蛇足物語 作:ロバと子いぬ
決戦の日まであと二日となった。九月の十三日は金曜日なので、今日も明日も明後日も普通に平日だ。なので学校がある。俺はいつも通り学校へと通っている。
かぐやちゃんと話してから、かぐやちゃんの最後の言葉がずっと俺の心に重くのしかかっていた。
『彩葉のこと、よろしくな』
それはとても重い、重すぎるほどに重い言葉に俺には感じた。今思えば、俺が引き止めた時、かぐやちゃんはどうするべきか、どうしたいかは語ってくれたけど、本当はどう思っているかは語ってくれなかった気がする。
……いや、それは聞くまでもないことか。帰りたいと思っているなら、あんな顔はしないだろう。でも、かぐやちゃんは帰りたくないとは口にしなかった。それがきっと彼女の覚悟なんだ。そう思えば、尚更最後の言葉が重く感じる。
俺は、正直に言って、自分がどうするべきなのかわからなくなってきていた。
もちろんかぐやちゃんを引き止めたい。月人を薙ぎ倒して、追い返してやりたい。そのためにはチートを使うことも厭わない。そう思っている。
だけど……かぐやちゃんの覚悟をふいにするというのも違うというか、それは嫌な気がする。俺にはかぐやちゃんを止められない、止めてはいけない気もするのだ。
自分の中でどうするべきなのかが決まらないまま、もうすぐ決戦の日が来ようとしている。現に、今日はアキラからチートの現物を受け取ることになっている。決戦の日がもう近いことの証左だ。
今日も全然授業の内容が頭に入らないまま、学校生活を送った。
放課後、駅前でアキラと落ち合うと約束しているので、まず駅に向かった。アキラも忙しいはずだが、こっちに場所を合わせてくれた。ありがたい。
駅の改札近くに黒髪の優しげな雰囲気の男性がスマホを見ながら立っている。あれがアキラだ。
「お待たせアキラ。こっちきてもらって悪いな」
「お、ノブ。学校お疲れ」
俺は前にアキラとチームを組んでいた頃にリアルであったことがあるので顔がわかったが、実はアキラはライバーとしては顔を出していない。なのでこうやって駅とかの公共の場で待ち合わせをすることができる。
アキラがもし顔出しをしていたらこの周辺は今頃大変なことになっていただろう。それだけ黒鬼は人気だし。
ツクヨミのアキラは俺様系だが現実のアキラは優しげなので、普通にやっていれば顔バレはしなさそうなのが幸いだ。あんまり喋るとバレるかもだけど。
「じゃ、行くか」
ってことで喋るとバレるかもなので、一旦場所を移す。
アキラに連れてこられたのは高そうな個室のお店だ。アキラこいつやや成金趣味があるんだよな……と思いつつ、俺も後ろについて店に入る。
「一応俺らの立場も考えてこういう防音の店にはしといたけど、別に良かったか?」
「いや助かるよ。一応ね」
座席について一息つく。正直高そうな店すぎて一息ついたところで何となく緊張するけど。
「それで、これが例のモノな」
アキラがそう言って手渡してきたのは何の変哲もない一つのUSBメモリだ。まぁデータなのでそういうモノだろう。
「スマコンをPCに接続して、このデータを入れておけば使える、って乃依が言ってた。一応ヤチヨに確認した感じ、データを入れておくだけならチート判定にはならないらしい」
「おっけー。使う時はコマンド?」
「そうそう。効果はステ増加とウルト無限」
「えぐいな」
そんな感じで、軽く確認を済ませておく。とりあえず入れておけばいつでも使用はできるらしい。本当に楽にできるな。スマコンとかめっちゃやりにくそうな媒体なのに。
「そんな感じで、使うタイミングはノブはノブで判断してくれ」
「まぁそっちに合わせるよ。演出ってことにするならその方が良さげだし」
「おっけ。そういえば、スポンサーとかは大丈夫だったか?」
「こっちは概ね。ヤチヨパワー感じた」
「俺の方も同じ感じだな。ヤチヨに出てもらったら大丈夫だったところがほとんどだったよ」
アキラの方もヤチヨが出張ってくれてなんとかなったらしい。酒寄さんのためとはいえこっちも食い扶持を失うのは痛いからな。アキラとか人気絶頂って感じだし。まぁでもファンの方にどう思われるかはまた別か。
「ま、使わないで済むならそれでいいけどな」
