蛇足物語 作:ロバと子いぬ
時間の流れというのは楽しければ楽しいほど早くなるもので、夏休みも残すところあと1週間となってしまった。この夏休みもいろいろなことをやったな……ゲームしたり、ゲームしたり、ゲームしたり。あれ、なんかゲームばっかやってないか? なんなら俺プロゲーマーなんだから仕事をし続けているのに等しいんじゃないか? 高校二年生の夏、もっと違う遊びをした方が良かったんじゃないか?
そんなことも思ったけど、まぁ時が早く流れたって事は楽しかったって事だからOKだろう。多分。
夏休みがもう直ぐ終わってしまうのは残念だが、悪いことばかりではない。夏休み終わりの八月三十日にかぐやちゃんたちのライブがある。俺はすっかり忘れていたが、ヤチヨカップの優勝景品は『ヤチヨとのコラボライブ』だ。かぐやちゃんたちもそれを目的に頑張っていたんだった。俺が『KASSEN』バカすぎて完全に失念していたよ。とにかく、夏休みの終わり際にめちゃくちゃ楽しみが誕生したのだった。最高だね。
ヤチヨカップ優勝が決まってから二週間も経たずにライブなので、かぐやちゃんと酒寄さんはめちゃくちゃ忙しいらしい。ライブの練習の他に有名になったことによる案件やコラボの誘いも多く、引っ越しもしている。酒寄さんはそれに加えて夏期講習やバイトにも行っているらしい。多忙を極めているというレベルを超えている気がするが、そこは完璧JK酒寄さん。なんとかこなしているとこの前コラボした時に言っていた。俺個人的にはライバー活動に専念してバイトは辞めてもいいんじゃないかと思ったし、実際にそう言ったが、酒寄さんとしてはそれは良くないらしい。地に足がついてない感覚になるからと言っていた。プロゲーマーとして配信でお金をもらっている俺としては少し耳が痛い話な気がしたが、それで生活できているので今のところはセーフだろう。
そんな夏休み終盤のある日、いつも通りにゲーム配信をしたあと、夕飯をなににするかなと一息ついていると、珍しくかぐやちゃんから連絡が来た。
『ノブ、彩葉のバイト先知ってる?』
突然ではあるが、別に教えない理由はないので『知ってるよ。なにかあった?』と返信を送る。数分もしないうちに返ってきたのは、
『今から一緒行こ!』
元気な一文だった。
「お、ノブ来た」
適当に身支度を済ませて集合場所にしていた最寄り駅に向かうと、かぐやちゃんが待っていた。
「ごめん。待たせた?」
「ぜーんぜん。かぐやもさっき来たとこ。いやー、彩葉のバイト先見に行きたかったんだけど、真実も芦花も今忙しいらしくてさー。かぐや彩葉のバイト先の場所知らないからノブが知ってて良かったよー」
「なるほど、それで俺が呼ばれたわけね」
「そ! それにノブ暇そうだし」
「間違ってはないけど、あんまり面と向かって言わないほうがいいね。それ」
諫山さんと綾紬さんにフラれたから俺の方に連絡が来たのは納得だ。……いや、これ本当に二人が忙しくて断られたのか? もしかして、かぐやちゃんが酒寄さんのバイト先に押しかけて迷惑をかけないようにしてたんじゃないか? そう思い至ったが、時既に遅し。もうかぐやちゃんと合流してしまっている。今から行くのをやめるのは難しいだろう。ごめん。と、酒寄さんに心の中で謝っておいた。多分このあと面と向かっても謝ることになるだろう。
「ん? どったの? ノブ。体調悪い?」
「いや、この後のことを考えてただけだから大丈夫」
真相に思い至って微妙な顔をしていたのを見られて突っ込まれた。まぁ大丈夫だろう。多分。
「じゃあ案内よろ! れっちごー!」
かぐやちゃんの掛け声で向かった先は、住宅街の隠れ家カフェ、BAMBOOcafe。ここが酒寄さんのバイト先のはずだ。この前来た時はたまたま見つけた店に入店しただけだったので、朧げな記憶を頼りに調べてきておいた。思えばなんとなくこの店にやってきた日から酒寄さんと話す機会ができた気がする。ある種の起点だったのだろう。
