トランス状態になり再びヨハンソンの中にダイブする。
赤い海の様子を眺め、色付きがいないことを確認したらさらに奥深くへ潜るイメージをすると、アサガオさんのときに見た二重螺旋の隊列が見える。斑点付きの渦を探すとあちこちにいるのがわかる。けっこうやられてんな、と思いつつ隊列へ近づく。
隊列を乱す黒い粒を押しのけて綺麗な形に整える。その作業を続けていると、めちゃ黒いやつらがいるのが見えた。これが乗っ取られた受容体ってやつだろうか。
感覚的にこいつはまとめて除去して大丈夫そうだと思い、バラバラに解体した。
するとあちらこちらで真っ黒い粒が散らばって霧散していった。連動してる?
普通の隊列の中の黒い粒も解けて消えていっている。何が起きているのかわからないが、もしかしたらおれの能力がレベルアップして追尾機能が追加された感じか?
おれはその様子をただ眺めていた。そして黒い粒や違和感のある隊列がなくなったことを感じ取って、スパイクを除去した赤い海の世界へ戻る。
さっきスパイクだけを取り除いた球もきれいさっぱり消えていた。
なにか奇跡のようなことが起きた。癌治療は失敗したが手が届くなら救いたいと願ったことが奇跡を起こしたのではないかと思った。もしくはヨハンソン自身が治りたいと強く想ったことがこういう結果へ導いたのかも。
晴れがましい気分で現実世界に戻る。
「おつかれ。終わったよ。たぶん奇跡が起きて全部滅ぼせたんだとおもう」
「えっ…奇跡って?いったい何が起きたんですか?」
ヨハンソンは身体を起こし、おれはベッドの端に腰かけて、彼に一つずつDNAの黒い粒と真っ黒い隊列を消していたら、急に連鎖反応のようなものが起きてHIVのクソ野郎たちは全滅したと説明した。
「それはおそらく『異物遺伝情報』そのものを除去したのではないでしょうか」
「え?なにそれ?奇跡じゃないの?」
「あはは。あなたが無自覚で起こしたのだから奇跡のようなものかもしれませんね」
ヨハンソンの説明によると「解く」力でウイルスの遺伝情報そのものを「場」から除去したので同じ情報を持つものが一斉に消えたのではないかとのこと。なにそれ都合よくね?
「とにかく明日検査受けてきてくれ。結果が出るまでは手放しじゃ喜べないから」
「ありがとう、改めて感謝します。あなたを信じて、話して、託してよかった…」
「まだわからないけど少しは期待できるかな。資料とか説明とかおれ一人じゃどうにもならなかったし、お疲れさま、ヨハンソン」
ヨハンソンは感極まったように抱き着いてきた。おれも腕を回して労うよう背中をぽんぽんした。するとヨハンソンは身体を離してチューしようとしてきたので顔をぐいっと押しやって慌てて部屋の入口の方へ逃げた。
「お、おまえ、そういうのなしだろ!油断してたわ!」
「ハナダさんなら受け止めてくれるかと思って」
そういうヨハンソンは潤んだ目のままニヤニヤしている。そんな照れ隠しある?
でも、きっと彼にしてみれば感謝の言葉を並べるよりも親愛を示せると思ったからそうしたのかなと思った。力ずくなら逃げられなかっただろうし。ややこしいな。
「次やったら干物にするからな」そう言って備え付けの珈琲を2つ淹れて、一つはベッドに陣取るヨハンソンに渡し、おれはデスクの椅子に座ってとりとめもない話をした。話をしながらベッドを明け渡すつもりあるのか不安になってきた頃「じゃあ、そろそろ帰ります」とヨハンソンは立ち上がった。顔に出てたのかな。
荷物をまとめて出て行くヨハンソンをドアの前まで見送りに行くと、こちらへ振り向いて「私、どっちでもいけますから」と言うので「新しい恋人ができたら教えろよ?トモダチなんだから」と返すと、いつもの人懐っこい笑顔で「しばらくは片思いですね」と言って部屋から出て行った。
どのくらいの時間がかかるのか読めなかったので、パウラ先生には予めきょうの講座はお休みと連絡をしておいたので、シャワーを浴びて寝ることにした。
シャワーを浴びている間、ヨハンソンがどうにかして入ってくるんじゃないかとビクビクして落ち着かなかった。
―――――
翌朝、ホテルに迎えに来たヨハンソンはすこぶる上機嫌だった。明らかに様子がおかしいのでミシュラさんが「カレト、ネタ?」と小声で尋ねてきた。
「性的な接触は一切ないです」と真顔で返すも彼女は怪しんだ目を向けるばかりだった。彼女は英語でヨハンソンに同様の質問をしたっぽいのだが彼は「さあ?」みたいな顔をするだけで明確に返事をしないものだから、彼女の中に芽生えた疑惑は深まるばかりだった。
木曜日なので心理検査とストレスチェック。
心理検査は予告通り言語理解のテストだった。まず文章があり、次に設問があって、真(論理的に導かれる)、偽(論理的に謝りがある)、どちらでもない、の3択で答えていく。なんというか法律の解釈を問われているような感じのテストだった。
次にどっかで見たような設問の並ぶパーソナル検査をやっつけて、続いてストレスチェックという名のアンケートをこなして終了。
3人で摂った昼食時にミシュラさんがずっと「ナニガアッタ」と針が飛んだレコード状態になっていたので「そんなにおれのことが好きかアドラ」と言うと「ハイ、ダイスキ、ダカラ、ナニガアッタ」とちょっと針が滑るようになるだけだった。
おれのことが好きかというフレーズ、ぜんぜん最強でもなんでもなかった。
ただ、面白半分でアドラ呼ばわりを繰り返しても彼女は嫌な顔をしなかったので、この日からおれもヨハンソンと同じようにアドラさんとファーストネームで呼ぶようになった。