月曜日、迎えに来たヨハンソンに開口一番「で、旅行はどこに行きましょうか」と訊ねられる。「嘘も繰り返せば真実になるってナチスのやり方だぞ?」と返す。「ナンノ、ハナシ、シテイマスカ?」きょとんとした顔でアドラさんが尋ねてくる。「こいつがおれを洗脳しようとしている話ですよ、アドラさん止めてください」そう言って彼等より先にホテルの前に停めてある車に向かった。
病院に着くと早速MRIで輪切りにされる。いくら映像で調べても何も出てこないんだけどねと思いつつ、脳波検査に向かう。
例の中年太りがねめつけるような眼差しを向けているのを無視して検査室に入り、ベッドに横になる。電極を付けられアドラさんの指示に従う。
睡眠時のやつ、きょうはぐっすりだった。パウラさんの中に入ったやつで相当疲れたのだと思う。ただ起きている間は神経過敏になっている気もするから妙な波形が出て詰め寄られたら嫌だなあと思った。
フードコートでサンドイッチを食べながら「きょうはあの医師なにも言って来なかたね」と言うと「それはそうですよ、きょうは異常な波形が出ないはずですから」とヨハンソンにウインクされた。
「もしかしてなにか細工した?」と訊ねると「昨日能力を使ったみたいなので、いま測るととんでもないことになっていると思いますよ」と言われた。おまえ、仕事できすぎるだろ。おれが乙女なら惚れちゃうけどノーマルな中年だ。惚れぬ。
すると「キノウ、ナニカシタ?」とアドラさんに言われ「気のせいです」と答える。しかし感情のない目でじっと見られ「週末は女性と一緒でした」と白状した。
「ジョセイニ、チカラ、ツカッタ?」と追及され「悪用はしていませんよ」と答えた。それでもまだ探るような目を向けてくるので「力使ったからフラれたんですよ」とぶっきらぼうに言うとそれ以上の追求はなかった。
ホテルに送ってもらう。もうパウラ先生のスペイン語講座がないので暇だった。
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火曜日は心電図と肺検査と腹部エコー。
どれもこれも異常なし。エコー検査の技師がおじさんに代わっていた。
いつものようにフードコートで昼食。明日、検査は休みだけれどアズマ教授たちと面談の予定だからいつもの時間に迎えに来ると言われた。
その後、ホテルまで送ってもらいアズマ教授たちとは個別で話ができないものかと考えていた。アサガオさんに会えたらヨハンソンのこと、スペイン語のこと、パウラさんのこと、いろいろ話したいことがあった。
ノートパソコンで言語の習得は脳のどの部分が関係しているのか調べているときだった。コンコンと部屋のドアがノックされたので覗き穴から確認するとアズマ教授とアサガオさんが立っていた。白いつばの広い帽子の彼女とベージュのトレンチコートの教授。二人はまるで戦闘機乗りの豚の映画のような格好をしていた。
ドアを開けると「元気そうですね、安心しました」と久しぶりに孫を愛でる顔の教授の声を聞いた。何週間か前は随分寂しそうな雰囲気があったが今はない。
「中、入りますか?それとも外に?」そう訊ねると返事もないままアサガオさんが部屋に入ってきて「あら、一人の部屋だとこんなに狭いのね。わたしたちの部屋はもっと広いわよ」と手を広げてにこにこ笑っている。変わらないなこの人。
応接スペースもないことなのでベッドに二人並んで腰かけてもらい、おれはデスクチェアに座ってまずは二人の話を聞く。というかアサガオさんがずっと喋っている。
機内食が思っていたよりおいしかったわ、機内が寒くてブランケットを何枚も貰ったの、着陸が下手だった、とにかく初めての飛行機に興奮しているようだった。
「あらやだ、わたしばっかり喋っちゃってごめんなさい。で、あなたはどうなの?」
やっとおれのターンが回って来た。「大きな出来事が3つありました」そう前置きして、まずはヨハンソンの件を話す。空港でアサガオさんに励まされたからHIVウイルスに挑めたこと。ヨハンソンの準備がしっかりしていたから駆除できたこと。それから『異物遺伝情報』そのものを解いて一気に無効化したこと。
「あなたって、それを無意識にやるっていうのがほんとうに興味深いわね。ねえ、タダヒトさんもそう思わない?」
アサガオさんは教授に同意を求め、教授もうんうんと頷いている。
おれがトランス状態と呼んでいる、あの見えないものが見えている世界というのは自我と世界の境界のない状態だそうで、その中では意思の力で『理《ことわり》』を解いて再構築しているのだと言う。使い方次第では惑星まるごと消滅させられるらしいけれど、そこまで強い意思が持てないから安心していいと言われた。
ヨハンソンの中にあるHIVウイルスの遺伝情報を解いた、だからその遺伝情報を持っているものが全部解けたのだという。やっぱりホーミング機能ではなかった。
「それで次は?なにをしたの?もう一人の局員さんと恋に落ちたとか?」
「残念ながら彼女には恋愛感情が備わってないです」笑ってそう言って、不意にスペイン語が使えるようになった件を説明した。大事な話だから聞いて理解したいと思っていたら急に理解できるようになって、おまけに喋れるようになったと。
そのときの身体に感じたことを説明すると、まず額が熱くなるのは前頭前野という言語を整理して統合する部位に刺激があり、音がクリアに感じたのは側頭葉の記憶にリンクする部分に刺激があり、脳内のネットワークの位相空間を再構築して、バラバラだった記憶を思考に組み込む回路を作った、アサガオさんにそう言われた。
鳩尾については迷走神経の働きだろうけど、先の二つの働きで言語を理解した結果に起きたことじゃないかと、教授は言っている。
「言語の習得までしちゃうなんて、お株を奪われたようでちょっと悔しいわね」
「そうはいってもコツコツ覚えようと努力して貯め込んだものを使いやすいように整理したというだけですから、私のようにゼロから植え付けられたのとは違います。スペイン語が使えるようになったのは、あなたの努力の結果ですよ」
教授にそう褒められた。ていうか本人前にして植え付けられたって。言い方。