オカピを眺めながらヨハンソンのモテ話を聞かされている。
アメリカに戻ってきて中学校に入るとさらにモテたそうだ。その頃もチヤホヤされるのは嬉しかったが、やっぱり男の子と遊ぶほうが楽しくて周りの男子の恋バナにも全く興味がなかった。で、15歳のときに自分がゲイであることに気付いたらしい。
そこで少しの間があっておれの様子を伺っているのがわかった。驚かなかったわけではないけれど、ゲイ事情を知らないから何を言えばいいのかわからず彼の言葉を待った。
高校の頃に好きな男子はいたが恥ずかしくて告白などできず、告白してくる女子に対しては千切っては投げ千切っては投げを繰り返し、とにかく悶々としたものを勉強に打ち込むことでやり過ごしていたという。大学へ進学してインターン制度を利用して国家安全保障局で働き、卒業後は局員になると決め採用にエントリーしたそうだ。
NSAの局員になるためには幾重にもチェックがあり、特に身辺調査は徹底的に行われるので、経歴や性的嗜好に傷があってはならないため恋人は諦めていたという。
大学を卒業すると晴れて局員となることができた。しかも半年もしないうちに恋人ができた。彼は結婚しているバイセクシャルな人だったが、それでも初めて気持ちを受け止めてくれる存在が現れ幸せだったそうだ。
「でも私が全てを壊してしまったのです」彼はそう言って一呼吸置く。
その彼が事故で入院した際に、お見舞いに行くと彼の奥さんと鉢合わせてしまい、その場は仕事関係と取り繕ったが後で彼からめちゃくちゃに怒られ、しばらく会わないと宣言されたそうだ。その悲しみを埋めるためそういう人たちのパーティーに参加し、泥酔状態で複数人と性的な関係を持ったのだという。
NSAでは健康状態が業務に影響を及ぼすことを重視していてしっかり管理されている。そんな状況でHIVウイルスの陽性反応が出てしまい彼のNSA局員としてのキャリアは4年程で終わる。しかも彼はいつ死ぬかわからない時限爆弾を抱えてしまった。
本来NSAは情報分析が主な職務でありいわゆる工作員のような存在は公には認められていない。しかし実際には現場で盗聴機器を仕掛けたりする存在がいて彼らはNSAの出先機関のような民間企業に所属しているそうだ。彼を評価する者からの紹介でヨハンソンはそんな民間企業の社員となり、NSAの手足となった。
「なので正確には『NSAの』とは名乗れないのです」と彼は寂しそうに言った。
6年前に人工ワームホール調査におけるフィールドワーカーの任に就き、あちこち飛び回ることになった。このとき相棒となる彼と初めて会ったときから予感があったそうで、さほど時間がかからないうちにお互い惹かれあって二人は付き合うことになった。
感染予防は徹底していたが、ある日、彼からゴムを使いたくないと言われ、意を決してHIVキャリアであるとカミングアウトすると彼は仕事を辞め、彼の前から去ってしまったそうだ。
告白をしなかったことは裏切りだと罵られたのを忘れられないと言う。
そんなわけで次の相棒としてミシュラさんが配属された。彼女にはそんな素振りも見せていなかったはずだが、ある日、ゲイなの?と訊ねられたのでYesと答えたそうだ。さらにHIVのキャリアであることも明かし、エイズを発症するまでは黙っていて欲しいとお願いすると彼女もYesと答えたという。そんな彼女は信頼に足る人間だと言う。この話を知らなくても二人の信頼関係は強いって見てたけどな。
一通り話を聞いてなんと言えばいいのか考えてみたものの、ゲイの気持ちはわからないし、おれの興味はそこになかったので素のまま対応することにした。
「なあ、一つ聞きたいんだけど。どうやってゲイなのか見分けるの?仲良くなって告白してみたら、いやちょっと…て言われたらショックでかくない?」
真面目に質問したつもりだったのだけれど、彼は驚いた顔をして笑っている。
「アハハハ。あなたといいアドラといい私は幸せ者ですね。そんなのは視線や仕草を見ればわかるものです。それに私は告白に関しては物凄く慎重ですからね」
「そんなにおかしいか?だってさ、おまえがいいなと思っても向こうがノーマルならどうにもならないじゃん。下手すりゃ友達関係すら拒否されたりするだろ?」
「あなたはどうですか?いま私の話を聞いて、私と友人になれますか?」
「はあ?もうトモダチだろ?おまえがこんな話するぐらいなんだから。違うの?」
彼はハッとした顔をして、次の瞬間すごく悲しい顔で笑った。
「仕事とはいえ、あなたみたいな人と出会えたことを感謝します。きょうのこと死ぬまで忘れません」
おれにはトラウマというか戒めがあるが、自分で英雄らしく思える生き方をしようと思った。次の言葉を吐く前にもう一度覚悟があるのか己に問う。
そうしようと思うのは100%が彼のためではない。彼の助けが必要になるかもしれないから自分のためにやる。そして今度は舐めてかからないように準備をする。
そう覚悟が決まったら彼にそれを伝えるための言葉を発する。
「なあヨハンソン。おまえHIVウイルスのこと詳しく調べておれに教えられるか?」
「えっ…調べられますけど。教えるっていうのはどういうことですか?」
「ウイルスの性質として、こういう作用が働けば無効化できるって教えられるかってことだけど」
ヨハンソンはおれが言っている言葉の意味を探っている。もういつも彼の顔だ。
「もしかして、ハナダさんが無効化できるって言っているんですか?」
「絶対じゃないしリスクだってある。でも、それができるのはおれだけだ、たぶん」
ヨハンソンは深々と頭を下げて泣きながら「ありがとう」と両手でおれの手を掴んで来た。握られた手を引き抜いて彼の肩に乗せて「任せろとは言えない。だからおれとおまえの共同作業だ。頼りにしてるよ」と言った。
そのときキリンが鳴いた。牛みたいな鳴き声だった。