特殊三百人隊。
その馴染みのある言葉に、主に風藍隊の視線を突如として現れた一団が集める。
「私たちと同じ……?」
「楼牙隊って、確か……」
近くでそう聞こえ、視線を向ける。
「周輝」
風藍が彼の名を呼ぶ。
「は、はい」
「知ってるの?」
「ええ、名前だけですが」
周輝は頷く。
「南軍に、我らと同じく独立遊軍として動いている三百人隊がいると」
「……そう」
風藍は、近づいてくる一団を眺めた。
騎馬が百、その後ろに続く歩兵が二百。
装備は決して華美ではない。
だが、兵たちの目に、妙な鋭さがある。
一言で言えば、荒々しい。
洗練されているとは言い難い。
それでも、一人一人が戦場で生き残ることに慣れている。
(……私たちとは、少し違う空気を感じる)
その先頭で馬を止めた男が、こちらを見た。
かなり若い、私と同じくらいだろうか。しかし、その目は鋭い。
「あんたがこの一団の大将か?」
「ううん、私はここの騎馬隊を束ねてる三百人将だよ」
「そっか。妙に強い気配を感じる奴がいると思ったけど、俺と同じ三百人将か」
「じゃあ、貴方がこの部隊の隊長?」
「ああ、
男はそう名乗る。
「そっちは?」
それに応えるように、風藍も馬を進める。
「私は風藍隊隊長の風藍です」
ざわっ……。
それを聞いて、今度は楼牙隊の面々が反応を示す。
「……へぇ」
一瞬。
二人の視線がぶつかった。
「なるほどな。お前が風藍か」
「え?」
「噂は聞いてる」
楼牙はニヤリと笑った。
「噂?」
「ああ、北軍所属の特殊三百人隊。相当やると聞いてる」
「私たちの事、知ってるんだ」
「前線で聞いたんだ。風羅将軍の孫娘で独立遊軍として戦場を駆け回ってる女隊長がいるってな」
「そんなところまで広まってるんだ……」
「南軍でも何度か耳にしたぜ」
その横から龍炎が胸を張る。
「当然ですよ。なんと言っても藍様の名は――」
「龍炎」
「はい?」
「自分で言うのはやめよう」
「……は」
分かりやすく肩を落とす龍炎。
そんな彼に、風藍は苦笑する。
こういう時、すぐに龍炎は高らかに私の自慢をしようとする。
だが、楼牙は気にした様子もない。
「ふーん、そこの騎兵も強そうだな。そうか、そいつがお前の副官か」
それから、風藍隊を見回す。
「確かに、噂になるだけのことはありそうだ」
どこかこちらを見定めているような物言いだ。
「……どういう意味?」
「いや」
楼牙は肩をすくめる。
「いつか風藍隊はこの目で見てみてぇなと思ってたんだ。お前、俺たち小隊の将の中じゃ、そこそこ有名だからな」
「そこそこ……だと」
「龍炎」
「は、はい」
風藍は龍炎の言葉を遮る。
しかし、風藍は反対に他の特殊部隊に興味を持った。
「楼牙隊は、どういう部隊なの?」
「俺たちは元々、南軍で集められた寄せ集めの連中だ」
楼牙が後ろを振り返る。
「俺も村の出身で、今の地位は自力で手に入れた。この隊には、元は農民だった奴もいりゃ村の荒くれもいる。まともな家に生まれてねぇ奴だって多い」
(確かに……)
それを聞いて風藍は、楼牙隊の兵たちを見渡す。
士族とは違う空気。その理由が少しだけ分かったような気がする。
「でもな――」
楼牙は笑う。
「だからこそ、誰にも負けたくねぇ。その意思だけは全員が持ってる」
その言葉に、後ろの兵たちが良い顔で笑った。
「同じ釜の飯を食って、同じ戦場をくぐってきた連中だ。腕っぷしだけなら、そこらの正規兵にゃ負けねぇよ」
「……なるほどね」
風藍が頷く。
育ちは決していいとは言えない。けれど、それ相応の経験を重ねて来たというわけだ。
すると楼牙は、何気ない口調で続けた。
「ま、風藍隊ほどじゃねぇかもしれねぇけどな」
「……え?」
風藍が瞬きをする。
龍炎の眉がぴくりと動いた。
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だ。血筋だけじゃ、ここまでの噂にはならねーよ」
