21
王都・咸陽での内紛鎮圧後。
風藍隊は再び戦場へと戻っていた。
各地を転戦し、遊撃、奇襲、援護。その全てで着実に戦果を積み重ねていく。
小隊規模ながらも戦場を動かす特殊三百人隊。
その名は、秦軍内だけでなく近隣国前線でも徐々に知られ始めていた。
風藍隊。若き女三百人将が率いる異色の部隊だと。
そして今。およそ一月にも及ぶ待機命令を受けた風藍隊は、陣地で練兵を行っていた。
「そこ! 動きが鈍いぞ!」
「陣形崩すな! 横との間隔を保て!」
怒声が飛ぶ。
砂埃の舞う訓練場では、騎馬兵達が地上戦を想定した陣形訓練を繰り返していた。
騎馬戦を得意とする風藍隊だが、山林地帯や城攻めでの戦も想定し、近頃は歩兵戦への対応も求められている。
隊として、更なる成長が必要だった。
「止まるな! 次列、前へ!」
指揮を執るのは、剣を携えた青年。
鋭い目つきに、整った顔立ち。
風藍隊新任の什長、
龍炎が騎馬隊より引き抜いた精鋭の一人で風藍とも歳は近く、期待の兵士である。
「什長、後列が遅れてます!」
「分かってる。いいか二列目、踏み込みを合わせろ! 一人でも乱れれば陣が死ぬぞ!」
兵達が慌てて動きを修正する。
その様子を離れた場所から見ていた龍炎が、小さく笑った。
「厳しい奴ですね周輝は」
物怖じせずに、自身の兵たちに指示を出す周輝の姿に風藍も感心する。
「うん。でも、さすがだね。みんなの動きが良くなってるよ」
風藍は弓を手に答える。
「周輝は細かいところまでちゃんと見てくれるから。そういう指揮官がいてくれるのは心強いよ。私と歳も変わらないしね」
「ははっ、本人はあまり褒められ慣れておりませんから、今の言葉を聞いたらきっと顔が真っ赤になりますよ」
「ふふっ、そうなんだ」
その時。
「あ、風藍様」
周輝がこちらへ気付き、歩いてくる。
「ごめん。邪魔したね」
「いいえ、我らもそろそろ切り上げます。この場所は弓兵の練兵に使ってください」
「ありがとう。じゃあ、私たちも始めようか」
風藍は弓兵達の前へ出る。
「「は!」」
並べられた的に、張り詰める空気。
風藍は静かに矢を番えた。
「――ふっ!」
放たれた矢が風を裂く。
次の瞬間。
ドスッ――!
矢は見事、的の中心を射抜いた。
続けざまに二射、三射。
全てが中央へ突き刺さる。
「おお……!」
「さすがは風藍様!」
「百発百中ですな!」
周囲の兵達から感嘆の声が漏れる。
周輝も僅かに目を見開いていた。
「……何度見ても、見事ですね」
「ありがとう。でもまだまだだよ」
風藍は次の矢を手に取る。
「止まってる的にいくら当てれても、実戦で当てられないと意味ないしね」
「それはそうですが、実際風藍様が戦場で外しているところなど見たことありませんよ」
周輝の言葉に、周囲の兵も頷く。
「風藍様の矢で何度助かったか……」
「敵将を射抜いた時は痺れましたよ!」
「あはは……」
風藍は少し困ったように笑った。
「ありがとう。でも、私が目指してるのは中華十弓だから。まだ全然だよ」
「中華十弓……」
周輝が呟く。
その名は、中華全土に名を轟かせる弓の名手に怪物達。
弓兵であれば誰もが知る存在だった。
「そういえば、実際に戦場で遭遇したことは、まだありませんね」
「秦国にも、今は十弓に名を連ねている武将はおりませんからな」
龍炎が腕を組む。
風藍は少し空を見上げた。
「昔、お祖父様から聞いたことがあるんだ」
「?」
「蒼源様っていう人が、昔は秦国唯一の十弓だったって」
「蒼源……」
「龍炎、知ってるの?」
「いえ。でも名だけは聞いた事があります。かなりの腕前だったと」
