ガッチガチに緊張しているクスメギを見るのは初めてだった。都市伝説のような人に出会ったのだから無理もない。おれだって目の前に口裂け女がいればああなる。
「初めまして、文科省外事室のクスメギと申します。あの、これから室長と面談だと聞いていたものですから、こんな形でお会いできると思っておりませんで」
「やあね、そんなに緊張しないでよ。いまはただのおばさんよ?」
「いえ、我々としては大変に尊敬致しておりまして… あのう、どうしてここに?」
「ハナダさんが、ハナザワ君の前では話しにくいというので、面談とは別で話をする必要があったのですよ。確かに説明の難しい話題にはなりますので」
面談の前に会うことをセッティングしたのはそれをトンズラするからなんだけど、エルリカさんの情報をハナザワさんには聞かれたくなかった。首を突っ込まれて話が拗れると元の世界に戻れなくなるから。クスメギはチクったりしないだろう。
「ねえ、喉が渇いちゃった。お飲み物頼んでもいいかしら?」
「ええ。なんならケーキもどうぞ。クリスマスイブですし」
「あら、ちょっと見ない間にずいぶんスマートになったのね。うふふ」
アサガオさんが満面の笑みでケーキを食べる中、教授からエルリカさんの捜索状況を教えてもらう。教授の話を聞いた上でクスメギには後で説明することにする。
エルリカさんは目撃情報から推察するにハワイの中でもカウアイ島にいる可能性が高いそうだ。目撃情報といっても彼女の容姿を誰も知らないので、それっぽい女性という絞り方しかできていないらしい。
アサガオさんが言っていたポリハレの伝説があるのがカウアイ島なのでそちらを重点的に監視していたところ、ちょうど一年ほど前にカウアイ島の山に一人で若い女性が登って行ったという現地での話が最終の情報であり、その後消息は掴めていない。
いまでもNSAは島にある監視カメラの映像をチェックし続けていて、2名ではあるが委託企業からフィールドワーカーも派遣しているそうだ。
これまでのワームホールの発生状況から鑑みるに、来年の今頃にはきっと彼女は山の中にいて再びワームホールの生成に挑むのではないか、と話はそこで終わった。
一年後か。まあまあ先の話だな。それまでは山を降りてフラフラしてんのかな。
すっかりケーキを食べ終えて紅茶も飲み干したアサガオさんが「そろそろ時間じゃない?」と移動を促してきた。先に店を出てもらい会計を済ませておれたちも出る。
「おいおいおいおい、これは一体どういうことなんだよ?あんたいっつもそうだよな!彼女に会えるなら先に言えよ!もうちょっとこう心構えってものが…」
「いいじゃねえか。どうせ後でまた会うんだし。さっきの話はハナザワさんに聞かれたくなかったんだよ。首突っ込まれたくないの」
「俺はいいのかよ。俺だって外事室の人間だぞ」
「おまえはおれの”相棒”だって言っただろ。それで二人も納得してんだよ。あとな、おれはおまえを信じる。仕事かおれか二択になったら、おまえはおれを取るよ」
「ば、ばか野郎。友情の押し売りしてくんじゃねえ。俺はお人好しじゃねえぞ」
「つうかさ、いざとなったらアサガオさんの能力でなかったことにしちゃうから。おまえがはた迷惑な使命感でチクっても無駄だけどな」
そう、秘密がバレても相手が一人二人ならどうってことないのだ。アサガオさんがちょちょーいと操作してしまえば秘密は守られる。
クスメギを同席させたのはさして意図はない。しいて言えば、あの二人におれが奴を信頼していると伝えたかっただけだ。
なのにこいつまだブツブツ言ってやがる。まったく小さい男だ。
外事室に到着する。クスメギと一緒に入ると若い職員に案内され、会議室のような部屋に通される。席に座るとすぐにハナザワ室長が入室してくる。
「お久しぶりですハナダさん。今日は面談をセッティングして頂き本当に感謝しています。なにしろ彼女に会えるのは我々の悲願でしたので」
「あの人、いまはただのおばさんですから、お手柔らかにお願いしますね」
「えっ、おばさん?まさか能力を喪失したとかそういう…?」
「いえ、そうじゃなくて。都市伝説みたいな存在ではなくて、ちょっと物知りなおばさんに生まれ変わったんです。理由なんかは直接お聞きください」
「はあ、承知しました。ところで、あなたは随分と見違えるほど余裕が出てきたように見受けられるのですが、一体京都で何があったのですか?」
ほらきた。虫の羽音を消しました、なんておれにも説明できねえよ。
「あー、やっぱりそのことが気になりますよねえ。それはですねえ、言葉で説明するのが難しいので、水を一杯もらえますか?」
「水を?」ハナザワ室長は怪訝な顔をしつつ内線で若い職員に水を持ってくるように指示をすると程なくしてガラスのコップに入った水が運ばれて来た。
「室長が言っていた通り、どうやらみなさんと対になるナニカがあるようです」
そういってグラスの中の水を解いた。このぐらいの量ならちょろいもんだ。
水はぶくぶくと泡を立てて気体となって、あっという間に消えた。