ドン――
ドン――
ドン、ドォン!!
重く、腹の底に響く戦鐘が荒野を揺らした。
「……来たね」
前方の兵が叫ぶ。
その声は波のように広がり、左翼全体へと伝播する。
ざわ……ざわ……。
兵たちの呼吸が揃う。
武器を握る音、鎧の軋み、すべてが一つの流れに収束していく。
こんな空気を生で感じるのは初めてだ。
「第一陣の士気は上々……かな」
風藍はゆっくりと振り返った。
「みんなも、準備はいい?」
五十騎。
その全員が、すでに戦う目をしていた。
「「は!!」」
鋭い返答。
「愚問だったみたいだね」
その中でも、ひときわ存在感を放つ男が一人。
龍炎が槍を肩に担ぎ、静かに笑う。
「いつでも参れます、藍様」
風羅軍に配属され、僅か数年で千人将にまで上り詰めた実力者。
その男が、副官としてここにいる。
これ以上の頼もしさがあるだろうか。
だが――。
だからこそ、負けられない。
風藍は深く息を吸い込む。
肺の奥まで、戦の空気を入れる。
そして――
「これが私の初陣」
瞬間、後方から声が上がる。
「第一陣――突撃!!」
「「うおおおおおおおおおっ!!!」」
左翼一千五百。
地を揺らし、怒涛の如く駆け出す。
「いくよ!!」
風藍も叫ぶ。
「みんな!!」
「「おおおっ!!」」
ドドドドドド――ッ!!
騎馬が砂煙を巻き上げる。
それに応じるように敵軍三千が動いた。
「来るぞォ!!」
「迎え撃てェ!!」
怒号。鉄音。
敵は迎撃の体制だ。
そして、両軍が激突。
ガギィィン!!
槍と槍が噛み合い、火花が散る。
ズバッ、と剣が肉を裂いて血飛沫が舞う。
「ぐあああっ!!」
「押せぇ!!」
一瞬で地獄へと変わる戦場。
「これが……」
風藍の瞳が揺れる。
(これが戦場……)
いけない。飲まれるな。
止まらない。止まってはいけない。
風藍は弓を構える。
「……ふぅ」
息を整えて、狙う。
――一射。
ヒュンッ!!
ドスッ!!
「がっ……!?」
騎馬の男の頭を撃ち抜いた。
「隊長ォ!?」
崩れ落ちる。
初めて、人を射抜いた。
風藍は無意識に、敵の指揮官を見つけ鎮圧する。
「見事です、藍様」
龍炎が前に出る。
ドゴッ!!
槍で敵兵を弾き飛ばす。
「敵は近寄らせません! 存分に力を発揮してください」
「龍炎……。うん、お願い」
一瞬で空間を作る。
「敵部隊長が討たれたぞ!!」
「今だ、押し込めェ!!」
「っ! 待って!!」
風藍の声が戦場に刺さる。
「風藍様?」
動きかけた味方が止まる。
「一度、固まって!」
「「は!」」
五十騎が瞬時に集結。
円陣。
即席の防御陣形が完成する。
風藍はその中心で戦場を見渡す。
「……やっぱり」
眉が寄る。
「兵力差が……大きい」
正面では秦軍が押し返され始めている。
「それは、元々こちらの兵数が少ないからでは……」
「ううん、それだけじゃないよ」
数の圧、重み。
それはもちろんだけど、敵のこの異様な指揮の高さは……なに?
このままじゃ、押し切られてしまう。
「藍様」
龍炎が低く言う。
「……あれを」
指差す。
敵陣中央。
そこには、巨大な影。
「うおおおおおおおっ!!」
斧が振るわれる。
ドガァッ!!
