『キングダム 風の部族の少女、戦場を射抜く』   作:あきと。

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焚き火の灯りが揺れる。

 

ぱち、ぱち、と薪が弾ける音だけが、静寂の中に響いていた。

その中で風藍は、祖父からの密書を握りしめている。

 

「……」

 

何度も読んだ。

“王弟・成蟜の反乱”

その一文だけが、どうしても現実味を持たない。

 

だが――。

 

「……密書である以上、間違いないよね」

 

ぽつりと呟く。

 

風羅からの密書だ。

そこに偽りなどあるはずがない。

 

「風藍様」

 

龍炎が、静かに声をかけた。

 

「……動かれますか」

 

顔を上げる。

迷いは、もうなかった。

 

「うん。もちろん動くよ」

 

火の揺らめきの中、はっきりと言い切る。

 

「大王様の危機だもの」

 

龍炎の目が、鋭く細まる。

 

「しかし、なぜこのような大事を風羅様は密書で……」

 

「それ相応の理由があるからだよ」

 

「やはり……」

 

一歩、踏み込む。

 

「反乱の報だけではありませんね。その書には」

 

風藍は小さく頷き、密書を畳んだ。

 

「うん。命令があるの」

 

そして、言う。

 

「私たちは大王陣営へ合流し、援軍として動け――だって」

 

空気が変わる。

 

焚き火の温もりとは別の、冷たい緊張が場を包む。

 

「……今度は王宮絡みの戦、ですか」

 

「うん」

 

風藍はゆっくりと言葉を続ける。

 

「咸陽の中での争いは前からあった。でも今回は違う」

 

視線を落とす。

 

「王族が、王を討とうとしてる」

 

「……っ」

 

龍炎の拳がわずかに強く握られる。

 

「風羅様は動かれないのですか」

 

「動けないんだと思う」

 

即答だった。

 

「今、お祖父様は趙の動きを抑えるために前線にいる。ここで軍を動かせば、それこそ国全体が危うい」

 

「しかし、それでも大王様の危機です。前線が少し崩れたとしても」

 

「うん。でもね」

 

風藍は静かに言う。

 

「これは“表に出せない戦”なんだと思う」

 

龍炎が眉をひそめる。

 

「……どういう意味ですか」

 

「龍炎は、どうして軍の規模ほどを動かせる将軍級の武将ではなくて、私たち三百人隊という少数部隊にこの密書が届いたと思う?」

 

風羅の元には彼傘下の将軍を始め、将軍級の実力を兼ね備える軍長までもが集まっている。

そんな中、国を揺るがすほどの内容が書かれた密書はその誰にでもなく風藍の元に届いている。

 

「言われてみれば……。ですが、ここ以外にも伝令は来ているのでは?」

 

「もしそうなら私たちのところには来ないよ。上の人たちで解決に動くはず」

 

「それは……。もしや、先ほど藍様がおっしゃっていたそれ相応の理由というのと関係があるのでしょうか」

 

「うん。おそらくだけど、もし、この反乱が公になったら――」

 

一拍。

 

「“王の血”の問題になる」

 

空気が張り詰める。

 

「成蟜様は“純血の王族”を掲げてる。つまり、今の大王様の正統性そのものを揺るがす戦いになる」

 

「……!」

 

龍炎の目が見開かれる。

 

「それが広まれば、仮に勝っても国は乱れるんだよ」

 

「だから……」

 

「内密に、迅速に潰すしかない」

 

静かに、言い切る。

 

しばし沈黙。

 

やがて――

 

「……なるほど」

 

龍炎が息を吐く。

 

「それで、我らのような遊軍に白羽の矢が立った、と」

 

「そういうこと」

 

風藍は苦笑する。

 

「お祖父様らしいよね。表の軍じゃなくて、“動かしやすい駒”を使うところとか。あ、今のは言葉のあやね」

 

「駒、ですか」

 

龍炎は少しだけ口元を緩めた。

 

「ですが、私は誇りに思います」

 

真っ直ぐに言う。

 

「私もまた、その藍様の駒であることを」

 

「……もう」

 

思わず笑ってしまう。

 

「龍炎は駒じゃないよ。それにみんなも、私の大切な仲間なんだから」

 

「風藍様……」

 

隊の面々が嬉しそうに表情を緩ませる。

けれど、その空気も一瞬。風藍は表情を引き締めた。

 

「龍炎」

 

「は」

 

「全員に通達して」

 

声が変わる。

戦のそれに。

 

「これより進路を咸陽へ変更。反撃に転じる大王様陣営との合流を図って、即時出陣」

 

「はっ!!」

 

龍炎は即座に立ち上がる。

振り返り、声を張る。

 

「聞けェ!! 風藍隊!!」

 

密書の事を知らず、未だざわめいていた兵たちが、一斉に顔を上げる。

 

「藍様よりお言葉がある!」

 

「風藍様から?」

 

なんだなんだと、兵たちは皆隊長である風藍の言葉を待つ。

 

「みんな! 私たちはこれから極秘裏に大きな戦へと参戦するよ」

 

「分かったな! 皆の者、出陣だ!!」

 

一瞬の静寂。

 

そして――

 

「「おおおおおっ!!」」

 

爆発する声。

 

「な、なんだなんだ!」

 

「うるさいぞ! 風藍隊!」

 

そんな私たちの様子に巡回する兵士たちが驚く。

 

「ちょ、ちょっと龍炎! 秘密裏にだよ! 軍の兵たちも近くに居るんだから」

 

「し、しまった! し、静まれ!」

 

「「お、おぉ……」」

 

一瞬にして小さな声に戻る。

 

「行き先は咸陽!! 秦王、嬴政様の元に私たちは向かうよ」

 

士気が、静かに、けれど確かに燃え上がる。

その様子を見て、風藍は静かに息を吐いた。

 

……王。

 

秦国の頂点。

本来なら、遠くから仰ぐ存在。

 

「まさか……ね」

 

小さく呟く。

 

「会いに行くことになるなんて」

 

空を見上げる。

夜は、深い。

 

だが、その先にあるものは決まっている。

風藍は馬へと歩み寄り、手綱を取った。

 

「行こう」

 

足をかけ、跨る。

 

「風藍隊――出るよ」

 

「「は!!」」

 

三百騎が静かに動く。

 

夜を裂くように。

秦王嬴政の元へ。

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