亜水へ向かう進軍の最中――。
秦軍の行軍列を揺るがす報が届いた。
「滎陽に布陣していた魏軍が……動いた!?」
伝令の言葉に、風藍は馬上で顔を上げた。
「魏軍総大将・呉慶が全軍を率いて出陣。こちらへ向け、進軍を開始したとのことです!」
「……呉慶将軍が。色々してくる人だね」
風藍の目が細くなる。
魏軍総大将・呉慶。
秦軍が亜水へ向かうことを予測した上で、城に籠るのではなく、自ら軍を率いて打って出た。
つまり――。
「戦う場所を、向こうから選んできたという事ですね」
龍炎が低く呟く。
その言葉通りだった。
ほどなくして秦軍にも総大将・麃公からの命令が下る。
迎撃地点は――。
滎陽と亜水の中間。
広大な平地が広がる場所、蛇甘平原。
「蛇甘平原……」
風藍は地図へ視線を落とした。
広い。あまりにも広い。
身を隠す場所は少なく、見渡せば数里先まで見通せるほどの平地が続いている。
そして――。
「魏軍の戦車隊が最も力を発揮する場所ですね」
龍炎が言う。
「うん」
風藍は頷いた。
「普通なら、避けたい場所だよね」
「はい」
魏軍の戦車隊。
それは魏軍が誇る強力な突破兵器だ。
平地を疾走する戦車の突撃力は凄まじい。
真正面から受ければ、歩兵の隊列など容易く蹴散らされる。
それなのに――。
麃公は、その平地を戦場に選んだ。
「……麃公将軍って、変わった将軍だね」
「変わった、ですか?」
「だって普通なら、敵の得意な場所で戦おうとは思わないでしょ」
「それはそうですね」
風藍は前方を見つめる。
「でも――」
その口元が、ほんの少しだけ笑った。
「麃公将軍には、相手にとって有利だと思えるその戦場で勝つつもりなんだ」
「……」
「たぶん、この戦は丘を取った者が制する」
蛇甘平原には、いくつもの小高い丘が存在している。
平地を見渡せる高所。
そこを押さえれば、敵の動きを把握できる。
逆に――。
「丘を取られれば、戦場そのものを握られる」
「……つまり」
龍炎が目を細める。
「平地で魏の戦車を受け止めながら、高所を奪い合う戦になりますね」
「そういうこと」
風藍は頷いた。
「面白くなってきたね」
「……藍様は、こういう時ほど楽しそうですね」
「そう?」
「はい」
龍炎は苦笑した。
「戦場に出ると、人が変わられます」
「失礼だなぁ。私も変ってこと?」
「いいえ、褒めているのです」
「なら、いいけど」
「本来であれば、すでに藍様は五百人将の地位。武将の中に割って入れるだけの力があるのですから」
「もう、まだ言ってるのそれ?」
嬴政様から提案された五百人将昇格の推薦。
それを断ったことを、彼は未だ気にしているらしい。
そんな会話を交わしていた、その時だった。
「風藍様!!」
左方を進んでいた兵が声を上げた。
「どうしたの?」
「左方より騎馬隊が接近!!こちらへと向かっているそうです!」
龍炎が即座に槍へ手を添える。
「敵か?」
「いえ!秦軍の旗を掲げています!」
「味方なの?数は?」
「騎馬、およそ百!」
「百?徴収兵の団体でしょうか?」
一拍。
「その後方に歩兵も続いています!」
「そっちの数は?」
「二百程度かと」
「……じゃあ、合わせて三百人規模?」
風藍が顔を向ける。
やがて遠方に砂煙が上がった。
その中から、次第に騎馬の姿が浮かび上がってくる。
先頭には秦の旗。
そして――もう一つ。
「……楼の文字?」
風藍が目を細めた。
先頭の騎馬兵が声を張り上げる。
「この一団は第四軍の徴収兵で間違いないか!!」
こちらの軍団の兵が答える。
「ああ!そちらは!」
「南軍所属の特殊三百人隊――
「楼牙隊……」
「特殊三百人隊だと!?」
風藍隊の兵たちがざわめいた。