『キングダム 風の部族の少女、戦場を射抜く』   作:あきと。

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風藍(ふうらん)の七歳の誕生日から一月が過ぎた頃。

 

「風羅様! 大変です!」

 

秦国軍将軍であり風の部族族長である風羅(ふうら)の領地付近に住む民が、異変を訴えて駆け込んできた。

 

「西の谷で……、見知らぬ一団が倒れているとの報告が!」

 

「倒れているだと?」

 

戦場から離れた休暇の中で風藍と遊んでいた風羅の顔が突如として険しくなる。

 

民の話をまとめると“人の住まぬ谷で十数名が行き倒れ、飢えや疲労で瀕死”

というものだった。

 

「怪しい。戦で生き残った敵の残党の可能性があるな……」

 

風羅の側近の一人が警戒を促す。

 

「その可能性は否めんな」

 

風羅もそれに同意する。

 

「しかし、難民ということもありえる」

 

その瞬間。横で風藍がきゅっと祖父の袖を掴んだ。

 

「おじい様、助けに行きましょう」

 

「藍……」

 

「見捨てたら……。死んでしまいます」

 

風藍の瞳は真剣だった。

子ども特有の無邪気な情ではない。“救いたい”という確かな意志。

 

風羅はその目をしばし見つめる。

 

「……いいだろう。儂が行く」

 

「な! 殿が出向かずとも我々が」

 

「いや、ここは儂の領地だ。自分の目で確かめたい。場合によっては咸陽へ報告もせねばならないからな」

 

風羅は既に将軍としての仕事を全うしようとしていた。

だが、それだけではない。

 

「藍、お前もついてくるか?」

 

「えっ」

 

意外にも風藍を同行させる事を口にした。

 

「行きます!」

 

「と、殿! 何を言っておられるのですか!」

 

「身の危険を感じたら以前渡した弓を使え。練習はしていたのだろう?」

 

「はい!」

 

当然、風藍の答えは決まっていた。

 

「殿、それは危険です!」

 

「倒れている者たちは、敵かもしれないのですぞ!」

 

「息もあります! 突然襲われでもしたら……」

 

兵たちが声を上げても、風羅は微動だにしない。

 

「風の部族は、瀕死の者を見捨てたりはせぬ。たとえ敵であろうと、だ」

 

「それはそうですが……。しかし、藍様を連れて行かれるのは……」

 

「問題ない。突撃させるわけでもなし。それに、何かあれば儂が守る。これは決定事項だ。行くぞ」

 

「「お、おお!」」

 

風羅は反対を押し切り、風藍を連れた約三百の兵で、西の谷へと急行した。

 

 

 

 

「これは……」

 

谷に着いた風藍たちは、言葉を失った。

 

岩陰や倒木の下に、十を超える人々が報告通り、うずくまっていたのである。

その体は痩せ細り、傷だらけ。中には甲冑を着たものもいる。

戦ったのだろう。衣は破れ、甲冑もボロボロだ。

 

「……魏や趙の兵ではありませんな」

 

「やはり、息はあるようだ。他の部族だろうか……」

 

「う、うぅ……」

 

「!」

 

悲痛の声をあげる者達に、兵たちが身構える。

 

「大丈夫ですか!」

 

だが風藍は、彼らの苦しげな呼吸に耐えきれず飛び出し、走り出した。

 

「風藍様!」

 

兵の静止を聞かず、倒れた者たちを慰めるかのように寄り添い、一人の青年の元へと向かう。

 

「み、水を……」

 

「水ですか! 待っててくださいね。今、私が持っているお水を……」

 

「風藍様!」

 

兵の呼びかけと同時に倒れている者たちへ向き直った瞬間、倒れていた青年が半身を起き上がらせる。

 

「……!」

 

「危ない!」

 

護衛が慌てて追うが、遅かった。

しかし、風藍は怯むことなく青年に膝をつき、袋水を差し出す。

 

「はい、水です」

 

青年は震える手でそれを掴み、数口飲むと、かすれた声で呟いた。

 

「……助け……て、くれるのか……?」

 

「青い目……」

 

その瞳は獣のように青色に輝いていた。

 

「っ! こ、この目は……」

 

人とも獣ともつかぬ、不思議な光。

その瞳を青年は隠すように手で覆う。

 

「綺麗ですね!」

 

風藍の言葉を聞いて、他の倒れた者たちの身体がぴくりと反応を示す。

 

「あっ、動かないでください。すぐに治療しますから」

 

「風藍様……」

 

「皆さん、手伝ってもらってもいいでしょうか」

 

「は……、はい!」

 

風藍に迷いなかった。真剣な彼女の目に打たれて他の兵たちも倒れている者たちに警戒しながらも水や食糧を与える。

その様子に風羅がため息をつく。

 

「やれやれ。藍の気性は、()()()とそっくりよ。儂よりも早く動くとはな」

 

しかし風羅が近づくと、倒れていた者たちが、全員ぴくりと反応した。

分かるのだろう。この一団を率いている者が風羅であると。

 

「!」

 

だが、風羅の目の前では異様な光景が広がった。

 

まるで風藍を守るように、倒れていた者たちは弱り切った体を必死に起こして立ち上がろうとする。

 

「皆さん! 動いては駄目ですよ」

 

