蛇足物語 作:ロバと子いぬ
数日経って、八月三十日。今日は
ツクヨミの一大イベントの日だ。
そう、ヤチヨの初のコラボライブ。お相手は、新進気鋭の超新星かぐや・いろP。ツクヨミの中心の特設会場で行われる。
夏休みの集大成とも言えるイベントだ。
もちろん俺も見に来てる。かぐやちゃんと酒寄さんの晴れ舞台だ。二人はここ最近このために忙しくしてたし、話は聞いても実際にどんな曲をやるかとかはあえて聞いてなかったからな。本当に楽しみにしていた。
今回は観客があまりに多いため、特設ステージの周りに星々のように輝く点になって描写されている。まぁ全員のアバターを描写していたらスマコンが熱くなって炎上してしまいそうだし仕方ない。人が乗り込んでくるのも防ぐためなんだろう。
それで思い出したが、ツクヨミのサーバーってどうなってるんだろうな。前世ではありえないくらいのMMO的なことをしているサーバーだけど、ツクヨミ関連以外だとそんなにオーバーテクノロジーを感じない世界なんだけどな。まぁ深く考えることでもないか。
今回のライブはツクヨミ内全域で配信される。オタ公さんも今回ばかりは観客になっているのか、いつものヤチヨライブでの実況もしてないようだ。星々となった観客席の頭上には大きなモニターが配置されており、おそらくそこにいろPたちがライブ中は映るのだろう。
ライブ会場の中心に社のような物が現れた。おそらく、もうすぐ始まるのだろう。
暗くてよく見えないが、社の中に人影が見える。いろPたちだろう。
開演予定時刻まで後わずかだ。
会場中心の社がポリゴンとなって消え、ステージに明かりが灯る。
ステージには三人の人影。ヤチヨ、かぐやちゃん、そしていろPだ。三人ともお揃いの衣装を身に纏っており、まさにコラボライブという出立ちだ。
髪型もいつもと異なり、ヤチヨは左の高い位置にお団子ポニテ、かぐやちゃんはヤチヨと鏡写しのような位置で長い髪を一纏めにしている。いろPは左サイドで結んだ髪型だ。三人とも、普段と少し異なる印象に見えた。
『ヤオヨロ〜⭐︎。みんな、生きるのどうですか? いい事あった? それとも泣いちゃいそう?』
いつものヤチヨのライブのように、ヤチヨの口上から始まった。ヤチヨはいつも、ライブを見に来てくれた観客たちに問いかけるような口上を上げる。
今も観客たちから思い思いの返事が返ってきている。良いことがあった報告から、辛くて死んじゃいそうなんて言葉を返している観客もいる。
『うんうん、全部大丈夫』
その全部を受け止めて、ヤチヨはいつも肯定してくれるのだ。だからヤチヨはツクヨミの歌姫足りうるのだ。そう俺は思う。
『どんなに孤独な道のりでも、楽しかったな〜って記憶が足元を照らすよ』
全てを受け止めて、全てを肯定して、そしてヤチヨなりの考えを教えてくれる。ヤチヨはチャットbotのようなお悩み相談もやってくれているけれど、そこでもヤチヨの考えを交えて相談に乗ってくれる。ヤチヨの言葉には意味があり、深みがある。そう思わせてくれる。
だが、今回はそれだけじゃなかった。
『この瞬間を忘れられない思い出にしたいから。どうか、一緒に踊ってくれる?』
いつもと変わらない最後の一言……に、感じなかった。誰かに宛てたような、あるいは自分に言っているような、不思議な感覚がした。確かにいつもヤチヨのライブ前の口上は誰かに宛てているような気がするんだけど、今回はそれ以上に何か含みがあるような、そんな感じがした。
でも、その感覚は一瞬で。すぐに俺は、ライブという熱狂の波に飲まれることになった。
すごかった。すごいとしか今は言えない。ヤチヨはやっぱり圧巻のパフォーマンスだったし、かぐやちゃんもとても楽しそうで、こっちまで楽しくなった。いろPは最初固かったけど、かぐやちゃんに手を引かれてからは氷が溶けたように表情も良くなっていた。三人とも楽しそうで、そんな楽しそうな三人のパフォーマンスを見ていたら、一瞬でライブは終わってしまった。
