蛇足物語 作:ロバと子いぬ
いま、なんていった? いや聞き取れてる。月から来たと言った。月、月?
「月ってあの?」
そう言って上を指差す。別に今月は出てないけど、まぁ伝わるだろう。
「そう!」
元気な返事が返ってきた。なるほど、転生とか転移とかじゃなくて月から来たときたか。それはなかなか、予想外すぎて思わず固まってしまった。
「ははー、なるほど、お月様から来た、まさしくかぐや姫ってことか。色々不思議なところはあると思ってたけど、月から来たは想像もしなかったよ」
「でしょ!」
「なんでこの子は自慢げなんだか……」
酒寄さんは呆れ顔だ。こんな感じのかぐやちゃんにずっと付き添ってるんだろう。確かにそれは大変かもしれないな……
「ということで、かぐやの自称の出自を零落くんにも共有しようと思って今日は呼んだの。正直零落くんは夏期講習あんまり来てないし、悪いかなとは思ったんだけど、話しておきたくて」
「それは、ありがとう。でもなんで俺に話してくれることにしたの? 前も渋ってたから話してくれないものかと」
「あー、まぁ、最初は話す気なかったんだけど。クラスメイトといえども宇宙人なんて言ったら言いふらされるかもしれないし。でも零落くんは前に赤子のかぐやを見ても言いふらさなかったし、色々バレてるなら共有しちゃった方がいいかなって」
どうやら本当に前までの振る舞いで信用してくれたらしい。素直にうれしい。
「月に帰るまで置いとくって言っても、他にかぐやのこと知ってる人いないと困ることあるかもしれないから、それならある程度事情を知っちゃってる人に、ってことで零落くんに話したの。他の人は知らないから、とりあえずまだ内緒にしておいてね。宇宙人が鹵獲されたなんてニュースになったら嫌だし」
「あれ、綾紬さんや諫山さんにも話してないの?」
「そりゃあ、私が疲れておかしくなったって思われるのがオチだし……」
「あはは……酒寄さん本当に毎日忙しそうだもんね」
酒寄さんは苦笑いで返した。ちなみにかぐやちゃんは周りをうろちょろしている。
「って、月に帰るまで? かぐやちゃんいずれ帰っちゃうの?」
「かぐやには、月に帰るまで居てもいいって言ってるの。ったく、来た時から曖昧なことしか言わないし、この子ったらいつになったら帰るんだか」
「ぶー、彩葉のいじわる。このまま帰ってバッドエンドなんてしたくないし、ハッピーエンドにするって言ってるじゃん!」
「はいはい、それも自分でするって言ってたでしょ。それに今日も勝手に家出てきてこっち来て、零落くんの迷惑になるから来ないように言ったのに」
「俺は大丈夫だから。ほら、最近配信で見てるかぐやちゃんと会えて光栄だし」
「ほら! ノブもこう言ってる!」
「零落くんもかぐやを甘やかさないでね。この子すぐ調子乗るんだから」
そう酒寄さんは毅然とした態度で言ってる。学校じゃ優しい酒寄さんも、かぐやちゃんには厳しいのかな。
「そうだ! ノブ、『KASSEN』めっちゃ強いんでしょ!? 今度配信で『KASSEN』教えて!」
「ほらこうやってすぐ調子に乗るんだから。零落くんも忙しいんだから……」
「俺でよければいいよ」
酒寄さんがぐるんとこっちを見た。ちょっと怖い。
「零落くんも! 甘やかさないでって言ったばっかりなんだから。忙しいなら断っても大丈夫だよ」
「今は大会控えてないし、夏休みだし、めっちゃ暇だから。むしろコラボの誘いはありがたいな。俺でよければ教えるよ。参考になるかわからないけど」
「ぃやったー! じゃあ、彩葉も一緒に教わろ♪」
酒寄さんがはぁとため息をついた。若干怒りというか、憤りの感情が俺の方にも向いてる気がする。やっぱりちょっと怖い。こっちが素なのかな。
「私は勉強しないとだからやらない」
「えー、だって彩葉、ノブってプロゲーマーなんでしょ? そんなすごい人に教われるんだよ? しかもこの前のいろPとノブの対決の話もあるから、今コラボやれば大バズ確定じゃない!?」
「うっ、ダメなものはダメ!」
かぐやちゃんに詰め寄られて、やや酒寄さんが押され気味になっている。
「いろは、お願い。一緒に『KASSEN』やって? あとライブの伴奏もして?」
かぐやちゃんが潤んだ瞳で酒寄さんを見つめている。しかも要望も増えている。というかうわ、凶器だ。かぐやちゃんはめちゃくちゃ美人だし、これは顔面凶器と言ってもいいかもしれない。
「うぐぐぐぐ……こほん。まぁ、時間が合えばね」
押され切った酒寄さんが、咳払いをしてから折れた。
「いよっしゃあ! じゃあかぐや、先お家戻ってご飯作ってるから! ノブも後で連絡するからよろしくな!」
そう言ってかぐやちゃんは嵐が過ぎ去るように唐突に走って帰っていった。配信の外でも破天荒というか、本当にぶっ飛んでるんだな……。
残された酒寄さんは頭を抱えて
「あぁーなんでいつも断れないんだ私」
と呻いている。なるほど。酒寄さんはかぐやちゃんに厳しいのかと思ってたけど、いつもこうやってお願いされて断れないらしい。酒寄さんらしいといえばらしい、のか? いろPとしてプロデューサーをやってるのもこうやってお願いされて断れなかったからなのかもしれない。
「いつもそんな感じなの? 酒寄さんとかぐやちゃん」
「いつもは! ……う、まぁ、だいたいそうかも」
否定しようとして考えた間があったな。考えた結果否定できなかったらしい。
「なんか、いい関係性だね」
「え、どこが?」
「酒寄さんが楽しそうなのもなんとなくわかった気がするよ」
「えっと、零落くん? どの辺がそう思ったの?」
「じゃあ俺はこの辺で。家まで送るのもアレだし」
「ねぇ、零落くん?」
「また今度コラボで会おうね」
「零落くん? 零落くんもそんな感じなの? ちょっと?」
何やら不満がありそうな酒寄さんを置いて俺は帰ることにした。今度コラボの約束も取り付けたし、酒寄さんと二人だけ? かぐやちゃん入れて三人だけ? の秘密もできたし、俺としては関係性が進んだ気がして、なんとなく嬉しくなった。かぐやちゃんとも交流できたし。
「ちょっとー? 零落くーん!」
夏休みに学校に来るのも悪くない。