「お、おまえたち……」

 

風羅は驚いた。

 

「――この子……恩主を……守る……」

 

その言葉に、兵たちも息を呑む。

 

「風藍様を……、守ろうとしている?」

 

「信じられない。この状況で……立ち上がれるのか……」

 

風藍が叱られると思ったのか、風藍から直接水をもらった男は、庇うように風藍と風羅の間に立ち塞がる。

そして、その青い瞳で風羅を見た。

 

「…………」

 

風羅が驚いたのはその行動だけではない。将軍としての空気を纏う風羅に怖じけることはなく堂々と立つその姿にも目を見張るものがあった。

 

「お主の名は?」

 

「俺は……、龍炎(りゅうえん)。“龍の一族”族長の息子」

 

「ほう、ということは風藍と同じく後継者ということか。それで、どうしてお前たちはこんなところにいる」

 

「……敵対していた部族に襲われ。仲間たちに助けられ、助けを求め、命からがら逃げてきた。だが食も尽き……ここで、死ぬはずだった」

 

風羅が目を細めた。

 

「龍の一族……。噂には聞いた事がある。戦闘能力に長けているとな。……しかし、なるほど」

 

風羅はボロボロとなった彼らの姿を見て、考え込む。

この龍の一族を名乗る一団が、他の部族に襲われたとなると、龍の一族の力を上回る存在がいるという事だ。

つまり、龍の里は今、龍の一族以上の戦力に襲われている。

 

「おじい様。助けに行きましょう」

 

その事を風藍も感じ取ったのだろう。

龍の一族たちの気持ちを代弁するようにそれを懇願する。

 

「風藍様、それは駄目です」

 

「何故ですか?」

 

一人の兵がそれを咎めるが、風藍は純粋な目で聞き返す。

 

「そ、それは……」

 

「風の部族は瀕死の者を敵であろうと見捨てない。おじい様も先程そう言ってくれたではありませんか!」

 

風藍は黙み思考を巡らす風羅から視線を外さない。

 

「確かに、水や食糧を与えて命を助ける事と、命を張って援軍に向かうのとで訳が違うのも分かります」

 

救助している今の状況と、これからここにいる兵たちで龍の一族を襲う他族と戦う事は天と地の差だといっていてもいい。何故なら、助けに行って命を落とすかもしれないという危険が伴うからだ。

 

「ですが、同じ秦国に住む国民が助けて欲しいと言うのであれば、仲間の為に立ち上がる事は間違った事ではないと私は思います」

 

風藍の目は名家のお嬢様ではなく、一人の戦士と同じ目をしていた。

 

「もし、ここにいる皆さんが行かないというのなら、私一人でも助けに行きます!」

 

「なっ! 御自ら行くなど、何を言っておられるのです風藍様!」

 

「こうしている間にも、この方たちのお仲間は戦っているのです。早く助けに行かなくては!」

 

「風藍様、なんと立派な……。私もお供致します!」

 

「私も!」

 

「私も行きます!」

 

一人、また一人と風藍の言葉を受けて立ち上がる。

それは瞬く間に広がっていった。

 

「これではまるで一種の檄だな……」

 

ただの幼子ではない。

族長としての、いや……武将としての器を持っている。

風藍の成長と、将としての片鱗を目の当たりにした風羅は、覚悟を決める。

 

「お主、龍炎と言ったな」

 

その問いに龍炎と名乗る青年をこくりと頷く。

 

「我が孫娘は言い出すと聞かんのだ。だから、この子を恩主として崇めるのであれば守ってやってほしい」

 

「そ、それでは」

 

「ああ、お前たち龍の一族をこれから助けに行く」

 

その言葉に龍の一族たちは「おおっ」とどよめく。

 

「だが、一つ条件がある」

 

「一族の皆を守れるのであれば何とでも!」

 

「その心意気やよし。それでは、龍の里とその一族を助けた暁には、龍の一族は今後風の部族の傘下へと下り、風藍に忠誠を違って主人として仕えよ。条件はそれだけだ」

 

「お、おじい様!?」

 

風の部族の傘下に加われということは分かる。

しかし、どうして風羅にではなく風藍自身に仕えよという条件にしたのかを風藍には分からなかった。

 

「風藍。お前が将来本当に戦場へ出ると言うのであれば儂は止めん。だからこそ、今から多くの仲間を作り、経験を積む事は必要不可欠」

 

「おじい様……。それでは、今日の事も決して無駄にはなりませんよね?」

 

「ああ。今日助けた縁は、決して消えぬ」

 

風藍は嬉しそうに頷いた。

 

「分かりました、それでは、改めて私も一緒に連れて行ってください!」

 

自身の主張というだけでなく、ここにいる兵たちを従える将、風羅に向けて風藍はお願いした。

 

「ふっ、いいだろう。だが、くれぐれも無茶はするな。戦場には連れて行くが、以前のように遠くから見守ってもらう。良いな?」

 

「はい!」

 

あくまで今回も風藍の誕生日の時のように、安全圏と言える場所に護衛と共にいてもらう。それが約束だ。

 

「より、では皆の者。行くぞ!」

 

「「おおっ!」」

 

そしてこの日、風藍という少女の小さな背に、龍族たちの未来が託されたのだった。

 

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