蛇足物語 作:ロバと子いぬ
あ、また説明回です。前回もっと長くしておけばよかった。
「過去を変える……。じゃあ、かぐやも」
過去を変えると聞いて、すぐに思い当たることがあった。ヤチヨだ。ヤチヨは私に会うために時を超えて過去に向かった。それも『運命』とやらを変える行動だったのだろうか。
「うん。私はそのつもりで時を渡った。でも、実際はもう少し複雑なの」
「複雑?」
どういうことなのだろう。
「『運命』っていうのは、その世界固有で決まっているようなもので、『運命を変える』というのは、『世界を変える』ということ。『運命』ごとの世界を『世界線』って言ったりもする。それで、ここからが難しいんだけど……。『運命』を変えても、変えたことを認識することはできないの」
「えっと……?」
「過去を変えたことを織り込み済みの世界に変わる、とでも言うべきかな。過去が『変わった』んじゃなくて、そういう過去が『元からあった』ことになる。変化じゃなくて置換。変わる前の過去なんて、
「過去が変わったんじゃなくて、そういう過去があった世界に世界ごと変わっている……?」
「そう。それに、世界は一つしかない。だから、変わる前の過去は新しい世界線では存在しないし、認識もされない。私が八千年前に行かなかった世界線なんて、全くわからないでしょ?」
「確かに……?」
む、難しい話だ。なんとかついて来れているような、来れていないような。とりあえず、過去を変えれば『運命』とやらもかわるけど、変えても変える前を覚えてないっていうことなのかな?
え? でもそれって。
「じゃあ、変えてもどうなったかわからないんじゃ」
「その通り。過去を変えて『運命』を変えても、変わったかどうかも認識できない。より良く変わったかどうかもわからない。……そこで月人は、『前の世界線の記憶を引き継ぐ』装置を作ったの」
前の世界線の記憶を引き継ぐ。……話の流れからして、まさかそれって。
「その通り。そのブレスレットがその機能を持っている」
「じゃあ、私が今朝見た光景は……」
「前の世界線の彩葉の記憶だろうね」
前の世界線の私の記憶か。納得できるような気もする。今の私の記憶。ヤチヨの言い方をするならば……この世界線の記憶。それと少し違って、でもほとんど同じ道を通っている。少しだけこの世界と違った運命とでもいうべき記憶だった。
……じゃあ、この世界線と記憶の世界線、何が違うのか。私から見ると、大きな違いは一つだけだった。
「零落くんが、いない」
前の世界線にいた零落くんが、この世界線では影も形もない。私の知っているプロゲーマーにヘビノブなんて人はいないし、学校にもいない。どこかにいるのかもしれないけど……いや、もし彼がこの世界線でもツクヨミをやっているなら、ヤチヨなら知っている?
そう思ってヤチヨを見れば、その顔は陰っている。
「……零落信秀、ノブは、この世界線にはいない」
「いない?」
「彩葉が学校に行っている間に調べては見たけど、ツクヨミにも、この国のデータにもノブの名前はなかった」
ちゃっかり国のデータとか言ってるけど……いや今はいい。それより、人一人だけがいなくなるなんてこと、あるのだろうか。
「こんなに似通った世界線なら、人がいなくなることはないことはないけど稀のはず」
じゃあ、なんで零落くんだけ……
「……『ノブがいなくなる』ことで世界線が変わったなら話は別だけど」
ヒュ、と小さく息を呑んだ。
零落くんが居なくなることで世界線が変わった? それじゃあ、誰かが零落くんを消すために過去を変えたかもしれないということ? そんな、そんなことって……。それに、彼はそんな恨みを買うようにも思えない。
「あくまで可能性の話だよ。……でも、その可能性は低くないかもしれない」
「低くないかもって……零落くんはそんな人じゃ」
「ノブは、過去を変える手段を持っていた可能性がある」
過去を変えられた? 零落くんが?
