水曜日は休み。夜にはヨハンソンの治療が待っている。
ひとまず昨日、一昨日と鏡を見ながらトランス状態になる練習はしてあるから、あとは正確な対処方法がわかればなんとかなると思う。自分で調べて予備知識を入れておくか迷ったが、わからないことがあれば一旦現実世界に戻ってヨハンソンと相談しながらやればいいことに気が付いて、妙な先入観は持たないことにした。
昼前にウチヤマ先生が様子を見に来てくれたので昼飯がてら散歩に出ることに。
先週の木曜からの検査内容や結果、それから血液検査の結果について話した。
ミトコンドリアDNAに関しては「なんか未知のグループらしいです」としか説明できなかったが、先生は知っていたようで「東京での検査結果でも未知の14塩基の挿入が確認されていました」と教えてくれた。
昼食は港から少し離れたところのメキシコ料理店へ行った。適当に注文して、少し気になっていたことを尋ねてみる。
「先生の奥さん、おれの能力のこととか聞いても驚いてなかったんですけど、もしかして能力者だったりします?」まさかとは思うけれど一応。すると彼は「実は家内も…と言いたいところですが僕と同じ一般人ですよ」と否定された。
アズマ教授と一緒に調査研究をするようになり、事あるごとに説明をしていたので心構えが出来ていたのだろうと。最初に魔法のようなことができる人間がいるという話をしたときは、殺されるんじゃないかとすごく心配されたそうだ。
異能者はヒーロー側じゃなくヴィラン側に思われてしまうのは世の常だろうか。
先生と別れ部屋に戻ってヨハンソンに「いつでも来ていい」と連絡をする。
16時ぐらいになるというので、だったらバーガーかサンドイッチか食べるものを買ってきて欲しいと伝えると「わかりました」と二つ返事で了解してくれた。
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16時きっかりに部屋のドアがノックされる。覗き穴から確認するとヨハンソンがまあまあな荷物を持って立っている。ドアを開け中に招き入れると「シャワーは別々に入りますか?それとも一緒に?」とふざけているので「ばかなこと言ってないでさっさと説明しろ」と笑った。ガチガチに緊張されているよりはマシだったけれど。
デスクのところに座るとさっそくヨハンソンからHIVウイルスについての説明があり、ノートパソコンでウイルスの画像を見せてもらう。ビジュアルはイメージするのに必須なので最初はそこから。
ボールからタコの吸盤みたいなものがいくつも生えているゴムのおもちゃが昔あったのを思い出す。ウイルスはそれにそっくりだった。
次にウイルスに感染する仕組みについて教えてもらう。HIVウイルスの感染時に奴らが逆転写酵素というものを使ってウイルスのRNAを通常細胞のDNAに上書きしてしまう。
そうやって乗っ取られた細胞が感染細胞を複製していく。ここのときの逆転写酵素とウイルスRNAの関係を断ち切り、感染細胞のDNAと宿主細胞のDNAの融合を解くのがプランA。プロセスが2つあるのがネックに感じた。
プランBは、HIVウイルスのgp120というエンベロープタンパク質がCD4受容体という免疫細胞の表面にある糖タンパク質に結び付くことで免疫不全を起こすことが問題なので、gp120の立体構造を壊してしまうパターン。イメージで言えば、例のタコの吸盤みたいなやつを端から千切る作業。これをやるとすでに侵入したウイルスも内部構造のタンパク質が解体され無力化できるのがメリット。
「逆転写酵素とRNAの方は難しそうだ。正常なDNAを傷つけたり壊すリスクがある。HIVウイルスの触手を壊す方がイメージしやすいし、通常細胞に絡まなさそうだから安全だと思う。どうかな?」
「私は感染してから2年以上経過しているので、HIVのDNAが既に私のゲノムに転写されています。なのでウイルス粒子は無効化できても潜伏ウイルスまでは駆逐できないでしょう。DNAのことはイメージできませんか?」
DNAを触ったことはある。アサガオさんの加齢をサポートしたときに見た。
二重螺旋の川の中に浮かぶ黒い斑点を。あれを隊列から外してやればいいのか。
「なんとかなると思う。スパイクをつるつるにしたら一度休憩しよう。その後でもう一度ダイブしてDNAの対処をする」
「わかりました。じゃあいつでも始めてください」
ヨハンソンはベッドに横になって目を閉じた。おれは傍らに膝立ちになり彼の胸のあたりに両手を置いてトランス状態になる。そして彼の中へダイブする…
赤い海の中にスパイク付きの球が漂っている。つるつるになれ!と念じながらそいつらに触れて行くとふわっと弾けるようにスパイクは溶けて消えた。残った球体は異物としてきっと免疫細胞が駆逐してくれることだろう。
その現象は次から次へとスパイクを解体している最中に起きた。触れようとしたときに、うにゅうにゅっとスパイクが揺らいだ。こいつ避けてやがる!まじで質《タチ》が悪い。
とはいえ見逃すわけにはいかない。ウイルスごと駆逐してやる!そう思いスパイク付きのウイルスを掴んで潰すような感覚で除去していく。するとまた問題が発生。
おそらく正にいま、CD4受容体に憑りついたらしいHIVウイルスが現れた。
これを丸ごと処理するわけにはいかないと思い、そいつのスパイクに触れて活性化を阻止する。やがて憑りついた奴の中に避ける最悪のやつが現れる。HIVに対抗する薬がなかなか完成しない原因はここにあるのかもなと納得がいった。
しばらくウイルスと格闘していたのでイメージが強まった感覚があった。
そこでHIVウイルスに色を付けてみることにした。普通のやつが青、避けるやつが緑、憑りついてるやつを黄色、憑りついて避けるやつを黄緑、連中をそう知覚する。
そしてまず青を全て駆逐する。次に黄色を駆逐。緑も順調に数を減らし、最後に残った黄緑も一個一個解いた。赤い海を見渡して色付きがないことを確認したら現実世界へ戻る。あまりにも長い時間ダイブしていたので戻れるか心配だったが、ぎゅっと目を閉じて再び開くような意識をして無事に戻れた。
「ひとまずスパイク持ちは片付けた。もたもたしていると乗っ取られた奴がまた吐き出し始めるんだっけ?」
「はい。だいたいそんなイメージです。でも大丈夫ですか?疲れてませんか?」
「少し疲れたけど、やり直しの方がよっぽど疲れるよ。じゃあ続けようか」
休憩している間に厄介事が起きる気がして休まずやることにした。