結ぶと解く   作:ながずぼん

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第106話 偽物と旧交

 日曜日は休みだったが治安が悪いと脅されているので出掛ける気にならない。

 朝食後は部屋に戻って何を言っているのかわからないテレビを眺めていると部屋のドアがノックされた。覗き穴から確認すると教授が立っている。

 「どうしたんですか?」と訊ねると「ちょっと散歩に出ませんか。港の周辺は安全ですから」と言われ、上着を羽織って教授と散歩に出かけた。

 インナーハーバー地区は安全だというものの、道端のベンチに座る連中からじろじろ見られると身構えてしまう。これはもしや髪型か…しまった!キャップがない!

 「すみません。どこかで帽子を買いたいのですが」とお願いすると「そこにショッピングモールがあるので帽子ぐらいあると思います」というわけで帽子を探しに。

 探すまでもなく入口手前の屋台で売っていたのでグレーのハンチングを買う。

 え?これがそんなにするの?という値段だったが背に腹は代えられないので必要経費と思うことにする。帽子を被ったらあまり見られなくなったのは気のせいか。

 

 「一ケ月、乗り切れそうですか?」と心配しているふうでもない感じに訊かれる。

 

「そうですねえ、結構休み時間が多いのでどうやって暇を潰すかなって感じですね」

 

「もしも物理や生物の知識を深めたいのであればウチヤマ君に頼みますが」

 

「それはもうその時々で専門家に頼るしかないと思います。俄か仕込みの知識が危険なのはこのまえ痛い目に遭って教訓にしていますから」

 

「そうですか。英語を勉強してみるのはどうです?私はズルしてますが。ははは」

 

「いやー、どうですかねえ。スペイン語も中途半端な感じで… あ、ボルチモアってモンテビデオと時差どれくらいですか?」

 

 教授はなにか言いかけてスマホを取り出し調べてから教えてくれた。「1時間ですね。こちらの方が1時間遅いです」とのこと。

 夕方、パウラさんに連絡を取ってみよう。日本と向こうとじゃ時差が12時間でまるっきり昼夜逆転しててビデオ通話とか無理だったけれど、ここなら或いは。

 

 レンガ敷になっている遊歩道を港沿いに歩くと科学館に辿り着く。「せっかくなので入りましょうか」と誘われ入ることにする。

 入って右手には恐竜のでかい骨格模型が見えたけれど子供が群がっていたのでスルー。左手の方へ進むと東京の科学博物館にもあった10円玉がくるくる回って穴に入るやつがあった。後は子供が喜びそうなピタゴラスイッチみたいなものとか。

 2階に上がるとちょっと科学っぽくなる。宇宙のことや細胞の展示がある。タイトルはなんとなくわかるのだけれど、展示の詳細まではわからない。教授も眺めているだけで特に解説とかはない。

 ていうか子供が多いな。ここは子供向けってことなのか?

 3階に上がってみるが特にここまでと変わらない。子供のための科学館だった。

 

 ぐるっと見て回って未練も何もなく外に出る。

 

「私もあんな小さな頃に科学に興味があれば、こんな偽物の教授にはならず、もう少しましな教授になれたのかもしれませんね」

 

「偽物ってことはないでしょう。自発的でなければ偽物だっていうのならスカウトされたモデルや相撲取りなんかは偽物じゃないですか。十何年も務めてるのだから立派な教授です」

 

「ははは、ありがとう。今回の検査が済んだら私は引退します。ウチヤマ君に私の席を譲るつもりです。出来の悪いのが上でつっかえてると下が育ちませんからね」

 

 教授はちょっと寂しそうに笑ってそう言った。

 

 来た時よりもゆっくり歩いて戻る。彼は歩んできた教授人生を1コマ1コマ振り返っているようだった。ゆっくりとショッピングセンターまで戻ると昼食をどうするか訊かれたが、彼に必要な言葉を持っていなかったので、今度はホテルの向こう側へ歩いてみますと言って教授と別れた。それほど離れなければ襲われることもないだろう。

 

 ホテルの港側ではない方向へ歩いていくとサブウェイがあった。

 おお、本家というかアメリカのサブウェイだ!と変なテンションで店に入る。

 注文時にいろいろ尋ねられるわけだが、メニューを指さしてどうにかサンドを買うことができた。日本と同じで野菜がいっぱい入っている。あと、気のせいか日本のものより大きい感じがする。持ち帰りで頼んだのでホテルの部屋で食べることにする。

 

 部屋に戻ってサンドをもぐつきながら、窓の景色を撮ってパウラさんに送る。

 いまボルチモアに来ていてよければ前みたいにビデオ通話でスペイン語を教えて欲しいとメッセージも送る。サンドを食べ終わり手についたソースを洗面所で洗ってベッドに戻ると返事が来ていた。

 いまからビデオ通話できるらしい。サクラさんはどうだろうかと送ると、もう誘ったとのこと。パソコンの準備できたら連絡すると送ってノートを広げる。

 

 ビデオ通話を繋げるとあまり綺麗な画像とはいえないが、相変わらず優しさしかない笑みを浮かべるパウラさんが現れた。思わず手を振ってしまう。

 

「夏以来だから半年ぶりですかね?元気にしてましたか?」

 

「ハイ。ハナダサンも元気ソウデヨカッタ。サクラはモウスグ来ルト思イマス」

 

 パウラさんの日本語は前よりも流暢になっている気がする。おれも頑張ろう。

 程なくしてサクラさんも入ってきて3人で近況報告をした。

 サクラさんは検査だと聞いて頭のことを心配してくれた。そもそも説明が面倒なのと、こんなに心配してくれるのに誤魔化すのは気が引けるので、おれの身体に起きていることを全て話した。

 彼女は最初ものすごく驚いていたけれど、浅草で襲撃してきた3人をやっつけた件を「ハナダさん喧嘩弱そうなのに倒したのはそういうことだったんですね」と妙に納得していた。確かに弱いけれどもそんなにはっきり言わなくても。

 

 パウラさんは能力についてサクラさんに何も言わなかったので、カミングアウト済みなのかどうなのかわからず、彼女のことについては触れないままにした。

 

 思いがけず暇になるはずの時間が待ち遠しい時間になりそうだった。

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