「どういうこと? 零落くんも月から来たの?」
過去を変えられるのなんて月の超テクノロジーくらいだろうし。
「それは明確に否定してた。嘘もついてる様子はなかったし、多分違う」
言い振りから、ヤチヨは前の世界線でノブに私が思ったことと同じことを尋ねたのだろう。そしてそれを否定されている。
「ノブは、自分のことを『転生者』って言ってた」
「転生者って……漫画とかにあるような、あの?」
「そう。……ふふ。彩葉、私と同じ反応してる」
そう少し笑ったヤチヨをみて、私は少し顔を赤くする。別に恥ずかしくないけど、なんとなくこそばゆい。
いやそうじゃない。うーん、零落くんが転生者? 大人びていた……ような気がしなくもないが、別にそうでもない気もする。確かにゲームは鬼みたいに、それこそヤチヨくらい強かったけど、転生者と言われてもあまりピンとはこない。いや、ヤチヨが否定しないのであればあり得るのだろう。
「それ以前に何度か世界線の移動があった。調べたらノブが生まれた瞬間からそれが起きていたから、ノブが過去を変える手段を持っているんじゃないかなって思って聞いてみたら、ノブはあっさりそう白状してね」
なるほど。ヤチヨがノブに話を聞いたのはそれが理由なのか。
「でも、過去を変える力を持っているかって聞いた時は知らないって感じでいたね。まぁ私もその時は確証はなかったから追求はしなかったけど、実際はわからないにゃー。彩葉は何か聞いていたりしない?」
「え? 私? 零落くんが過去を変えるなんて話は聞いたこと……」
いや、それらしいことは言っていた。というか、今朝のブレスレットから記憶が流れ込んでくる感覚、前の世界線の記憶にそれがあった。
かぐやの卒業ライブ。零落くんが目の前で攻撃されて……と思ったら、何事もなかったかのように彼は立っていた。そして確かこう言っていた。
『相手の攻撃は俺が無かったことにする』って。
もしかして、それか?
「……あるかも。かぐやの卒業ライブで月人と戦っている時、零落くんが『相手の攻撃は俺が無かったことにするから気にするな』って言ってた。それに実際、相手に攻撃された時に今朝の記憶が追加される感覚が起こってから相手の攻撃の矛先が変わってた……気がする」
「それだね」
ヤチヨや人差し指を立ててキラリと目を光らせた。
「その言い振りと過去のことを考えると、ノブは『過去の改変』あるいは『過去の否定』とかができたのかな。無かったことにするって言ってるみたいだし、過去に戻るとかにしてはやってることが大きいし。加えてそのブレスレットと同じように前の世界線の記憶を引き継いでいそう」
過去の改変……スケールが大きい話かもしれない。想像もできない話だ。
そんなことができたなら、私だったらきっと、かぐやを……。
そこまで思考が進んで、はたと気づいた。ヤチヨがこの話をしたく無かった理由を。
「……かぐやがこの話をしたく無かったのは、私の目標が変わるかもしれないと思ったから? 過去を変えてハッピーエンドにすることを目標にするかもしれないと思ったから?」
ヤチヨは驚いた顔をしてから、顔を俯かせて、頷いた。
っ……この、バカヤロウ。
私はヤチヨを、かぐやを、抱きしめた。
「……過去を変えられたとしても、今を諦めたりなんてしないよ。私は、
「彩葉……。ううっ、彩葉あ!」
私の腕の中で、ヤチヨは泣き出してしまった。不安だったんだよね。私がどういう選択をするか。この話を聞けば、私はヤチヨの乗ってきた船を解析して過去に飛ぶ技術を作る可能性もあると考えたのかもしれない。……自分が捨てられるかもしれないと思ったんだよね。怖かったよね。
大丈夫。私はそんなことしないよ。そう伝えるように、ヤチヨの頭を撫でた。八千歳でも、この子のことは赤ん坊の時から育ててるんだから。
少しして、ヤチヨは落ち着いてくれた。やや赤く泣き腫らした瞼は、電子の歌姫であってもすぐには治らないようだ。
