蛇足物語 作:ロバと子いぬ
あの後、俺といろPの対決は軽くネットニュースになった。俺が名前を隠して行ったのもあるが、誰も予期せぬ対戦だったから話題になったらしい。しかも半ば譲ったとはいえ勝ったのはいろPだからな。なおさら話題になる。
基本的に俺は、対策してきたり奇策を用意してきた人以外に『SETSUNA』で負けたことはない。素手縛りでも同様だ。地力で負けたことは管理人のヤチヨを相手にした時くらいしかない。ヤチヨは俺より意味不明な急制動で武器を振ってくることがあるからヤバい。俺はあれを見てからヤチヨは絶対AIだと思ってる。おっと、話が逸れた。まぁつまり俺は素手でも基本負けない。配信で素手縛りをやってる時は対策してきてる人ばっかり来るから勝ち負けだけど。そんな俺に勝った。しかも俺は素性を隠してたから対策しているとかもない。それはまぁ、『SETSUNA』の界隈じゃ話題になる。
実際、一撃でも当てたら負けの縛りをつけないでやってたら俺の勝ちだったろうが、あの時俺はもうかぐや・いろPを応援しようと決めていたし、あの後俺に一撃を入れられるかは酒寄さん次第だった。俺は基本的に行動を縛ることはあっても手を抜くことはないから。その中で奇策をもって俺に武器を出させたのは賞賛に値するだろう。縛りを破らされたんだがら俺の負けだ。それに、結果的に、俺を話題にかぐや・いろPはファンの数を伸ばしたようだし、力にはなれたかな。その代償というべきか、最近はいろPが『SETSUNA』の決闘を求められるようになったらしいけど……まぁそのうちそれも落ち着くだろう。
閑話休題。いろPとの対戦から数日経ったある日、俺はいつもの通りゲームをしようと思ってたんだが、諸事情あって学校に来ている。夏期講習だ。正直eスポーツ推薦を狙ってる(ほぼ確実)俺としては、そんなに来る意味は無いんだけど、せっかく偏差値高めの高校に来ているからには勉強もやれるだけやった方がお得な気がする。まぁ今回はそういうのあんまり関係なく来たけど、来たからにはやらなきゃ損だ。友達も何人か来てるし、ツクヨミで会うのばっかりなのも前世的な考え方をすれば不健全だし、ちょうどいい。
夏期講習には当然のように酒寄さんも来ている。話によるとバイトも減らしてないらしい。これに加えてかぐやちゃんの配信の手伝いも……? どれだけ多忙な生活してるんだ。さて、今日は俺はその酒寄さんから連絡があって学校に来ている。なんでも少し話したいことがあるそうだ。多分この前のかぐや争奪KASSEN選手権の恨み言でも言われるのかもしれない。
チャイムがなって、俺はひとつ伸びをした。今日の講習は終わりだ。久々に勉強した気がする。転生者ってのは便利なもんで、前世の記憶を引き継ぎながら今世の記憶を積み上げており、体も心も今世の年相応のものになっている。しかも転生者だからか性能もいい。つまるところ、勉強が簡単だ。するする知識が吸収されていく感覚がある。歴史なんかは前世と多少齟齬があったりもするから不便な時もあるが、奇跡的に前世に近い世界に転生できたおかげで
さっさと勉強道具を片付けて、友人に挨拶をしてから校門の前で酒寄さんを待つ。クラスで話しかけたらまた友人たちにどつき回されるからな。ぶっちゃけ校門でも大差ないかもだけど、まぁ気休めに。と、もう来た。
「おまたせ。今日は呼び出してごめんね。用事とかなかった?」
「俺は大丈夫。ゲームや配信ばっかで体も鈍ってたしちょうど良かったよ」
ここに居座るのもアレだし、俺たちはとりあえず酒寄さんの家の方向に歩き出した。別にどこかに行こうって約束でもないし。というかそれなら別に学校で話しても良かった気がしてきたな……友達に弄られるのを面倒くさがったのはミスか。
「それで、今日はなんの御用で? もしかして、この前の配信にお邪魔したのヤバかった?」
「それは、まぁ、色々大変だったけど、もう大体落ち着いたから大丈夫。てか、本当に零落くんがあのヘビノブなの……?」
「うん。別に学校じゃ全面的に公開してるわけじゃないけどね。隠してもないけど」
「学校にインフルエンサーが何人も……よく考えるとすごいな」
