丸城陥落――。
その報せが風藍隊へ届いたのは、第四軍との合流地点まであと僅かという頃だった。
伝令兵の荒い息遣いが、ただならぬ事態を物語っている。
「報告します!丸城……陥落!!」
その一言で、隊の空気が凍りついた。
「……何だと?」
龍炎が思わず眉をひそめる。
風藍も静かに目を見開いた。
「攻め込むはずだったこちらが……。逆に先手を打たれたということ?」
「……はい」
伝令兵は悔しそうに唇を噛む。
今回の命令は明確だった。
第四軍と合流し、丸城城主・黒剛将軍の軍勢へ加勢する。
そのはずだった。
しかし、その丸城は既に落ちていた。
しかも――。
「そして、黒剛将軍は……」
一瞬、伝令兵は言葉を詰まらせる。
「呉慶将軍自らの手によって討ち死にされました」
「……っ!」
隊の空気がさらに重くなる。
「城にいた人たちは……」
「城内は制圧され、老人も女子供も……。皆殺しです」
誰も言葉を発しない。
魏火龍・呉慶。
戦場では名将として恐れられていた。
戦となれば容赦はない。
敵に慈悲など与えぬ。
それが魏軍総大将・呉慶という男だった。
龍炎が拳を握る。
「……それで、俺たちはこれからどうすればいい?」
伝令兵へ視線を向ける。
「第四軍と合流後、そのまま亜水へ向かえとのことです。第一・第二軍とも現地で合流し、滎陽攻略戦へ移行します。」
風藍が頷く。
「それでは、進路変更は無し、ということですね。」
「ええ」
「了解しました」
風藍は静かに振り返る。
「みんな、予定通り進もう。丸城の仇は、この戦場で討とう」
「「はっ!!」」
三百の兵が声を揃えた。
風藍隊は再び馬を走らせ、青い軍旗が風に揺らされる。
◇ ◇ ◇
「あれは……」
しばらくすると、遠くに無数の人影が見え始めた。
農民兵。徴兵された歩兵たち。
第四軍本隊である。
「藍様」
龍炎が口を開く。
「ようやく追いつきましたね」
「うん」
風藍は安堵したように笑う。
「予定より早かったね」
「当然です。我らの馬は精鋭ですから」
「また贔屓して」
「事実ですから」
龍炎は真顔だった。
思わず風藍が苦笑する。
歩兵へ話を聞くと、もう間もなく野営地へ到着するということだ。
「それなら私たちも今日は休もう。いつ戦になるか分からないし」
「分かりました」
「馬も兵も休ませておこう。」
「「はっ!」」
そのまま歩兵たちと並走していると――。
「おーーーい!!」
聞き覚えのある大声が響く。
「ん?」
風藍が馬を止める。
「あっ」
丘の上から勢いよく手を振る少年がいた。
「風藍じゃねぇか!!」
その姿を見た瞬間。
風藍の表情がぱっと明るくなる。
「信くん!」
信は相変わらずの笑顔で駆け寄ってきた。
「久しぶり!」
「おう!そっちも元気そうじゃねぇか!」
その隣では龍炎も苦笑している。
「……信」
「おお!龍炎の兄ちゃんもいるじゃねぇか!」
「相変わらず騒がしい奴だな。お前は」
「へへっ」
身分など意にも介さない。
士族も平民も関係なく笑いかける。
それが信だった。
その様子を見た近くの歩兵が慌てる。
「お、おい。信!」
「士族の方々だぞ!」
「信くん。そんな口の利き方はいけませんよ……!」
「ん?」
信は首を傾げる。
「別にいいだろ?」
風藍は思わず吹き出した。
「ふふっ。信くんらしいね」
その日の野営。
風藍隊は信を天幕へ招いた。
「おぉ……」
信は中を見回す。
「やっぱ隊長の天幕って広ぇな!」
「そうかな?」
「ああ!壁の兄ちゃんの天幕もでかかったけど、ここも負けてねぇ!」
「壁さん?会ったの?」
「おう」
信は豪快に笑う。
「途中で会った。今じゃ千人将だぜ!千人将!」
「千人将……」
風藍は静かに頷く。
内乱の後も壁は戦場へと出続けた。
大王派武官として武功を積み重ねた結果が今なのだろう。
(壁さんも前へ進んでる。)
自然と笑みが浮かぶ。
すると信が拳を握った。
「見てろよ!俺もこの初陣で武功を立ててやるからな!」
「そっか、信くんはこれが初陣なんだ」
「おお!絶対将軍になってやるぜ!」
その瞳には迷いがない。
風藍も頷く。
「うん。信くんなら、きっと何かやってくれそうな気がするよ」
「当然だ!」
信は胸を叩く。
「俺は天下の大将軍になる男だからな!」
その言葉に風藍は小さく笑う。
「天下の大将軍……」
亡き親友・漂と交わした約束。
信にとって、それは命より重い夢だった。
風藍も静かに空を見上げる。
(私も負けない。まずは、中華十弓。そして、誰もが知る将軍になる)
戦乱の世。
同じ空の下で、それぞれが違う夢と同じ将軍という目標を追っている。
だからこそ、この時代は面白い。
「ねぇ、信くん」
風藍がふと思い立って口を開く。
「よかったら風藍隊へ来ない?」
「へ?」
信が目を丸くする。
龍炎まで驚いた。
「藍様!?」
「龍炎だって、信くんの強さは知ってるでしょ?」
信のような兵がいれば、きっとどの部隊であっても戦力が増す事はまず間違いない。
「それは……そうですが。本気ですか?」
風藍は笑う。
「信くんは、まだ正式配属じゃないんだよね」
「ん?ああ……」
信は頭を掻く。
「今はくたびれた伍長と腐れ縁の兄弟、それと変なのが一人いるだけだ」
「へぇ、なんだか面白いね」
「…………」
「どうかな?」
少し考えたあと、信は首を横に振った。
「ありがてぇ話だけどよ。俺は自分の力だけで武功を立ててぇ」
「信くん……」
「誰かの力じゃなく。自分で将軍まで登り詰めてぇんだ」
その言葉に風藍は優しく笑った。
「そっか。振られちゃったね」
「信!」
龍炎が思わず声を荒らげる。
「藍様のお誘いを断るとは!」
「だから悪ぃって!」
信が苦笑する。
「てか、それにさっきまで反対してただろ龍炎の兄ちゃん!」
「……それとこれとは別だ」
「めんどくせぇ!」
天幕に笑いが広がる。
風藍はそんな二人を見つめながら思う。
(やっぱり。信くんは誰かの下で終わる人じゃない……か)
彼はいつか必ず。自分と肩を並べる将になる。
そんな確信があった。
翌朝。
風藍隊は再び進軍を開始する。
目指すは亜水。
そして――蛇甘平原。
秦と魏、両国の命運を懸けた大戦が、いよいよ幕を開けようとしていた。