蛇足物語 作:ロバと子いぬ
「試合開始です!」
試合開始と同時に両チーム自陣から飛び出していく。おっと、黒鬼のこの配置は……。
「おーっと! 黒鬼はトライデント! トライデントです!」
トライデント。トップ、ミドル、ボトムの3レーンがある『SENGOKU』において、1-1-1の三人が別れて進む陣形だ。『SENGOKU』の定石は1-0-2か2-0-1の上下に分かれる陣形が主流なので、トライデントを敢行してしまうと、ほとんど必ず上下のレーンに向かったどちらか一人は二対一の不利を背負うことになる。つまり、相当腕に自信があるか、あるいは
「舐めてますね。黒鬼」
相手を舐めてないと取らない戦法だ。
「ですが、俺がかぐやちゃんたちに伝えた予想通りの状況です」
「そうなんですか? ヘビノブくん」
「『黒鬼は最初はトライデントで来るだろう』とは伝えてあります。なんせ黒鬼は自信家で、それに伴った実力もあり、かつエンターテイナーです。華がある陣形を取ると思いました」
「なるほど! じゃあかぐや・いろPチームはそれに合わせてどういった作戦を練ってきているのでしょうか」
当然の疑問だ。でもね琴さん、それわかってて聞いてるでしょ。
「残念ながら突飛な対抗策はありません。地力が違いますからね。一人の方は耐えて、二人で当たれた方が有利を活かして勝つ。トライデントにはトライデントで対抗したいところですが、全員が一対一で当たると勝ち目がないので定石通りにするしか無い予定でした」
「流石に王者黒鬼は伊達じゃないということですね。ところで『予定でした』というのは?」
「事前の予定では、かぐやちゃんといろPがペアで、まみまみさんが一人で逃げながら耐えるという予定でしたが、まみまみさんの代わりにお助けヤチヨが入りましたからね。チームパワーの差でヤチヨにもバフが掛かっているでしょうし、一対一でヤチヨが勝つ目もあります。かぐや・いろPチームが両ヤグラを取得する可能性もあるかもしれません」
そう。元々は、諫山さんにはヤグラを取られないようにしながら耐えてもらって、パワーのあるかぐやちゃんと俺と多少打ち合える実力のいろPでヤグラを取る予定だった。トライデント相手だとヤグラを取られた時点で苦しいからな。だが、ヤチヨならタイマンでも勝てるし、時間稼ぎならもっとできる。ヤチヨとは事前に作戦を共有できてないからどうなるかはわからないが、そこはいろPがなんとかするだろう。
「さぁ、トップレーンはかぐやといろPに対して帝が! ボトムレーンはヤチヨに対して乃依がぶつかりそうです! 雷はミドルレーンを悠々進んでいます!」
各々が各々のビークルに乗りながら移動して、そろそろ中間でぶつかる。黒鬼とヤチヨは安全な地上ビークルで進んできて、かぐやちゃんといろPは飛行ビークルだ。というかかぐやちゃんは武器に乗って飛んでいた。
飛行ビークルの方が速いが、一定以上自軍陣地から離れると遠距離ミニオンに集中砲火されるため、降りる必要がある。結果ヤグラ付近にはやや飛行が早いくらいでどちらも同じくらいのタイミングで着くようになっている。
まず動きがあったのはトップレーン側だ。飛行ビークルから降りてミニオンを倒していたいろPのところに銃撃が届いた。『SETSUNA』と違い、銃のダメージ倍率が普通の『SENGOKU』では、銃弾一発も命取りになる可能性がある。いろPはすかさず岩場に隠れて射線を切り、ブーメランにした刃で反撃をした。高台から打ち下ろしていたアキラはそれを軽く避けながら距離を詰める。
ブーメランを回収して剣にしたいろPと、銃を格納して金棒を握ったアキラが、互いの距離を詰めてそれぞれの獲物を振るった。
キィン、と金属の音がして、互いの獲物がぶつかり合って火花が散る。
『お前、彩葉だろ』
『チガイマス』
え? いまアキラなんて言った? 彩葉って言った? てかなんで酒寄さんも否定してるんだ? どういう? え?
鍔迫り合いを引き剥がしたのは、いろPの背後から飛んできたかぐやちゃんのウナギミサイルだ。なんでウナギ型なのかは知らない。
『彩葉ー!』
『あっ、おい』
かぐやちゃんは相変わらず酒寄さんを本名で呼んでいる。名字が出てないからセーフなのか? いやセーフじゃないな。酒寄さんが『おい』とか言ってるし。
鍔迫り合いからは脱したが、かぐやちゃんにツッコミを入れてよそ見をしたいろPにアキラの金棒が当たる。柔らかい着ぐるみをぺち、ぺち、と叩いているようだ。
『そのスキン当てやすくて助かるわー。そのままで後悔しない? 本気、出そうぜ』
いろPは後ろに飛んでポカポカ叩かれる状態から脱し、無言でアキラを見つめている。
そして、一瞬の間の後に、その真のアバターがあらわになった。
「い、いろPが着ぐるみを脱いだぁーっ!」
オタ公さんもハイテンションだ。オタ公さん、私用でかぐやちゃんの『KASSEN』の実況してたくらいだし、本当にかぐや・いろPチャンネルのファンっぽいからな。着ぐるみを脱いだのは相当驚きなのかもしれない。というか、俺も驚いている。脱ぐんだ。脱いでいいんだ。そんな挑発一回で脱ぐ感じなんだ。いや本当にアキラとどういう関係なんだ?
