ジラフハウスを出てすぐのところに売店があったので昼飯のバーガーを買う。支払いはヨハンソンがしてくれたので「なんだか弱みを握ってたかってるみたいだ」と言うと「先行投資だと思っていますよ」と返してくれた。いい奴だなと思った。
バーガーを食い終わったら入口に向かって歩きながら治療方法について相談する。
用意してもらう資料や画像、駆逐方法など、いつぐらいに揃うか尋ねると、明後日には揃えられるというので、木曜日は休みだし夜にホテルに来るように言う。
すると「部屋に誘ってくれるんですか」といつもの笑顔で言うので「おまえと薄い本になるつもりはねえからな」と釘を刺しておいた。
「期待させて悪いんだけどおれは医療に関して素人だから、翌日には血液検査してウイルスがどうなったか確認して欲しい。結果ってどれくらいで出るんだ?」そう訊ねると「だいたい一週間ですね」と言われた。「もし陽性のままだったら、なんとか滞在を伸ばしてもう一度やろう」と提案する。
「ありがとうございます。その気持ちだけでもう半分ぐらい死滅していますよ」
自力でダメでも、こっちにいる間にアサガオさんが来る。そこでワンチャンあるだろう。彼女でもわからないってなればお手上げだけど。こっちからやるって言った以上ヨハンソンの前で不安な顔をするのはやめよう。
あとは、部屋の鏡でトランス状態になる練習もしておこう。準備は万全に。
作戦会議が済んだ頃にはペンギンのところまで戻っていた。まだまだ見たい動物はいっぱいいたが広いし冬場は外にいなかったりするので入口に向かい帰ることにした。
ホテルまでの車中で「明日の脳波検査、何か仕掛けてくるかもしれませんがアドラと対応しますので」と告げられ「頼むよ」と短く返事をする。
確かにあの中年太り医師、怪しいんだよないつも。つうか脳波がウルグアイや東京の時みたいに落ち着けば妙な気も起こさないはずだけど、あれはどういう状態だったのか。
夜はパウラ先生のスペイン語講座で癒された。恋の相手は女性がいいよなあ。
動物園で歩き疲れたのかぼーっとしてしまっているので、聞くのも話すのもダメダメだった。集中力が散漫であることを察したパウラ先生が「日本語デ、イイデスヨ」と甘やかしてくれるので、生オカピを見てきたんですよ!とオカピの話をした。
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翌朝、ヨハンソンと一緒に迎えに来たミシュラさんがおれとヨハンソンを交互に見て「ドコニ、イキマシタカ」と訊いてきたので「動物園でオカピ見てきました」と答える。
そしてヨハンソンに英語でなにか尋ねているけれど彼も「別に」みたいな受け答えをしている。カミングアウトは想像できてもウイルス駆除までは思いつかないだろう。検査結果が出るまでは黙っておこう。
病院に着いたらMRIの検査。これはいつも異常なし。おれの脳の変化は見た目にはわからないというのが面白いなと思い始めている。
そして脳波検査になる。この日はすんなり眠れて一通り脳波の計測ができたのだけれど、異常なしだった。どういう理屈で暴走したり普通になったりするのかわからないが、もしかしたら慣れてきて緊張していなかったのが原因かもしれない。
中年太りは声を掛けてこなかった。だけれども恨みがましい目でこちらを見ていた。 誰か別の人に代えてもらうことはできないのかな。
昼はフードコートでピザ。きょうは一人用のものをそれぞれ食べる。あとサラダ。
ミシュラさんがまだおれたちに何かあったと思っているようなことを言う。
「ワタシハ、セクシャリティニ、ヘンケン、アリマセンヨ?」
「そう言われても本当に何もないですよ。話は聞いたけれどそれ以上のことは」
「ホントウニ?ナニモナイ?フンイキガ、スコシチガイマス」
「そうですか?あれ、もしかしてミシュラさんおれのこと好きなんですか?」
そう。この「おれのこと好きなの?」はキラーフレーズなのだ。
悪魔の証明みたいなものでそれを否定する術はない。黙るしかないのだ。
もし仮に反論してきても「そんなにムキにならなくても」という追い打ちもある。
「ハイ、ダイスキデス、ダカラ、ホントウノコト、オシエテ、クダサイ」
あれ?必殺だったはずなのに、ダメージゼロなんだけど…
すると黙ってやりとりを聞いていたヨハンソンがミシュラさんに向かって「アドラ、その時が来たら言うから」と日本語で言った。おれにもわかるように。
パウラ先生のスペイン語講座はダメ出しが多かった。いままで大目に見ていた部分を矯正してくれ始めたっぽい。そうなると途端に喋れなくなったが、パウラ先生は根気強く優しく教えてくれた。裏腹にパウラ先生の日本語は勝手に流暢になっている。
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火曜日は心電図、肺機能、腹部エコー。特に異常はないっぽい。
検査が終われば昼飯食って帰るものだと思っていたら、初めて会う医師の部屋に連れて行かれた。バックトゥザフューチャーの主人公のお父さんにそっくりな人だった。そういや脳波検査の中年太り、ちょっとビフに似てるかも。
医師から初日にやった血液検査の結果報告があった。通訳はヨハンソン。
彼曰く、ミトコンドリアDNA(mtDNA)にはハプログループという民族や地域ごとの特性があるが、おれのソレはデータベースに照合しても合致せす、喪失した古代ものか、未知のものか、とにかく見たこともない配列だったそうだ。
変異しているみたいだからそうなるのだろうが、古代説は初めて聞いたな。
あと、D-loop領域というところが一般人と大きく違ったそうだ。可塑性がどうとかと言っている。この結果なら重篤な代謝異常が出ているはずなのに健康なのが不思議なのだそうだ。さらにtRNAのいうものが特定タンパク分解系において非常に高い数値を示しているらしい。シグナリング効果も分離促進していて、と一通り説明を受けたが途中からついていけなくなってしまったので、神妙な顔を作って何度も頷いておいた。