「そりゃそうだ」
そこまで話したあたりで、料理が運び込まれる。コース料理らしい。少し早めの晩飯になる。
高そうすぎる料理だ。正直気後れする。アキラは慣れてそうな感じだけど。
「俺マナーとかわからないけど」
「個室だから気にすんな」
そう言われたら本当に気にしないけど大丈夫だよな。まぁアキラだし大丈夫か。
食事をしながら雑談をする。何かを話そうとすると、俺は今心に一番残っていることを話してしまう。とすれば必然、かぐやちゃんのことを話題にあげる。
「かぐやちゃんと話したんだ」
「あぁ、なんか挨拶回りみたいな感じなんだっけ? 俺らも誘ってくれて良かったのにな」
「黒鬼は忙しいだろ」
「それでもかぐやちゃんの卒業ってなるなら行きたかったんだよ」
アキラはちゃんとかぐやちゃんのファンだからな。まぁ呼ばれたくもあっただろう。忙しいのも本当だろうけど。
「それでさ、かぐやちゃんが本当に帰りたいなかってのを聞いたんだよ」
「お前……彩葉に話すなって言われただろ」
「あの場での話をだろ? 実は俺は前からかぐやちゃんの話聞いてたんだよね。だからセーフだろ」
「屁理屈だな」
「そりゃそうだけど、前から知ってたなら気づかないのも不自然だろ」
「それはそう、なのか?」
まぁその辺りは煙に巻いておく。本題じゃないし。
「それでさ、そこでかぐやちゃんの話を聞いたんだけど、本当にさ、帰りたくないのにかぐやちゃんは覚悟決めてる感じでさ……俺、酒寄さんの応援したいけど、かぐやちゃんを止めるのも違うんじゃないかって」
「……」
「かぐやちゃんの『覚悟』を尊重したい。でも、酒寄さんのことを助けたい。……どうしたらいいのか、わからなくなってきたんだ」
「なるほどな」
アキラは納得したような顔をした。
「ノブ、かぐやちゃんに食らったな」
「……まぁ、そうだな。あの時の顔が忘れられない」
「口説き文句みたいなこと言ってるよコイツ」
「茶化すなよ」
「悪い悪い。まぁでも言い方は気をつけろよ?」
そんな悪い言い方だったか? わかんねぇな。
「んで、お前の悩みだけど、解決する方法は簡単だ」
「え、まじで?」
「まぁ簡単かはノブ次第だけどな」
結構抽象的というか、難しい悩みな気がしたんだけど、アキラから見たら簡単に解決できる悩みらしい。
「その方法って何だ?」
まどろっこしいことはいいので単刀直入に教えて欲しい。
「彩葉と話せ」
「え? 酒寄さんと?」
酒寄さんと話す? それで解決? よくわからん。
「かぐやちゃん側の覚悟だけ聞いたからそうなってるんだろ? だったら彩葉の方の覚悟も聞いた方がいい。彩葉がどんな思いでかぐやちゃんを引き止めたいのか。どんな思いで俺たちを頼ったのか。それを知ればいい」
「なる、ほど」
「その上で、お前の中でどっちを助けたいか考えろ。そっから先悩むようなら俺からは何も言ってやれない」
そう言ってアキラは食事を口に運ぶ。その目は、その姿は、大人のものだった。年上からのアドバイス、という風に感じた。
「まぁ、俺からのアドバイスを参考にするかはノブ次第だが、もう時間もないからな。やるなら早めにしとけ。今夜とか」
「今夜、か。確かにそうだ」
決戦の日までもう二日しかない。
「ありがとう。アキラ」
「お安い御用さ。……俺ら、歳は離れてるけど、俺はお前のこと親友だと思ってるからな。でなけりゃ妹好いてるやつに妹と話せなんて言わないし」
「うっ、それは」
「まぁでも、その辺りは決めるのは彩葉だからな。もうアイツなら自分で決めれるだろう。人に頼るようにもなったしな」
アキラの目線はどこか遠くを見ていた。きっと、酒寄さんのことを見ているんだろう。遠くから、兄として。
「じゃあ、善は急げだ。ほら早く食え。マナーとか気にすんな。さっさと食ってさっさと彩葉に連絡しな」
「うぐ、わかったよ。ありがとな」
高そうなご飯を味もあんまりわからないままガツガツと食べる。勿体無いけど、時間のほうが勿体無い。アキラとご飯に行く機会はまたあるだろうが、かぐやちゃんの卒業ライブまでは時間がない。
俺はさっさとご飯を食べて、アキラへの礼もそこそこに急いで帰路に着いた。
酒寄さんに『今夜話がしたい』と連絡だけして。