入り口の扉を開くと、カランコロンとドアベルの音が鳴り、俺たちの入店を店員に知らせてくれた。店内は平日とはいえ晩御飯の時間帯なのでそれなりに客は入っているが、席に座れないほどじゃない。店員さんもそんなに多くないので、お目当ての人は直ぐに見つけられる。そしてそれは、向こうからも俺たちが直ぐに見つかるということでもある。
「いらっしゃいませ〜。って、零落くん……と、え、かぐや!?」
「よっ! 彩葉!」
「こんばんは。酒寄さん……えっと、ごめんね?」
とりあえず先手謝罪をしておく。これで怒られが起きてもダメージが軽減できる。
酒寄さんは大きなため息をついた。が、特に怒ったりはしなかった。
「はぁ……まぁいいよ。どうせいつか来ると思ってたし。零落くんがここ知ってたのは失念してたけど」
「いやぁ、酒寄さんのバイト先知ってるかって聞かれたから普通に答えちゃって。まずかったよね」
「大丈夫。かぐやを止めるとかどちらにせよできなかったし」
それは、そうか。かぐやちゃんは勢いの化身のようなものだし。
「あんまりもてなしもできないけど、ゆっくりしていってね。あ、かぐやは騒がないこと」
「はーい」
そのまま俺たちは席に通された。酒寄さんはそのまま仕事に戻って行った。俺とかぐやちゃんはとりあえず席に着く。
「ところで、かぐやちゃんはなんで急に来ようと思ったの?」
「んー? 彩葉がどんなことしてるか見たかったから」
メニュー表を見ながらそんな返事をくれた。さっそく酒寄さんじゃなくてメニューを見てるけど、まぁかぐやちゃんらしいか。
「酒寄さんのこと好きなんだね」
「うん」
まっすぐな言葉だった。かぐやちゃんはいつでもまっすぐな言葉しか言わない。思わず俺はたじろいでしまった。かぐやちゃんはメニューを見てて、酒寄さんは仕事をしていたからバレなかったのが幸いだ。
「ノブも彩葉好きでしょ?」
「え?」
メニューを見たままのかぐやちゃんから、そんなカウンターパンチが飛んできた。
「ノブのこと見てればなんとなくわかるよ。ノブもコラボとかしてる時いっつも彩葉のこと見てるし」
「それ、は、……そうだね。その通り。かぐやちゃんは聡いね」
かぐやちゃんは、天真爛漫でまっすぐだが、賢くて強かでもある。コーチングをしていて思ったことだ。要領も良くて、物覚えが良い。俺の身体操作術を直ぐに吸収できたのは、相手のことをよく見ているからだ。
「じゃあかぐやパンケーキ食べようかな!」
なにをいうべきか悩んでいたら、かぐやちゃんが頼むものを決めていた。なにも考えていなかった俺はとりあえず前と同じタコライスを注文。晩御飯の時間だしちょうど良かった。
メニューの注文をした後は、かぐやちゃんは酒寄さんのことをずっと見ている。かぐやちゃんの言う『好きな人をいつも見ている』というのは、そういうことだろう。俺も酒寄さんをみる。酒寄さんは時々こちらを……かぐやちゃんの方をチラリとみる。静かにできているかを見ている……だけじゃないのかも。
「かぐやちゃんは……いいの? 俺が酒寄さんのことを好いてて」
思わず、俺はそんなことを聞いてしまった。言ってから後悔したが、吐き出した言葉は帰ってこない。
「んー、それに良いも悪いもなくない? 好きなものを好きっていうのは良いことだと思うし。それに、彩葉が好かれてるのはかぐやも嬉しい」
かぐやちゃんの返答に、何故か少し安心してしまった。俺は、何故か許しを求めてしまったのかもしれない。きっと酒寄さんに笑顔を与えられたのはかぐやちゃんだから。今酒寄さんが見ているのは、かぐやちゃんだから。
「そう、か。なんか、ありがとう。かぐやちゃん」
「よくわかんないけどいいよ!」
その後は他愛もない会話をしつつ、二人で酒寄さんのことを見ていた。酒寄さんは俺たちに見られていることに気づいて居心地悪そうにはしていたが、バイト中なのもあって、注文した品を届ける時に「恥ずかしいから辞めて」と小言を言うだけにとどめてくれた。
俺とかぐやちゃんは、酒寄さんのバイトが終わるまで待つことにした。