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風藍が初陣を飾った日を境に、秦軍の中で、ある噂が広まり始めた。
「おい、聞いたか?」
「何をだ」
「この間の戦で、敵将を射抜いたっていう女だよ」
「ああ、あの百人将か」
「違ぇよ、もう三百人将だ」
「はぁ!? 早すぎるだろ!」
ざわつく兵たち。
「しかもよ……。その娘、風羅将軍の孫らしいぞ」
「……風の部族か」
その名に、一瞬だけ空気が変わる。
「まだ十五とかだろ? 参るぜ、化け物かよ」
「いや――」
一人の古参兵が口を開く。
「あれは血だけじゃねぇな」
「什長、もしかしてその娘の事を見た事あるんですか?」
「ああ、数ヶ月前の戦でな。目を見りゃ分かる。あいつはちゃんと戦場の目をしていた」
「……風の部族は終わってねぇってことですかね」
誰かが呟いた。
そして、その会話の中心にいる者こそが風藍である。
紀元前――二三五年
秦・魏国境 荒野
「くそっ……押されているぞ!」
「踏ん張れぇ!!」
怒号が飛び交う中。
「隊長!! 右より援軍が!!」
「何!? どこの隊だ!」
「風藍隊です!!」
その名が響いた瞬間。
「なに! あの独立遊軍が来てくれたのか」
「助かった……!」
兵たちの目に、光が戻る。
砂煙の向こう。現れたのは、三百騎の兵。
白地に蒼の縁。風を象った旗が、荒野に翻る。
「間に合ったみたいだね」
「藍様! 指示を!」
龍炎が叫ぶ。
その声に、風藍はすでに弓を構えていた。
「……うん、厚いところを崩すよ」
静かに答える。だが迷いはない。
それを聞いて、龍炎が騎馬を率いて左方へ抜ける。
「全員、構えて」
「「は!!」」
騎馬の上で、一斉に弓が引かれる。
戦場に、一瞬の静寂。
そして。
「撃て」
ヒュンッ!!
風藍の矢が走る。
それを追うように、百騎から放たれる百本の矢。
「ぐああっ!?」
「な、なんだこの矢の雨は!?」
「弓兵がいるぞ! 一体どこから!!」
敵陣の“厚み”が、崩れる。
「二射目いくよ!!」
「撃てぇ!!」
さらに叩き込む。
「くっ、隊列を保て!!」
「無理だ! 崩れる!」
風藍は小さく息を吐く。
(いい調子。隊列が乱れてる)
「あと一射で終わらせるよ。……撃て!」
三射目が放たれた瞬間、風藍が声をあげる。
「龍炎に合図出して」
バサッ!!
旗が振られる。
その瞬間、龍炎率いる騎馬隊は。
「来たぞ」
龍炎が笑う。
「行くぞお前たち!!」
槍を掲げる。
「突撃だァ!!」
「「おおおおおっ!!」」
二百騎が一気に、解き放たれる。
そのまま敵の横から喰らいつく。
「うわぁぁっ!!」
「側面だ! 側面から来たぞ!!」
「間に合わねぇ!!」
騎馬が突き破って蹴散らしながら貫き続ける。
「遅い!」
龍炎の槍が一閃。
「ぐっ……!」
道が、開かれる。
「ははっ! 敵の対応が間に合っていませんな」
「当然だ。藍様の指示に間違いはない」
乱戦特化の精鋭は敵軍に囲まれる秦兵たちのもとまで辿り着いた。
「秦軍!! 聞けェ!!」
龍炎が咆哮する。
「まだ終わってない!! 立て直せ!! 戦いはこれからだ!!」
その声に――
「……俺たちは、まだやれる!」
「押し返せぇ!!」
「な!?」
秦軍が息を吹き返した。
後方。
風藍はそれを見て頷いた。
「うん、流れが変わったね」
弓を背負う。
「私たちも行くよ」
振り返る。
「右から突っ込んで、龍炎たちと合流する」
「「は!!」」
百騎が動く。
風藍自ら先陣を切り、突入した。
「弓兵が突撃してきただと!?」
「関係ない、斬れ!!」
だが。
「簡単には止められないよ」
風藍の一矢。
「ぐっ……!」
弓兵でありながら、前線でも戦う。遠距離と近接の二つを両立する異質の部隊。それが風藍隊。
「風藍様に敵を近づかせるな!」
風藍を囲むように配置される兵達は、弓から剣に持ち変えて風藍を守りながら突撃する。
やがて。
「て、撤退だ!!」
「持たねぇ!!」
「下がれぇ!!」
魏軍が崩れる。
「勝った……」
「俺たちの勝ちだ!!」
