蛇足物語 作:ロバと子いぬ
今話かなり改稿しそう。
俺は耳を疑った。
嫌な汗が流れる。
今こいつは『酒寄さんって誰?』って言ったよな。聞き間違いじゃないよな。
「誰って、成績優秀、文武両道、才色兼備、容姿端麗、人望激アツ、誰もが憧れる優等生の酒寄彩葉さんだよ。わかるだろ?」
「そんな人いたっけかなぁ」
本気だ。こいつは本気で言っている。本気で彩葉さんを知らないんだ。この学校で彩葉さんを知らない人はいない。それくらい有名人だ。それに去年はこいつも同じクラスだったはず。それで知らないってことは……、
少なくとも、彩葉さんはこの学校にいない。
……あるいは、最悪の場合、この世界にいない可能性も……。
最悪の可能性に思い至ってしまった俺は、再び急いでスマホを開く。
今度開くのは連絡アプリだ。前の世界で使っていたアプリと違うものが使われていたから一瞬わからなかったが、どのアプリかさえわかれば大体使い方は同じだ。
連絡先の一覧を見て、五十音順に並んでいるそれを上から見ていく。
くそ、焦りで目が滑る。サ行……サ行……。
スクロールをしていけば、俺の目に飛び込んでくる文字があった。
『酒寄』
アイコンは見覚のえないものだったが、その程度は世界が変わっているならあり得る話だ。
頭が真っ白になっている俺は、とにかく声を聞いて安心したくて即座に電話をかける。
何度かのコール音の後、電話が繋がる音がする。
『なんだよ……こんな朝っぱらから』
聞こえてきたのは男の声だった。
何故? 彩葉さんは? お前は誰? そんな言葉が口から出そうになる。なんとか口を噤めたのは、その声が聞き覚えのあるものだからだった。
「悪い……アキラ、だよな?」
『そうだけど。なんかあったか? ノブ』
電話に出たのは帝アキラ……彩葉さんの兄だ。冷静になって連絡先をよく見れば、そこには『酒寄朝日/アキラ』と書かれている。……とんだ早とちりをしてしまったみたいだ。
「すまん。いろいろあって焦ってた。寝てた……んだよな。起こしてすまん」
『いやいいけどさ。なんかあんなら言えよ』
アキラとの関係性はこっちの世界でもあまり変わらないらしい。よかった。
……連絡先に酒寄の文字は他になかった。やっぱり彩葉さんはこの学校にいないか、あるいは単にこの世界では俺と関わりがなかったか。ツクヨミでの出来事を考えれば、同じ学校なのに関わりがないのは考えにくい。前者だろうな。
一息ついて、アキラとの電話を切ろうとして、ふと気づく。そうだ。アキラに直接聞けばいいじゃないか。もし彩葉さんがこの世界にいるなら、どこにいるか、どんな状況かはアキラが知ってるはずだ。こいつシスコンだし。
「あ、今アキラに用ができた。お前彩葉さんって妹いたよな?」
『……ああ、
何故かアキラの声が一段低くなった。あぁ、この世界じゃ俺は彩葉さんと関わりがなかったかもだし名前知ってるのは不自然だったか。まぁいい。その辺は説明すればアキラはわかってくれるはずだ。
「今彩葉さんってどこにいる?」
『……お前本当にノブか? いやいい。俺を怒らせたいのか知らないが、どっちにしろタチの悪い冗談はやめてくれ』
冷たい声と共に返ってきたのは疑いだった。
なんだよ。どういうことだ? タチの悪い冗談って何だ?
クソ、状況はわからないが、少なくとも俺が知らないところで彩葉さんかアキラに何かがあったのは確からしい。そのあたりを聞けないのは困る。
どう説明するべきか……いやもう正直に話すしかないか。
「本当に悪い。実は色々あってここ一年くらいの記憶が曖昧なんだ。色々確認をしたくて彩葉さんと連絡をとりたかったんだけど……」
『お前、言ってることめちゃくちゃってわかってるか?』
「わかってはいる。けどこれ以外に言いようがなかった」
『……嘘でもドッキリでも意味不明。何故名前知ってるし、意図もわからないってなると……はぁ、ガチかもか』
電話越しに深いため息が聞こえてくる。
『意味はわからねぇけどわかった。今夜十七時に、お前最寄り立川だったよな。そこで直接話は聞く。それでいいか?』
めちゃくちゃなことは言っている自覚はあったけど、アキラはとりあえず話を聞いてはくれる姿勢になってくれたらしい。本当にありがたい。
「マジですまん。ありがとう。最寄りもそれであってる」
『じゃあそれで。マジでノブじゃなきゃ話も聞かなかったからな。切るぞ』
「本当にありがとう」
電話口でお辞儀をしながら、電話が切られる。アキラが優しくて良かった。どう考えても俺不審すぎるもんな。いきなり妹の存在聞いてどこにいるか聞くとか。怪しすぎる。こっちでもアキラと仲が良くて助かった。
俺の声がデカかったからか、横にいた友人も俺の電話での話を聞いていたらしい。聞いちゃいけないことを聞いてしまった、という顔をして俺に話しかけてきた。
「……記憶ないってマジ?」
「あー、まぁマジ。だからさっき下駄箱間違えた感じ」
「オマエ、ビョウイン、イケ」
「何でカタコト……まぁ、確かにそうだ。ちょっと学校は休むわ」
「ソレガイイ」
至って健康だから病院は行かないけど、とりあえず学校に行ってる場合ではなくなったのは確かだ。一旦家に帰って情報を集める必要がある。
それに、少し冷静になって気づいたことがある。俺の能力で『無かったこと』にしたことを覚えている人はもう一人いる。
ヤチヨだ。
ヤチヨにならツクヨミに行けばすぐに連絡が取れるはずだ。下手をすれば虚空に声をかけるだけで出てくる時もある。それにヤチヨは世間の情報にも詳しいはずだ。前は俺の個人情報を詳しく知ってたくらいだし。世界のことを聞くにもうってつけの存在だ。
……今朝見た夢はチラつくが、あれは夢だ。現実じゃない。
そうと決まれば動き出しは早い。友人に礼と挨拶をして急いで家に帰る。今度は一度通った道だから迷わない。マップアプリは片手に必要だったけど。
家に着いて、はじめにやることはスマコンを探すことだ。部屋も模様替えっていうか世界ごと変わってるからな。スマコンの場所がわからん。だがこの部屋の使用者は俺、探すのも俺、ならばすぐに見つかる。
……と、思っていたんだが。
見つからない。スマコンなんて毎日使っているに決まっているからわかりやすいところに置くと思ったのに、ない。すぐに動かせるところには、パソコンや格ゲーのコントローラーが置いてある。
まるでスマコンがないころの……よう……。
おい、まさか。
この世界にはスマコンもない?