十人近くがまとめて吹き飛ぶ。
「ぐああっ!!」
圧倒的な暴力。
「……あれが敵の副将」
三千を束ねる男。
強い……。
だが、それ以上に。
「遠いいですね」
「ここからじゃ……届かない」
矢が届く距離ではない。
正確には、届くだろうが兵が邪魔をする。
この乱戦で正確に抜くのは……無理。
「藍様」
龍炎が問う。
「どうなさいますか」
沈黙は一瞬。
そして。
「……少しだけ」
顔を上げる。
「近づくよ」
龍炎の口元が歪む。
「強気ですね。承知致しました」
風藍は振り返る。
「みんな、聞いて!」
視線が集まる。
「この隊を三隊に分ける」
ざわっ――。
「この少ない五十をですか」
「うるさい。藍様には考えがあるのだ」
風藍は短時間で説明する為、早口で進める。
「第一部隊を十人。第二、第三は二十ずつ」
地面に線を引く。
「第一は左から回り込んで、敵を押してほしい」
小石を置く。
「第二は正面支援。味方を崩させないで」
そして。
「第三部隊は」
龍炎を見る。
「私と前に出る」
静寂。
「狙うのは、副将の首だ」
空気が変わる。
「私たちで」
風藍の声が低くなる。
「戦を、動かすよ」
「「おおおおおっ!!」」
一斉に応じる。
「行くよ!!」
早々に指示通りに分散し、同時に動く。
第一隊――側面突入。
「押し込めェ!!」
横から食い込む。
敵陣が揺れる。
すかさず第二隊が支援。
「踏ん張れ!!」
味方の穴を埋める。
戦線が、わずかに前へ。
その隙に、
「行くよ!!」
風藍、龍炎。
第三隊が突っ込む。
「なんだ貴様ら!!」
「邪魔だァ!!」
龍炎が前に出る。
ブンッ!!
槍が唸る。
ドガッ!!
「ぐはぁっ!?」
敵兵が吹き飛ぶ。
「道を開きます! 藍様は前へ!!」
「お願い!!」
風藍が駆ける。
走りながら、放つ。
ヒュンッ!!
ドスッ!!
「!?」
敵が声もなく射抜かれる。
近づきながら、確実に数を削る。
「まだ敵が多い……」
敵だけではない。味方にも当たらぬように気を配らねば。
さらに前へ。
龍炎が切り裂く。
「どけェ!!」
ズバッ!!
「もう少し……!」
乱戦を縫って、突き進む。
そして、ついに――。
「見えた!!」
敵副将。
「すぅ……」
馬を止める。
世界が静まる。
近くの兵たちが風藍を囲む。
(風を……)
読む。
距離に軌道。
全てが繋がる。
「ここからなら――」
弓を引く。
「十分狙える!!」
ヒュンッ――!!
ドスッ!!
「が……っ!?」
副将の喉を矢が突き破る。
巨体が揺れる。
「副将!?」
「龍炎!!」
「はっ!!」
爆発的、龍炎の加速。
一直線に進み、敵陣を突破。
「止めろォ!!」
間に合わない。
ズドンッ!!
さらに一矢。
胸を貫く。
「ぐ……あ……」
巨体、崩落。
ドォン――……
静寂。
次の瞬間。
「風藍隊の風藍が!!」
龍炎が叫ぶ。
「敵副将を討ち取ったぞォ!!」
「「おおおおおおおおおおっ!!!」」
爆発した。士気が弾ける。
「押せェ!!」
「今だァ!!」
秦軍が雪崩れ込む。
対して敵は、混乱の最中にいた。
「副将が……!?」
「終わりだ……」
総崩れ。突然の終結。
黒坊がそれを見据える。
「……決まったな」
一歩前へ出て、手を挙げる。
「全軍に伝達!!」
響く声。
「敵は崩壊した!深追いは無用!!隊列を維持し、ここで戦を終える!!」
「「ははっ!!」」
やがて――
風が吹く。
血の香りと砂を運ぶ。
「……終わった」
龍炎が息を吐いて、風藍を見る。
そこには、戦を越えた目をした少女がいた。
「うん」
静かに頷く。
「勝ったね」
だが。
その視線は、倒れた兵へ。
「……これが」
小さく呟く。
「戦なんだね」
ドン――
終戦の鐘。
どうやら、中央軍も上手くやったらしい。
風藍は一度目を閉じる。
そして開いた。
そこにあるのは、勝利だけではなく、覚悟だった。
「……行こう」
風藍の初陣を飾った一戦は終わった。