楼牙は悪びれもしない。
「お前らの隊が強いってのは認めてる。噂だけじゃなくて、実際にこの目で見てそう感じた」
「そ、そう?」
「だが――」
口元を吊り上げる。
「俺たちは、お前ら以上に下から這い上がってきた」
「……」
「同じ三百人将かもしれねぇが、一兵卒から始めた俺と、名家のお前とじゃ違うものもあるだろ?」
その言葉に、明らかに空気が変わった。
龍炎が一歩、いや他の兵たちも前へ出る。
「貴様――」
「龍炎」
風藍が手を上げる。
「ですが、藍様」
「いいよ。それに、本当のことでしょ」
風藍は楼牙を見る。
私は初陣の時から伍什長だった。始まり方は、確かに違う。
「言いたいことは分かったから」
そして、小さく笑う。
「つまり、同じ三百人隊として、負けたくないってことでしょ?」
「そうだな」
「なら、簡単だね」
風藍は前を見る。
遥か彼方。
蛇甘平原が広がっている。
「この戦場で決めればいい」
「……!」
楼牙の目が鋭くなる。
「へぇ、気に入った」
だが、その直後。
「おい楼牙!」
後方から声が飛んだ。
一人の青年が馬を寄せてくる。
「初対面の相手に喧嘩売るなよ!」
「喧嘩じゃねぇ。挨拶だ」
「どんな挨拶だよ……」
青年は呆れたようにため息を吐いた。
「申し訳ありません、風藍隊の皆さん」
丁寧に頭を下げる。
急な礼儀正しい青年の登場に、少々戸惑う。
「お前は」
「私は、一応こいつの副官です。すみません、うちの隊長は昔から負けず嫌いなんです」
「
「事実だろ」
「……」
楼牙が黙る。
「……図星なんだ」
「うるせぇ!」
周囲から笑いが起きる。
風藍も思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「……何がおかしい」
「ごめんごめん」
だが、龍炎だけは笑っていなかった。
「藍様」
「うん?」
「我々が侮られていることだけは、どうかお忘れなく」
「うん、分かってるよ。私だって負ける気はないしね」
「ならば、存分に」
龍炎が楼牙を見る。
「楼牙とやら、この戦で、我らの力をその目に焼き付けるがいい」
「ちょ、ちょっと龍炎。別に啖呵を切るのを許したとかじゃ……」
「はっ!望むところだ」
しかし、楼牙も笑う。
「どっちが上か、戦場で決めようぜ」
「ふっ、当然うちの隊に決まっている」
「んだとぉ?」
風藍は頭を抱える。
その様子を見た海斗が、思わず吹き出した。
「……なんか、そっちも大変そうですね。風藍三百人将殿」
「そうみたいですね。お互いに」
「ええ、まぁ」
海斗は楼牙を見る。
「うちも似たようなものです」
「おい海斗」
「はいはい」
再び笑いが起こる。
だが、その空気を切り裂くように、遠くから低い地鳴りが響いた。
「!」
ドドドドドド……。
笑い声が止まる。
誰もが前を見る。
地平線の向こうで砂煙が上がっている。
その規模は、明らかに尋常ではない。
風藍は目を細めた。
遠くに広がる大地。
その先に待つ魏軍。
そして、これから始まる大戦。
「行こう」
風藍が手綱を握る。
「蛇甘平原へ」
「「はっ!!」」
風藍隊が動き出す。
「しゃっ!俺らも行くぞ」
「「おおっ!」」
その隣を、楼牙隊も進む。
同じ三百人隊で同じ秦軍。
そして、互いに一歩も譲る気のない、二つの遊軍。
風藍は前を見据えた。
(……面白い人たちだ)
少しだけ、口元が緩む。
だが、その目はすでに戦場を見ていた。
蛇甘平原。
そこには、魏軍総大将・呉慶。
そして、魏が誇る戦車隊が待ち受けている。
まもなく、秦軍と魏軍。
両軍合わせて数万の兵が、この大地で激突する。
その戦場で、風藍隊と楼牙隊。
二つの牙を持つ者たちが、初めて同じ戦場へ放たれる。
どちらが強いのか。
答えを出すのは、将でも兵でもない。
この蛇甘平原そのものだった。