結ぶと解く   作:ながずぼん

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第119話 過去と交代

「まだロクに恋もしていないのに出産のための道具になるなんて、酷い話だと思いませんか?しかも機械に卵を産み付けられて。わたしバージンなんですよ?」

 

 アサガオさんは人類が一つになった美しい光景だったと言っていたが、サヨさんにしてみればはた迷惑な使命を背負わされた感覚しかなかったようだ。

 

 宇宙船で未到達領域の惑星目指して旅立つも、早々に反乱分子となって暴れたり自暴自棄になったりする少女たちの中でサヨさんは「情報リファレンスの部屋に引き籠っていた」そうだ。そこには電子書籍のような状態で様々な本がありコミックも多数収蔵されていたので、それを読んで何人かの子とやり過ごしていたらしい。

 コミックスの中には彼女が大好きだった『ゲンゾウ』という主人公が出てくる侍漫画があったそうで、全60巻を地球にいる頃から何周も読んでいたという。

 

 『侍ボンバイエ』という変な題名のその漫画の話をするサヨさんはちょっと早口で、これって界隈の特徴なのでは?と彼女の嗜好が十分に伝わった。

 ゲンゾウの刀はナノマシンで出来ていて、生物は斬れない仕様になっているにも関わらず知恵と工夫で数々の敵を打ち倒して友情を育み、困ったときには都度都度女性に助けられ最終的には電脳世界の王を打ち倒すという物語らしい。侍島耕作か。

 そしてゲンゾウのビジュアルは、横と後ろを刈上げたちょんまげ、つまりマンバンであり、顎に無精髭を生やした中年男性なのだと目を輝かせて彼女は言う。

 

 まだまだゲンゾウについて話が止まりそうにない彼女だったが「それでそのままブラックホールに突入したんですか?」と彼女自身の話へ戻すと、「そうですね。警告音がずっと鳴っていて、宇宙船が一瞬ものすごく広くなったら真っ暗になって」と、突入時の内容はアサガオさんの話と完全に一致していた。

 彼女もまた波動のようなものを感じたら知らない人の記憶が流れ込んで来たと言っていた。そして真っ暗闇の中で長い時間眠っていたと思うと言った。

 

 それで次に目が覚めたときは知らない場所で宙に浮いていたそうで、視界が戻ったときにその光景だったから、落ちる!ってすごく焦ったと笑っている。

 自分の身体がないことは不思議に思ったが深く考えず、眼下に自分と同じ年ぐらいのかわいらしい女の子を見つけたので声を掛けてみたそうだ。

 

「公園で一人ぽつんとブランコに座っていた女の子に、こんにちはって声を掛けたのね、そしたら彼女、誰?妖精さん?って言うの。わたし魂だけになっちゃってたから、そうだよって答えたの。それがわたしとパウラの出会い」

 

 パウラさんは突然脳内に響いた声に怯えず、妖精だと思って受け入れたのか。

 

 それからパウラさんはサヨさんのことを誰にも話さず、サヨさんも不用意に話し掛けたりしないで彼女が一人のとき以外は様子を眺めているだけだったそうだ。それでも一緒に高校に行きスペイン語も覚え、彼女と共に成長している気分だったそうだ。

 ところがパウラさんに恋人ができると状況は少し変化したようで、外でのデートはまだ一緒にいることを許してくれたが、部屋で二人きりになったときは絶対に覗くなと言われ、自分には身体がないから恋人も作れないしエッチすることができないのが悔しくて寂しいと思うようになったという。エッチ、久しぶりに聞いたな。

 

 その後、パウラさんに悲しい出来事があって心神喪失状態になったとき、彼女を助けようとして中に入ったとサヨさんは言った。

 彼女が言うには元々パウラさんの中にサヨさんの居場所があって、初めて話し掛けたときにそこにサヨさんの一部が少しだけ定着していたという。それでパウラさんがピンチの時にすんなり入ることができて魂が2つある人間になったという。

 

「わたしはパウラの身体を乗っ取る気はなかったし彼女の人生の邪魔をするつもりはなかったけれど、病院にゲンゾウが現れたのだから嬉しくてつい、パウラの口を借りてあなたの世話がしたいって院長先生に頼み込んだの。そうしたらわたしと同じ宇宙人みたいだし、不思議な力はあるし、あなたのこと大好きになっちゃったの」

 

 そうだったのか。最初からすごく優しかったのはおれがゲンゾウだからなのか。

 そりゃそうだ、こんな冴えないおじさんが初見で優しくされる理由がない。

 

「ふー。わたしの話はこれでおしまい。じゃあ水族館に連れて行ってもらえる?」

 

 彼女はそう言ってベッドから立ち上がり、おれが立ち上がると腕を組んで来た。ぎゅっと掴まれた腕に柔らかい感触があるし、いい匂いがして頭がクラクラする。

 閉館時間まであんまり余裕はないけれどホテルを出て水族館に向かう。

 

 水族館に入ると人はまばらだった。特に目当ての水槽があるわけではなかったので、通路なりに進みながら好きな寿司ネタとかを話ながら歩いた。日本の寿司屋の話が通じるところをみるとまだ表に出ているのはサヨさんなのだろう。

 生け簀を見下ろすような形になっている場所に出ると彼女はさっと腕を離し、手摺にちょっと乗り出しながらエイなんかが泳ぐ様子を楽しそうに眺めている。

 

「ありがとう、ハナダさん。わたしいまデートしてるね。こんなに楽しいんだねデートって。パウラが邪魔されたくなかった気持ちがわかるなー」

 

 こちらに振り向いてそう言う彼女は笑顔ではいるけれど、とても寂しそうだ。

 そんな顔を向けられて掛ける言葉がない。おれが泣きそうになってどうすんだ?

 

「あのね、ハナダさん。わたしの方がハナダさんのこと好きだと思うけれど、パウラも好きだと思うよ。だからわたしはちょっと休みます。パウラのことよろしくね」

 

 そう言うとサヨさんの気配は消え、これまでに見たことのないほど余所余所しいパウラさんが目の前に現れた。まるで知らない人を見ているような目をしている。

 

「No puedo hablar japonés sin la ayuda de Sayo.¿lo entiendes?(わたしはサヨの力がなければ日本語を話すことができません。わかりますか?)」

 

 スペイン語だった。かろうじて聞き取れたが、おれもスペイン語で話すしかないようだ。特訓の成果をいま見せるときだ!

 

「entiendo.Mi español es pobre, pero creo que puedes entender.(わかりました。わたしのスペイン語は下手ですが、あなたには通じると思います)」

 

「Hablemos mientras caminamos(では、歩きながらお話しましょう)」

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