「そういえば、かぐやちゃんとコラボしてたROKAとまみまみって綾紬さんと諫山さんだよね? そっちは俺も知らなかった」
「うん。本人たちいないから私からバラすのは良くないかもだけど、二人も隠してるわけじゃないだろうし。ってそうだ。今日はかぐやのことを話しておきたくて」
「呼んだ?」
背後から声がした。しかも俺が最近見る配信でよく聞く声が。
俺と酒寄さんは二人で振り向く。
背後に立っていたのは、アホ毛が立った金髪の、めちゃくちゃ顔の良い女の子だった。
「いーろはっ! 来ちゃった⭐︎ 横の人はお友達? 私はかぐや! よろしく!」
「すげ、本物だ。俺は零落信秀。ツクヨミだとヘビノブって名前で活動してる。この前はちょっと配信にお邪魔させてもらったよ」
「ヘビ、ノブ……? あ! あの彩葉ボコボコにしてた人! え、めっちゃ強い人じゃん! ま、まさか、かぐやと結婚の話をしに……?」
「いやいや、あの勝負は俺の負けだから大丈夫。そもそもあれも酒寄さんとお話ししたくて参加したようなもんだから」
「あーよかった。未だにかぐやのこと狙って彩葉と交渉してるのかと思った」
ここでフリーズしてきた酒寄さんが復活した。
「って、ちょっとあんた、また勝手に出てきて! お家で大人しくしてなさいって言ったでしょ」
「だってー、つまんないんだもん」
「また言ってるよこの子は……まぁいい。ちょうどあんたのこと話そうとしてたから」
「かぐやの?」
「そうだ。話ってかぐやちゃんのことだったんだ。俺はてっきり怒られるのかと」
「怒るようなことは……まぁ無いこともないけど。名前隠して参加して、私に勝ちを譲ってすぐいなくなって、いろいろ収めるの大変だったんだから」
「それは本当にごめん」
「大丈夫。それで、その辺も落ち着いたし、もう色々勘付かれてるだろうから話しちゃおうかなって。零落くんなら多分広めたりはしなそうだし」
一応信用、されてるのかな。赤ちゃんのことを周りに話さなかったからその分で信用されたのかも。あるいはこの前の配信で何か信用に足ることを言えたのかな?
「それで、かぐやちゃんが数日でめちゃでっかくなったことと関係ある話?」
「え、なんでノブはそれ知ってるの? もしかしてかぐやのストーカーとか? ちょ、ちょっとコワイ」
かぐやちゃんは俺のことをノブって呼ぶことにしたらしい。名前とハンネで被ってる部分だからかな?
「ち、違うから。前にたまたま酒寄さんが赤ちゃんを抱いて家に入るところを見て、その数日後にかぐやちゃんと酒寄さんがツクヨミで一緒にいるところを見たから、かな? その後すぐに実写の動画も上げてたし。それで、この前の『SETSUNA』の時に赤ちゃんがかぐやちゃんっていう確証を得た。って感じ」
「なーんだ、たまたまか」
話してて、『これ、ストーカーしてても同じ話ができるな』と自分でも思ったけど、本当にたまたまなので勘弁してほしい。信じてくれて良かった。
酒寄さんはちょっと疑惑の目を向けてきてる気がする。
「本当にたまたまだから。神に誓える」
転生してきた俺は誰より神に誓える存在。そんな俺が誓ってるんだから本当に違いない。うんうん。
酒寄さんの視線は冷たい。けど信じてはくれてそう。
「はぁ、というか、零落くんよくその理論に至ったね。普通は赤ちゃんとかぐやが結びつかなそうだけど」
「そりゃ、配信を見るまではそうだったけどさ、明らかに同じ家で配信してるし、綾紬さんと諫山さんも出てきたし、そもそもあの感じでこの歳でライバー始める人なんて稀だし、まぁ色々条件が揃った感じ」
「零落くん、探偵とか向いてるんじゃない?」
「いやいや、俺はプロゲーマーでいっぱいいっぱいだから」
軽口を叩き合う。なんか、酒寄さんとこういう話ができるのが嬉しいな。他愛もない話をして、いや、他愛もない話ではないか。まぁ普通に話せてるのが嬉しい。
「それで、零落くんの予想は当たり。かぐやは本当に数日で赤ちゃんからこの感じになったの。で、それがなんでかって話を共有しておきたくて……」
「うん。それで、なんでなの?」
「実はね……」
そこでセリフを取るように、かぐやちゃんが高らかに宣言する。
「かぐや、月から来たの!」
今度は俺もたっぷりフリーズした。