結ぶと解く   作:ながずぼん

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第101話 面談と脱走

 おれがグラスの中の水を分解して気体にすると、ガタンとハナザワ室長は立ち上がってグラスの中を覗き込んだ。隣のクスメギも座ったまま目をひん剥いている。

 

「いま水素と酸素の共有結合を解いたんですけど、おれが説明できるのはそれだけです。なにがどうとか理科が苦手すぎて説明できないんですよ。ははは…」

 

 ハナザワさんは立ったまま何かを言い掛けて、やっぱり言うのをやめて座り直した。そして顎に手を当てて難しい顔をしている。

 次になにかを言いかけたとき、ドアがノックされ「お見えになられました」とドアの向こうから声がした。

 

 ドアが開き、アズマ教授夫妻が入ってくる。アサガオさんは「ひさしぶりー」とおれに向かって手を振っている。こういうの好きそうだもんなーこの人。

 ハナザワさんはまた立ち上がって恭しく頭を下げ「本日はご足労頂き誠にありがとうございます」と丁寧に挨拶をした。

 

 おれの隣に二人が座り、正面のハナザワさんは好奇心が上書きされてさっきのことはすっかり忘れて興奮が抑えきれない顔をしていている。クスメギはアサガオさんの小芝居に呆れたような顔をしている。

 

 ハナザワさんはどれほどアサガオさんに会いたかったか、まるで愛の告白でもしているかのように熱っぽく語り始めた。アサガオさんはただにこにこして聞いている。

 そして外事室の『外事』とは、国外はもちろん、常識外や想定外、果ては地球の外、そういったものも含めたものに由来するであろう事象を科学的に解明するために設けられた部署なのだと説明があった。はー、そんな謂れがあったんだ。

 

 ハナザワさんの演説はまだまだ続きそうだったので、割っておれが口を開く。

 

「あのう…大変申し上げにくいのですが、どこあたりですかね談合坂のあたりでしょうか、そこで気付いたんですが実はパスポートを部屋に置き忘れてしまったみたいで、ちょっと取りに戻らないと大惨事になりそうでして…」

 

 クスメギが「やりやがったな」という顔で睨んでいる。ハナザワさんは言葉を理解できていない顔をしていて、隣の二人は微笑んでいる。

 

「そんなわけで、明日アメリカへ飛ばなきゃいけないので、ちょっと地元へ忘れ物を取りに行きたいんですよね。なのでクスメギさん、車の鍵を貸して頂けないかと」

 

 まんまとやられたといった表情で鍵をびゅっと投げてきた。さすが元甲子園一歩手前。受け取った手が痛かった。

 

「いまからだと戻るのが22時ぐらいになると思うので、車は戻すとしてホテルへ直行させてもらいますね。では失礼しますー」

 

 そそくさと会議室を出てクスメギの車に向かう。パスポートは疑われた時のためにガチで部屋に置いてきたのでいまから都合6,7時間ほどのドライブになる。

 水を解くやつを見せたのだからハナザワさんならあれだけでおれの能力がどんなものなのか推察できるだろう。それ以上のことはアサガオさん次第だ。

 

―――――

 

 部屋に戻ってパスポートを取ってまた霞が関に戻って来た。

 クスメギにその連絡を入れると「あんたさあ…まあいいや。一人でホテルまで行けるのか?」と訊かれ「いつもの神田のところだろ?」と返すと「やっぱりな。ちゃんとメール読めよ。ホテルは羽田だよ!送って行くからそこで待ってろ!」と通話が切れた。きっとこうなることを予測して近くにいたのだろう、クスメギはすぐに来た。

 

 もう一度車に乗り込み羽田のホテルへ。首都高は使わないようだ。

 

「で、収穫はあったのか?アサガオさん怒らせたりしてないよな?」

 

「ああ、ずっと機嫌良かったよ。2,300年ぐらいかと思ってたら1500年とはな。しかもかなりの人数の子供産んでるし。世界中にバラ撒いたようなもんだ」

 

「だいたい長命だったら達観してると思うけど、あの人ふつうだろ。すごくない?」

 

「全くふつうのおばちゃんだな。それよりも教授がマジ切れした瞬間がヤバかった」

 

「えっ、教授が?なんで?ハナザワさんが口説き始めたとか?」

 

 アサガオさんは「結ぶ素粒子」のことを包み隠さず話したそうだ。科学的な説明も詳細にあったそうで、ハナザワさんの質問にも嫌な顔もせず答えていたらしい。

 するとハナザワさんが「電子の操作ということは電磁波で無効化できるのでは?」と言い始め、仮に能力者が強い電磁波を浴びたらどうなると思うか、と訊ねたところでブチ切れたらしい。「彼女を傷つけようとするなら容赦しない」と凄んだそうだ。

 アサガオさんが「思考実験みたいなものよ」と宥めて収まったが、ハナザワさんは平謝りだったそうで、もう少し聞きたいことがあったのにと自らの失言を後悔していたそうだ。教授のガーディアンっぷりに磨きがかかってきていた。

 

「俺たちは能力者全員を把握できると思ってたけど、世界中となると完全にお手上げだなあ。公にするわけにもいかねえし、うちの部署どうなっちゃうのかねえ」

 

 どこか他人事のようにクスメギは溜息と共にそう漏らした。

 

 空港にほど近いホテルに到着し、荷物を降ろしてチェックインする。

クスメギにこれからどうするのか尋ねると、今夜は都内の自宅で寝て、明日起きたら店で働くためにおれの地元へ移動するという。

 

「いろいろ迷惑かけるな。ありがとう。助かるよ」

 

「よせよ。幻だったあの人をあんたが引っ張り出してきたんだ。全部チャラだよ」

 

 クスメギとはロビーで別れて部屋に入った。明日は長時間フライトだ。

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