ある日、エルフの世界に迷い込んだら   作:1669syakusyain

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一.ある日森の中エルフさんに出会った。

3月10日

 

4年間の大学生活もいよいよ終わりが近づいている。卒論は2月に終わり、私は通学のためのアパートを引き払い、実家に帰ってきていた。

 

大学生活の終わりを感じてどこかソワソワしている。この気持ちも、実家に帰ったら落ち着くかと思っていたがそうでもない。4月1日が迫り、仕事をするのが楽しみな反面、自由気ままな生活ができなくなると思うと少し憂鬱だ。

 

研究室生活ですっかり朝型になった私は毎朝近くの森に散歩に行くことで、そんな気分を晴らしている。

 

森は市街地と反対の方向にある。森の中の整備された道を40分ほど登ると、15平方メートル程の小さな広場に出る。左手に木のベンチが1つ、右手にボロボロの赤いカラーコーンが置かれている。正面は木々のない開けた崖になっていて、生まれ育った街並みが広がっている。

 

崖は10m程の高さで、早朝この位置から見おろす街は淡い色の朝日で照らされてとても綺麗だ。左下にある中学校から川、グラウンド、病院、駅、時計回りに景色を見渡すとそれぞれの場所との思い出が巡って懐かしい気持ちが溢れる。しかし朝6時にはどこも人の気配がなくて、思い出と違うその静けさはどこにでもいる私という人間をふいに非日常へと押しやってしまう。

 

今日も丘に向かって森の中の道を歩く。丘まであと半分といったところで、右奥の木々の隙間からその先にある池に誰かがいるのが見えた。この辺りでは珍しく水の澄んだ池だから、散歩のついでに立ち寄ったのだろう。邪魔をしないようにさっと抜けてしまおうと思い早足で道を進んでいく。

 

もう少しで池というところでどんな人が来ているのだろうという好奇心が出てきてしまい、歩みをゆっくりにしてこっそりと池の方を見ると、遠目には2m近くありそうな異様に背の高い女に見えた。挨拶でもしようと思ったがあの背丈は日本人では滅多に見かけないため、恐らく外国の人だろう。あいにく私は英語が得意ではないため、挨拶しようという気分は失せた。なんとなく肩透かしを食らった気分でまた歩みを進める。

 

池へ向かう道はゆるく曲がっていて、アスファルトの片側にだけ朝日が差していた。道の端には背の低い草やシダが並び、乾いた土の上で濃い緑の葉が朝露を鈍く光らせている。足元はからっとしているのに、少し奥へ目をやると、じっとりとした空気が残っていた。

 

*鳥の声も途切れて、自分の足音だけがやけに大きく聞こえた。水辺が近いせいか、空気も少しひやりとしている。池の入り口まで来たところで、ついもう一度そちらを見た。*

 

*水面に波紋が広がっている。なのに池の周りにも水中にも女はいない。いや、違う。いた。ただ、そんなところにいるとは思わなかっただけだ。*

 

*女は池の水の上に立っていた。*

 

*足首のまわりを風が渦のように巻いている。背は高く、耳は長い。肌は薄緑色をしていて、人間ではないことだけは分かる。私はその異様な光景に目を奪われた。*

 

*エルフ。そんな言葉が遅れて頭に浮かんだ。*

 

声が出ず驚きながらも少しずつ近づいていくと女は私に気づいて

 

「**◎△$♪×¥●**」

 

意味のわからない悲鳴をあげて池の奥の方に向けて水の上を走っていく。

 

私にだって22年生きる中で培った常識がある。見知らぬ女の子を走って追いかけるなんて普段なら絶対しない。しかし、そんな常識を考えるよりも先に彼女を追いかけた。この異常な光景を逃したらきっともうチャンスは巡ってこない。池の上を歩くなんて非日常が手元から離れていく。それだけは我慢ならなかった。

 

「ちょっと待って!」

 

呼びかけても、女は振り向かない。夢中で追いかける中、胸を占めるのは純粋な好奇心のみだった。女は水の上を走る。見た目ほど早くはない。けれど、こちらは池を回らないといけない。私は池の端を飛び越えて少しでも距離をつめた。

 

大学生になってから、全力で走ることなんてほとんどなかった。それでも身体は覚えていたようで、どんどんと距離が詰まる。腕を大きく振る、身体を引きつける。右足を真下に叩きつけ、左足を水平に引き上げる。身体が1本の線になる。あと20mで追いつくというところで女は池の奥の整備されてない斜面の方から山の下へ降りていく。

 

全力で追いかけるが、どうやら足の周りを回っている風を上手く使ってぐらぐらの地面も倒木も軽々と超えていく。差が全く縮まらないどころか少しずつ差が開いていった。どのくらい追いかけただろうか、もう遠目にしか映らなくなってしまったところで

 

彼女は前方に山猿と猪を見つけて立ち止まり

 

「**◎△$♪×¥●**」

 

また意味のわからない悲鳴をあげている。

 

野生動物を風で吹き飛ばさないところを見ると、なんでもできるわけじゃないのだろう。そう思うだけで少し心が軽くなる。猿よりも猪よりも未知の魔法使いの方が何倍も怖かったのだ。

 

彼女はすぐに山猿と猪を避け、また走りだした。私も続いて山猿達の横を走り抜ける。このまま見失うかと思ったものの、斜面を下りきって地面は平らになり、またどんどんと差が縮まっていった。もうあと少しで追いつく、そう思ったところで彼女は

 

「**×¥●&%#!**」

 

と叫び何かを見つけたようだった。そこには大きな穴があった。その直後彼女は

 

スポンと大きな穴に落ちていった。

 

彼女は穴に吸い込まれるように消えた。追いつけなかったと分かって落ち込むと同時に、ドッと疲れが襲ってくる。疲れを誤魔化すため息を整え、土管ほどの大きな穴を覗く。ヒヤリとした風が吹きあげてくる。穴は斜め下にまるでどこまででも続くようだった。

 

引き返すべきだと分かっていたのに、私はその穴を滑っていった。

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