『やっぱ、彩葉じゃん』
『……』
知り合い……ではありそうだな。あんまりいい関係じゃないのか?
『久々に会えて嬉しいわー。お兄ちゃんがヨシヨシしてやろうか』
「お兄ちゃん!?」
『えっ、お兄ちゃん!?』
思わず声が漏れ出た。ほぼ同時にかぐやちゃんと同じことを言っちゃった。ど、ど、どういうことだ? え? 文字通り兄妹なのか? てかアキラ妹とかいるって言ってたっけ? 言ってた気もするな。というか、言われてみればアキラの名字酒寄だった気がする。うわ、そうだ。なんで忘れていたんだ。
「おーっと! 衝撃の告白だー! 帝といろPは兄妹だったー!?」
オタ公さんが実況で盛り上げてくれたおかげで、なんとか俺も気を取り直せた。確かに衝撃の事実だが俺から何かすることではない。よし。落ち着いた。
会場にはどよめきが広がっている。それもそうだろう。大人気プロゲーマー兼アイドルの黒鬼のリーダーと、人気爆発中ライバーのPのいろPが兄妹とか、明日のネットニュースの一面間違いなしだ。
一通りの問答を終えて、アキラといろP、そしてかぐやちゃんが再びぶつかり合う。何やら口が動いているので話しているようだが、こちらには聞こえない。クローズドのボイスチャットに切り替えて身内の話をしているんだろう。久々って言ってたし。というか兄妹で久々なのか。まぁアキラも妹の話を印象に残るほどしてなかったし、酒寄さんからも聞いたことないし、疎遠だったのだろう。
かぐやちゃんは直線的な動きでアキラに襲いかかっている。
数度打ち合いながら、人数不利をものともせずにアキラが有利を取りながら、ヤグラを守る牛鬼へと先に辿り着く。そしてウルトを使用。アキラのウルトは2秒間の超加速だ。
『もっと上手くやれよな。俺みたいに』
ボイスチャットをオープンにしたアキラが、決め台詞と共に牛鬼を撃破した。
「瞬殺だ〜〜!」
「最速出てます…!」
実況と共に、会場も盛り上がりを見せている。やっぱりアキラの人気はすごい。ヤチヨカップの最後のイベントにふさわしい盛り上がりだ。
トップレーンに動きがあるのとほぼ同時、ボトムレーンでも動きがあった。
小競り合いを続けていたヤチヨと乃依だったが、トップの動きが人数有利な割に全然ないからか、ヤチヨが牛鬼の元へと向かったのだ。傘型の武器を回転ノコギリのように飛ばして牛鬼に攻撃する。
「ボトムレーンのヤチヨも牛鬼を撃破!」
しかし飛ばした傘を回収する瞬間、遠距離から攻撃が飛来する。防ぐ術を持たないヤチヨは回避が間に合わずに命中してしまう。ダメージは微々たるものだが……鈍足だ。
「おーっと!? 乃依のカウンター! 鈍足連射だ! ヤチヨ動けない!」
「猶予1フレーム技ですが、止まりません!」
「乃依の鈍足連射は、一度受けると俺やヤチヨでも抜け出すのは困難ですからね」
このモードで一人でいる時に乃依の鈍足連射を喰らうと実質的に詰みだ。無論乃依も人間だから、1フレーム技である鈍足連射の継続は失敗することもあるが、こいつ全然外さないんだよな。今の配置で一番苦しい状況だ。
というか、ヤチヨはなんで牛鬼を倒しに行ったんだ? 作戦として時間稼ぎなのは聞いていただろうに……焦ったのか? ヤチヨが? ないか。トップで牛鬼を倒されたのを聞いて急いだの方があり得そうだ。ヤグラを両方占拠されると負けだからな。
鈍足連射を続けていた乃依だが、突然通常攻撃に変更して、ヤチヨを撃ち抜いた。これやられると油断していると必ず喰らうんだよな。そして、鈍足連射でもダメージは蓄積している。
『乃依ちゃ、足止めが狙いだったか〜ぎえっ』
ヤチヨが撃破された。
その後すぐさま乃依はヤグラを撃ち抜いた。ヤグラは遠距離からでも鐘を鳴らすことで占拠可能だ。そして一度占拠されると、取り返せない。
「乃依がヤグラを占拠しました!」
視点を戻してかぐや・いろPとアキラの戦いだが、こちらは一方的だ。アキラがヤグラへ向かうのをかぐやちゃんといろPが攻撃して止めようとしているが、止まらない。簡単にあしらわれている。実況やゲーム内アナウンスでヤチヨが負けたことはわかっているから必死に食らいついているが、歯牙にも掛けられていないな。
『うりゃ〜〜!』
『動きが直線! 解釈一致!』
ハンマーの推進力で突撃したかぐやちゃんの攻撃を見切り、アキラがその体を一閃する。
『ウェ! いってーんだけどマジ』
そんな捨て台詞を残してかぐやちゃんが倒された。残ったのはいろPだ。再びいろPとアキラの武器がぶつかり合うが……いろPの動きは精細を欠いたものだった。アキラの再びの一閃で、いろPはあっけなく倒れる。
そして、そのままアキラがヤグラを占拠した。
「トライデントのまま両ヤグラ占拠でコールドです! 鮮やかっ!」
一戦目は黒鬼が圧倒的な力を見せつけて勝利した。