というか、このライブのために新曲かいてるのすごいなヤチヨ。力の入り方が凄すぎる。かぐやちゃんも酒寄さんもこのライブのことを楽しみに頑張ってただろうけど、ヤチヨもきっと楽しみにしていたのかもしれない。今までコラボライブとかやったことなかったしな。きっとどこかでやりたいと思ってたんだろう。それが、その相手がかぐやちゃんといろPなのは、なんというか、関わった俺も嬉しく思う。会場ではアキラを見てないけど、きっとアキラもそうなんだろうな。
会場は曲が終わった今も未だ熱狂に包まれている。今『かぐやちゃん結婚してくれー!』って声が聞こえたな。いまだに言ってるのかそれ。これ多分かぐや・いろPチャンネルのミームになってるだろ。かぐやちゃんといろPがいいなら良いけどさ。
そんな時、違和感が起こった。
始まりは音声の乱れだった。そして次に起きたのは、会場の上方のモニターに起こった。
月だ。
月が映し出されていた。後から知ったが、この時ツクヨミ中のライブを映していたモニターに、現実の街角のモニターに、あるいは人々が持っている個人端末に月が映し出されていた。
月がしばらく映されたかと思うと、次に映し出されてのは、謎の数字。
『2030/09/12』
おそらく日付のように見えるそれが、狂気的なまでに幾つも幾つも幾つも幾つも表示された。赤い文字で映し出されたそれは、えも知れぬ恐怖を観客たちに与えるのに十分なものであった。しかし観客たちは星々となっている。何かをできるわけでもない。見守ることしかできない。
はずだった。
次に異変が起きたのは、ステージ上だ。
演者以外の誰もが立ち入ることのできないはずのその場所に、異物が紛れ込んだ。
白い人形に、頭だけが灯籠のような形をした、異形。
それが、ステージの上に招かれざる客として上がり込んでいた。
白い異形が、何も気づいていないかぐやちゃんの腕を掴んだ。
途端にかぐやちゃんは崩れ落ちた。糸が切れた人形のように。
それに気づいたいろPが武器を出して応戦する。いろPの振るった刃は白い異形の腕を簡単に切り飛ばした。異形の傷跡からはドス黒い血液のような物が滴り落ちる。
……ツクヨミにおいてそれはありえないはずだ。アバターに欠損ができれば花びらが舞い散るはずのツクヨミにおいて、泥のような物が滴るのは異常事態としか言いようがなかった。
白い異形は一体だけではなかった。一体、また一体とステージ上に現れて、かぐやちゃんといろPを囲っていた。まるで、かぐやちゃんを狙うように。
ジリジリと、その距離を詰めていく。
ふと、一体の異形がステージの外に弾き飛ばされた。
続けて異形が弾き飛ばされていく。
ヤチヨだ。ツクヨミの管理人がここには居る。
『おいたはだめだよ』
スワイプして移動させるように、異形を取り払っていく。
異形たちはそれに対して……慌てることもなく、ただ、
『モウシワケアリマセン』
と、お辞儀を返した。……なぜ? なんなんだ?
状況が何もわからない。星となった観客の俺では、何もできない。事態を見守ることしかできない。ただわかるのは、ステージ上で膝をついて呆然としているかぐやちゃんと、それを心配しているいろPがいることから、これが予期せぬ出来事であるということだけだ。
お辞儀を返した異形たちは自ら姿を消した。
難しい顔で佇むヤチヨだったが、ライブ中なことを思い出したかのように、観客に声を張り上げた。
『今のは一体? 何が起こってしまうんだ!? 続報を待て!』
そのままステージ上の明かりは消え、ライブは終了した。
何もわからなかったが、俺の勘が一つの結論を告げていた。
モニターに映し出された月、そしてかぐやちゃんの出自。これは偶然ではないだろう。
月からの使者が、やってきていたのだ。
これにて四章も終わり。
ここからは、終わりの始まり。五章に入ります。
最後までお付き合いいただけると幸いです。