恥ずかしそうにしながら話題を戻してくれる。
「こほん。それで、ノブが過去を変えられたかもしれない話に繋がるんだけど……多分、ノブは私が月に帰るのを阻止したと思うんだ。彩葉の前の世界線の記憶も多分、その辺りで切れてるでしょ?」
言われて気がつく。零落くんのいた世界の記憶には、かぐやの卒業ライブ以降の記憶がない。今は2031年の九月だから、まるまる一年分くらいないことになる。なんで気づかなかったんだ。
「そのブレスレットの機能は、所有者がそのブレスレットを持っている期間の記憶だけ引き継ぐの。そして、引き継ぎは過去の改変が行われたタイミングで起こる。正確にはそのキッカケが起きたタイミングだね。つまり、今朝、世界線の移動が起こった」
初めて聞くことばかりだが、これはそういうものとして受け取るしかないだろう。今朝に過去を変える何かが起きたわけだ。
「月から誰か来た可能性もあるけど、ノブが過去を改変した可能性の方が高い……と思う。その結果、ノブが消えた」
「まって? 話がつながってない。かぐやが月に帰るのを零落くんが阻止したのと、今朝零落くんが消える世界線の移動が起きたのは関係ないでしょ?」
「私は関係があると思う」
ヤチヨはそう言った。かぐやが月に帰るのを阻止するのと、零落くんが消えるのは一見関係はなさそうだけど……。
「どうしてそう思う?」
「
……後ろの話はわからないけど、前半は理解できる。もしかぐやが月に帰らなければ、ヤチヨの存在はないだろう。だって八千年もの過去に戻ったかぐやがヤチヨなのだから。
そして、ヤチヨがいなければどうなるか。
「……ヤチヨがいなかったら、多分私も実家から出てない。それどころか、ツクヨミもないし、もっと多くの人たちの行動も変わっているかも……」
「そうだね。それに、八千年も昔から過去が変わる。インターネットができる前に私が出来たことは少ないけど、それでも大小様々な影響は出ただろうね」
まぁ、八千年も昔から少しずつ変わっているんだ。今の時代がどう変わっていてもおかしくない。ツクヨミがないだけでも影響は大きいだろうし。……零落くんはツクヨミのゲーム好きそうだったし。
「そうなったら、多分ノブは大混乱。状況もわからないまま世界がめちゃくちゃ変わっちゃってる。世界線の記憶を引き継いでいるのも、かぐやはいないし彩葉はブレスレットを持ってないから引き継いでない。つまりノブ一人だけ。そんな状況ならまず何をするか」
「うーん……あ、元に戻す?」
「私もそう思う。過去の改変を無かったことにして、元に戻す。でも、もしそうしたなら今の『ノブだけがいない世界線』になっているのが説明がつかない」
うーん、確かにそう、か? 元に戻したなら、多分私はこの世界線のようにかぐやに歌を作って、かぐやはそれを聞いて過去に戻ってくるだろう。うん。確かに零落くんがいなくなる理由がない。
「ということは……」
「ノブは
理屈の上では納得できる話なきがする。零落くんは優しかったから、かぐやが帰ってしまいそうなら、過去を変える力を持っているならそれを阻止してくれるだろう。そして、その結果ヤチヨがいなくなったなら、それも戻そうとするだろうし、それができなかったなら、理解できる。
「でも、それじゃ零落くんがいなくなっている説明にはならないと思うけど……」
「そうだね。でも事実として、ノブはヤッチョ達がいない世界で
何か……その何か、が大切なのかもしれない。
「……それと、実はね、ノブが生まれたる前の世界線は、今の世界線と一緒だったの」
この世界線と……同じ? それって……
「私が思うに……この世界線は、ノブが生まれなかった世界線、の可能性があると思う」
「じゃ、じゃあ、零落くんがやった、『何か』って……」
「うん。ノブが、ノブ自身を生まれなかったことにしたんだと思う」