地獄の金曜日がやってきてしまった。きょうはアドラ軍曹の機嫌がいい。
そんなわけで、挑みたくない体力測定に無理矢理に挑む。
結果、腕立て伏せ15回、懸垂5回、デッドリフト2回、ボール投げ8m。
シャトルランはまともに走れたのが2回、もう1回は途中棄権。2回は歩き。
少しずつだけど記録が伸びているので軍曹に「ガンバッタ」と労われた。
昼食はピザ。きょうは大きいやつをシェアした。
お喋りの収穫としてはアドラさんはあまり他人の気持ちがわからないらしい。
美人なのでかなりおモテになるのだけど、どういう感情で声を掛けてくるのかわからないそうだ。一度ストーカーのように付きまとわれたらしいのだけれど、直接対峙して空っぽの目で見つめていたらそいつは泣きながら去って行ったそうだ。
自分から誰かを好きになったりしないのか尋ねると、これまで一度もないという。
よくそんな人間がハニートラップを仕掛けようとしたもんだ。あ、モテるから?
夜はパウラ先生のスペイン語講座というか明日の打合せ。空港まで出迎えに行くと言うと、ホテルまでタクシーで行くからいいと断られた。
モンテビデオ0時発の飛行機で明日の13時にワシントン・ダレス空港に着くそうだ。時差が1時間なのでもっと近いと思っていたが南北に相当な距離があるようだ。
また明日と言って早めに通話を切り上げて、風呂に湯を溜めマッサージをした。
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土曜日の14時頃、パウラさんから連絡がそろそろ来る頃かなと待っているとドアがノックされた。まさかと思って覗き穴から見ると女神が降臨していた。
「どうして?」と言いながらドアを開けると「チェックインが16時ダカラ、荷物」と笑顔で部屋に入って来た。なんだかとても積極的で圧倒されてしまう。
彼女は荷物を部屋の隅に置くと、ベッドにぽすんと腰掛けた。
外国人は二人きりだとこんな感じが普通なのか?知らない仲ではないけれど。
「長時間のフライト、お疲れさま。なにか飲みますか?」
「アリガトウ。大丈夫、水、アリマス」
彼女はそう言って荷物からボトルを取り出し、またベッドにぽすんと座る。
ちなみにいま彼女は濃い茶のリブニットのタートルネックのセーターを着て、グレーのリブニットのロングスカートを履いてベージュのブーツを履いている。完全に殺しにきている。「ここは部屋、セックスよし」とか言われたらルパンのようにベッドにダイブしてしまうだろう。中年なのに動悸がやばい。あ、中年だからやばいのか?
「えーと、水族館にでも行こうかと思っているんだけど、もう少し休む?」
「ソウデスネ、今日ハ、宇宙人ノ私ノ話ヲ、聞イテモライタクテ、来マシタ」
彼女はそう言ってふーっと大きく息を吐き出すと、なにかスイッチが入ったように表情が変わった。まるで懐かしい友人にでも再会したかのような表情に。
「直接お話するのは初めてですね。わたしはサヨ。パウラの中の宇宙人です」
「えっ?」えええ?サヨ?誰?宇宙人?中の人?え?
「うふふ。驚きましたか。わたしたちはえーと、16歳の頃だから、17年前に知り合いました。それからずっと一緒なんです」
「ていうか日本語… サヨって… 日本人なの?別人格ってこと?」
「あっ、二重人格ではないです。別々の人間です。ああ、でもわたしは人間じゃないから、えーと、魂が2つあると思ってください」
「あ、魂が。そうですか」急に別人のようになって驚いたが、おおよその見当はついている。魂だけになった人に会ったことがある。彼女は生きている人には入れなかったと言っていたけれど、パウラさんというかサヨさんは入れたのか。
「あれ?もしかしてわたしたちのような人に会ったことがあるんですか?」
「うん。たぶん同じ宇宙船に乗っていた人だと思う。ウルカさんて覚えてる?」
「ウルカ?わからないです。でも宇宙船から黒い穴に入って魂だけになった人をもう知っているんですね。ふふふ。やっぱりすごいなあハナダさんは」
「たまたまですよ。で、サヨさんも今より未来に生まれたの?」
彼女は嬉しそうに「はい」と言って、未来の話をしてくれた。
50年後の未来、サヨさんの家族は姫路に住んでいて父母弟の4人家族で、親父さんは製鉄所で働いていたそうだが、もっと給料のいい火星へ家族を残して行くかどうか悩んでいたそうだ。サヨさんは神戸の進学校を受験するつもりで猛勉強をしていた。
彼女が15歳のときに火星に隕石が衝突して、父親が火星に行かなくて本当によかったと思ったそうだ。その後、晴れて高校へ入学した頃から連日ブラックホール化のニュースが流れ始め、地球が危ないと皆が口々にする頃、地震が頻発したらしい。
昔の大地震だって乗り越えたのだからきっと大丈夫だと父親は言っていたが、巨大地震で沿岸部は壊滅、姫路も津波に飲み込まれたまま海になったみたいだ。その際にいつも通りに出勤していた親父さんは亡くなってしまう。
巨大地震の予測を受けていた学校から家族と一緒にいるよう言われ、念のために山の方へ避難していた彼女たちは生き延びたが、食べるものも住むところもなく非常に原始的な暮らしをしていたそうだ。
そういった家族がぽつぽつと集まり小さなコミュニティを築き始めた頃、国防隊がやってきて彼女に「人類存続のため、あなたが選ばれた」と一緒に来るよう言われる。人類存続なんて大きな責任を負わされるようだったし、家族と離れたくはなかったが、コミュニティの人々から「がんばって」とか「未来を頼む」などと励まされ行かないわけにはいかなくなり、国防隊に連れられて山を下り、ボートで空母まで移動すると綺麗な飛行機が用意されていて、それに乗ってネバダ州の宇宙基地に辿り着いたんだという。
そこに集められた少女たちは未知の惑星で子供を産むために宇宙船で長い旅に出る、と聞かされたときは冗談じゃないと思ったそうだ。