね!!」
バリバリバリバリッ!!!
盛大な音が響く。
美しい友禅染の着物が引き裂かれ、空中に舞う。その中から飛び出したのは、青いスーツと赤いミニスカート、そして金髪のスーパーガール。
「待たせたわね!!」
彼女は鬱憤を晴らすかのように、目からヒートビジョンを乱射した。
チュドーン! チュドーン!
メカ獅子舞たちは一瞬でスクラップと化した。
◇
第6章:恭介の勘違い
騒動が収まった後。
スーパーガールは空へ消え、まどかは杉の木の裏でうずくまっていた。足元には、無残に引き裂かれた着物の残骸。
彼女自身は、下着……ではなく、青いボディスーツ姿のまま、寒さに震えている。
「あ、鮎川! 無事か!」
恭介が駆けつけてくる。まどかは慌てて、近くにあった神社の紅白幕を体に巻き付けた。
「……春日くん」
「よかった! 獅子舞に襲われたのかと思ったよ! ……あれ? その着物どうしたんだ?」
恭介は地面に散らばる赤い布切れを見る。そして、紅白幕に包まっているまどかを見る。
「……獅子舞に、やられたのよ」
まどかは震える声で嘘をついた。
「逃げる時に引っかかって、ビリビリに……」
恭介は怒りに震えた。
「許せねぇ! 鮎川の晴れ着を! ……でも、怪我がなくて本当によかった」
恭介は自分の羽織を脱ぐと、まどかの肩にかけてくれた。
「これで隠しなよ。……着物は残念だったけど、お前が生きてるだけで大吉だよ」
まどかは羽織の温かさに、少しだけ涙ぐんだ。
(……100万円の弁償はどうしよう)
◇
エピローグ
数日後。
まどかは西園寺重工の本社ビルに、「請求書」が入った封筒を超高速で投げつけた。宛名は『神社の修理代および着物代金』。
学校では、恭介がまどかに話しかけていた。
「なぁ鮎川、あの日、スーパーガールも着物着てたらしいぜ? お前とお揃いだな!」
まどかは頬杖をつきながら、遠い目をしていた。
「……そうね。奇遇だわ」
彼女のバイト生活(着物代のローン返済)が始まる予感を抱えながら、波乱の一年は幕を開けたのだった。
(第9話 完)