歓声が上がる。
戦後。
「風藍隊……すげぇな」
「別格だろ、あれは」
だが、中にはそれを面白く思わない者達もいる。
「……チッ」
「ガキが調子に乗るなよ」
百人将が吐き捨てる。
「たまたまだ」
「次はこうはいかねぇ」
「それにな……」
別の男が笑う。
「聞いた話だとあの娘、“中華十弓”になるとか言ってるらしいぞ」
「ははっ! 笑わせるな!」
――その時。
「やめておけ」
低い声に空気が凍る。
振り返る兵たち。
「……誰だ」
「無礼者! 郭備千人将だ!」
「っ!?」
空気が変わる。
風藍隊と同じく、兵の補充の為別の軍より応援に来てくれた千人隊の隊長に百人将たちは体がすくむ。
それを見た郭備は静かに言う。
「戦場に年齢も身分も関係ない。あるのは結果だけだ」
誰も言い返せない。
「今日、あの場で負けていたのはお前たちだ。違うか?」
沈黙。
「……失礼しました」
郭備はそれ以上何も言わず、去った。
夜 風藍隊の陣。
焚き火が揺れる。
「はぁ……食った食った」
「生きてるって感じだな」
笑い声。
風藍はそれを見て、少しだけ表情を緩めた。
「お疲れ様、龍炎」
「藍様も」
隣に座る。
「今日の敵、どうだった?」
「弱くはありませんでした。現にこちらの軍も相当やられておりましたし」
少し間を置いて。
「ですが」
ニヤリと笑う。
「風藍様の敵ではありませんね。我々が最初からいればこうはならなかった」
「またそれ……」
苦笑する風藍。
「贔屓が過ぎるよ」
「当然です」
真顔で言う。
「藍様は中華に名を轟かせる御方ですから」
「……それ、目の前で言われると恥ずかしいよ」
その時。
「風藍三百人将!! 風藍三百人将はおられるか!!」
伝令が駆け込む。
「風羅将軍より、密書です!」
空気が変わる。
「……密書?」
受け取り、ゆっくりと開いて目を通す。
「……っ」
風藍の目が変わる。
「藍様?」
龍炎が身を乗り出す。
「風羅様はなんと……」
沈黙。
そして。
「……反乱」
「なっ!?」
龍炎が立ち上がる。
「一体、どこの部族が!?」
「違うよ」
風藍は首を振る。
ゆっくりと顔を上げる。
「もっと上」
「……上?」
「秦王に対して」
一拍。
「王弟・成蟜様が反乱を起こした」
空気が凍る。
「王族の……反乱……」
誰かが呟く。
それは、国を割る戦。
風藍は密書を握りしめる。
「これは……ただの戦じゃない」
静かに立ち上がる。
焚き火の光が、その瞳を照らした。
「秦そのものを巡る戦いだ」
夜風が吹く。
風藍の目は、すでに次の戦を見ていた。
本作をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ここでは少しだけ、物語の裏側――現在の三百人隊の主要メンバーと、騎馬隊の構成について触れておきます。
まず、現三百人隊の中心となるのはこの二人です。
・風藍(ふうらん)
【挿絵表示】
三百人将。自ら指導した弓使いの騎馬隊を率いる。
風の部族現族長の孫娘。しなやかな動きと鋭い判断力を併せ持ち、戦場では“風の再来”と噂され始めています。まだ若いながらも、その統率力、弓の腕は確かで、隊の中核として成長を続けています。中華十弓に名を連ねることを目標としている。
・龍炎(りゅうえん)
【挿絵表示】
風藍隊副長。主に近接特化の騎馬隊を率いる。
元龍族族長の一人息子。現龍族族長代理(正式な今の族長はおらず、いずれ龍族を救ってくれた風藍にその座についてもらいたいとさえ思われている)。戦闘能力に長けた圧倒的な槍術を使い、風羅軍にいる数年の間で千人将まで駆け上がるが風藍の側付きとして戻る際、その地位を返上した。
風藍隊では、その突破力で前線を切り開く存在。遠距離戦が得意な風藍とは対照的でありながら、互いに補い合うことで三百人隊の力を最大限に引き出しています。
今後は、章ごとに登場人物の掘り下げや設定の加筆を行い、より厚みのある物語にしていく予定です。
それぞれの人物がどのように成長し、どんな戦いを見せるのか――引き続き見守っていただければ嬉しいです。