それどころか、ツクヨミもないのか?
一旦自分の部屋を漁るのをやめてスマホを開く。検索エンジンを立ち上げて、『ツクヨミ』と検索する。
愕然とした。
ヒットしたのは日本神話や漫画の必殺技などで、仮想空間の文字はない。
この世界に、ツクヨミはない。
名前が違うだけかと思って『仮想空間』などでも調べてみるが、ツクヨミと同じようなものは見つからない。
嘘だろ……この世界にはあの最高のゲームがないのかよ。世界の損失だな。いや違う。そうじゃない。そんな現実逃避してる場合じゃない。
指を動かし、次に調べるのは『ヤチヨ』だ。
ツクヨミがないってことは……
『ヤチヨ』と調べてヒットしたのは国歌くらいだった。
最悪の予感が当たっている。ヤチヨもいなくなっている。活動名を変えている可能性もあるが……その場合調べるのは困難だ。
試しに『AIライバー』とかで調べてみるが、該当する存在はたくさん出てきてしまう。この中からヤチヨを探すとしたら、一つ一つ見ていくしかないだろう。少なくとも多くの労力が必要だ。
……もしも、もしも俺が見た夢が本当だとしたら、ヤチヨがこの世界にいないことには説明がつく。あのやたらと現実感のある夢が本当ならば、ヤチヨは一度月に帰ってまた地球に来たかぐやちゃんだ。月に帰るのを俺の能力で阻止したこの世界は、ヤチヨが過去に行っていない、ということになる。
だがこれは夢の話だ。現実じゃない……はずだ。
でも、俺の予感は、あの夢が真実だと告げていた。
アキラとの約束までは時間がある。まだ色々調べるべきだろう。
そうだ、かぐやちゃん。かぐやちゃんがこの世界だとどうなっているのか調べるべきか。この世界でもライバーをやっているかはわからないが、かぐやちゃんは人目につくタイプだし大人しくもできないだろう。有名人にはなっていそうだ。
『かぐや』で調べる。が、特に何もヒットしない。
ダメか。じゃあ彩葉さんは? かぐやちゃんと一緒にいて巻き込まれてるなら何か出るかも。
『いろは』『いろP』なんかでも調べる。だがこちらも特に何もヒットしない。人名ではあるからいくらか人はヒットするけど……。
まて、おかしくないか?
『ヤチヨ』と調べたら国歌が出てきたくらいに賢い検索エンジンなのに、『かぐや』と調べて竹取物語が出ないことがあるか? 『いろは』でいろは歌が出ないわけがあるか? そんなわけないだろう。
『竹取物語』で検索する。何もヒットしない。
『いろは歌』で検索する。何もヒットしない。
竹取物語は日本最古の物語と言われるくらいメジャーな話だ。ヒットしないわけがない。いろは歌もこの国の五十音の始まりくらいな話だ。ヒットしないわけがない。……この世界に存在するならば。
この二つが存在しないのは、ツクヨミが存在しないのとはレベルが違う。
俺の能力は確かに過去に干渉するが、ツクヨミは精々ここ十年くらいの話だ。だが、竹取物語やいろは歌は違う。千年も過去の話だ。それに、俺はそんな昔の物事を無かったことにしたことなんてない。
いや、そうか。
あの夢、かぐやちゃんが月に帰ったあと八千年もの過去に行った夢。ヤチヨの記憶らしきもの。あれが本当ならば、説明はつく、ついてしまう。
八千年もの過去から世界が変わったならば、千年昔のことが変わっていてもおかしくない。
確認する術はない。ヤチヨがいないからだ。
あの記憶の中で、ヤチヨにできたことは少ない。人に話を聞かせ、歌を歌い、友人を作った。それだけだ。だが、多くの人と巡り会っていた。
その話の中には、自分のこと、つまりは電柱から生まれて月に帰った話もあった。これが竹取物語になっていてもおかしくはない。あとは多くの人に彩葉さんのことも話していた。それがいろは歌につながっていても何らおかしくはない。
あの記憶の中で巡り合った人々の名前を検索する。
ヒットしない者も多いが、調べることのできた人はその多くが俺やヤチヨの記憶と少し違う記録が残っていた。
ある高貴な人は没落し、ある歌人は詠んでいた詩を詠んでおらず、ある作家は作品の一部が違う。
決定的な証拠はない。だが、一つ一つのそれらが、俺が見た夢──ヤチヨの記憶が事実だと伝えているようだった。
この世界にヤチヨはいない。
俺はそう結論づけた。
個人的には、ヤチヨの八千年の旅がなくても竹取物語はあると思っているのですが、作劇の都合上消えました。これがご都合主義。