「でも、もう亡くなってるみたい」
風藍は静かに弓を握る。
「だからかな。余計に思うんだ」
「……?」
「私も絶対に名を残したいって」
その目には、強い光が宿っていた。
ただの理想ではない。本気で掴みにいく者の目。
周輝はその横顔を見つめる。
若い。だが、この少女には人を前へ進ませる力がある。
「みんなも頑張ってね」
「「はっ!!」」
兵達が力強く応える。
その時だった。
「風藍様ー!」
一人の伝令兵が馬を飛ばし、陣へ駆け込んできた。
兵達の空気が変わる。
風藍も表情を引き締めた。
「どうしたの?」
「軍本営から伝令が!」
「もしかして、援軍要請?」
「はい! 現在、秦と魏の国境の地である『滎陽』を巡る争いが激化したとの報告が!」
「滎陽……」
風藍の表情が変わる。
滎陽。
黄河沿いに位置する、魏国の玄関口。
秦にとっても、魏にとっても最重要拠点の一つ。
ここを巡る戦は、常に大戦へ発展する。
「魏国は後方より三軍を集結。秦国も各地域の軍を結集し、滎陽へ向かうよう命が下りました!」
兵たちが目を細める。
「各軍が動くほどの規模か……」
「風藍様、これは」
龍炎が低く言う。
風藍は静かに息を吐いた。
「うん。魏国との大きな戦が始まる」
咸陽での内乱を除けば。
風藍隊が経験してきたのは中規模戦まで。
だが今回は違う。
国家同士が真正面から激突する大戦。
そこへ、風藍隊にも出陣命令が下ったのだ。
周囲の兵達にも緊張が走る。
だが、風藍は前を向いた。
「よし、すぐ準備するよ」
その声に迷いはない。
「練兵を行っている兵達を集めて!」
「「はっ!!」」
兵達が動き出す。
その中で、周輝は静かに風藍へ視線を向けた。
「風藍様」
「ん?」
「俺も、必ず貴方を支えます」
真っ直ぐな言葉。
風藍は少し驚き、それから笑った。
「うん。期待してるよ、周輝」
その言葉に。
周輝は静かに拳を握り締めた。
そして。
風藍隊は、後に蛇甘平原と呼ばれる、巨大な戦場へ向かうことになる。
【登場人物紹介】
・風藍(ふうらん)
【挿絵表示】
三百人将。秦国独立遊軍「風藍隊」隊長。
風の部族現族長・風羅の孫娘。若くして三百人将となり、自ら育て上げた弓兵百騎を率いて戦場を駆ける弓の名手。
冷静な判断力と柔軟な発想を武器に、常識に囚われない戦術で幾度も戦局を覆してきた。王都咸陽での反乱鎮圧では王宮突入という大功を挙げ、その名は秦軍内でも広まり始めている。
将来は中華十弓に名を連ねることを目標としており、その若さから”風の再来“と噂される期待の将。
・龍炎(りゅうえん)
風藍隊副長。龍炎騎馬隊隊長。
風藍の側近であり、最も信頼を寄せる右腕。百騎からなる騎馬隊を率い、槍一本で敵陣を切り裂く武の達人。
元龍族族長の一人息子であり、現在は龍族族長代理を務める。かつて風羅軍では若くして千人将まで昇り詰めたが、風藍を支えるため自らその地位を返上し風藍隊へ加わった。
戦場では常に冷静沈着。風藍の意図を誰よりも早く理解し、即座に実行へ移す参謀としての一面も持つ。遠距離戦を得意とする風藍と、近接戦を得意とする龍炎は互いの弱点を補い合い、風藍隊最大の武器となっている。
・周輝(しゅうき)
風藍隊什長。龍炎騎馬隊所属。
新たに風藍隊へ加わった若き剣士。顔の見える兜を身に着け、剣を武器として最前線を駆ける。
真面目で努力家な性格だが、一度戦場へ出れば大胆な判断と果敢な攻めを見せる。龍炎の下で騎馬戦を学びながら経験を積み重ねており、その才能は隊内でも高く評価されている。
まだ若いながら将来を期待される風藍隊期待の新星。
【挿絵表示】