――数日後。
山を越えた先。
風藍隊三百騎は、ついにその一団を視界に捉えた。
「もしかして、あれが……」
「……見えた」
風藍が呟く。
荒野の先に陣を張る、小規模な軍勢。
「数は、二千……。ううん、三千くらいかな」
しかし、数よりも驚くべきはその兵たち。
「あの軍……」
異様な気配を放つ集団。
獣のような空気を纏う者たちがいた。
同じ兵士であっても、風藍の知るものとは少し違う気がした。
「あの異様な装いの者たちは……。甲冑を身につけた兵も少しはいるみたいだけど」
「……おそらく、あれが山の民ですね。本当に存在していたとは」
龍炎が低く言う。
「あれが、山の民。……ということは」
風藍の中で確信が固まる。
「すでに合流していたようですね」
秦王・嬴政様が山の民の王と、手を組んだ。
秦軍から援軍のあてがないと密書にはあったけど、まさか本当に山の民との同盟を取り付けていたなんて。
「うん、よかった」
状況はどうあれ、間に合った……!
風藍は手を上げた。
「みんな、いくよ。速度を落として接近。ただし、周囲の警戒は維持だよ」
「「は!」」
三百騎が整然と進む。
「む!」
どうやら、その動きに、向こうも気付いた。
「何者だ!」
前方にいた兵が叫ぶ。
同時に、山の民たちが一斉にこちらへ視線を向けた。
手合わせしていないのに、この殺気。敵だったら手を焼いた事だろう。
張り詰める空気。
だが風藍は迷わずに、馬を進める。
「止まれ!」
一人の兵による制止の声。
「貴様ら、どこの部隊だ」
風藍はその直前で止まり、静かに口を開いた。
「秦国所属、独立遊軍風藍隊。私は隊長の風藍です」
「なに! 風藍隊だと!」
堂々と名乗り、敵でないことを主張し、礼を示す。
「我が祖父、風羅の命により、以下三百名が大王陣営への援軍として参上しました」
一瞬の沈黙。
あれ、おかしい。私はともかく、お祖父様の名前を出したのにどうして静かなんだろう。
そう考える中で、一人の男が前に出る。
見たところ、文官だが只者ではない気配。
「……風羅の」
その男、昌文君が目を細める。
「それは確かなのか」
風藍は懐から密書を取り出す。
「はい。証はこちらに」
それを受け取る昌文君。
中身を確認し、目を見開く。
「……間違いない。風羅の刻印、本物だな」
その声に、周囲がざわつく。
「おい、風羅とはあの風羅将軍のことか」
「それが本当なら、この全員が味方……」
そして――
「「おおおおお!」」
喜びの歓声が起きる。
三百という少ない数でこの歓声……。
なるほど、現在の大王様の陣営はかなりの劣勢だったと窺える。
「よく来てくれた」
「……!」
その奥。
静かに立っていた青年が、一歩前に出た。
場の空気が変わる。
誰もが自然と道を開ける。
間違いない。明らかにこの人が……。
風藍は直感する。
この青年が、秦王嬴政であると。
若いと聞いていたけど、ここまで若いなんて。
私と同じくらいだ。
「……若いな」
その視線が、風藍を捉える。
大王も同じことを考えていたのかな。
重い。
ただ見られているだけで、全てを見透かされるような感覚。
だが、風藍は目を逸らさない。
真っ直ぐに見返す。
「…………」
しばしの静寂の後、嬴政が口を開いた。
「顔を上げよ」
風藍はゆっくりと顔を上げる。
「お前が、あの風羅の孫か」
「はい」
短く答える。
嬴政はわずかに頷く。
「俺は第三十一代秦王、嬴政である。風藍よ、助力感謝する」
それだけだった。
だが、その一言に全てが込められている。
風藍は即座に頭を下げた。
「は! 有り難く」
そのやり取りを横で見ていた少年が、口を挟む。
「おい、なんだあいつ」
剣を背負った少年――信。
「あいつ女だろ? あの女がこいつらの将なのか?」
興味津々で風藍を見る。
その視線に気付き、風藍も一瞬だけそちらを見る。
……あの人、強い。
直感だけど、ただの少年兵ではない。
服はボロボロで、口調からも決して身分が高い者とは思えないけど。
確かな強さの覇気を彼からは感じる。
その隣で、フクロウのような蓑型の装いの子供がもう一人。河了貂もひそひそと話す。
「信、なんかやばい雰囲気あるよあの人……」
一方で、山の民の側。
楊端和が腕を組みながら風藍を見ていた。
「……ほう」
わずかに口元を歪める。
「あの娘……」
戦を知る者の目。
ただの“娘”ではない。
「面白い駒が増えたな」
そう、小さく呟いた。
こうして、風藍隊三百は秦王・嬴政。山の民の王・楊端和。
そして反乱鎮圧軍の一員として合流し、咸陽へと進軍することとなる。