深夜近くなりアーリントンのウチヤマ一家が借りている家に到着する。
家の中に入るまで帽子を目深に被り、決して上を見ないように徹底する。
そっと家の中に入る。奥さんがすぐに子供たちの様子を確認しに行き、OKサインを出して寝ていると知らせてくれた。今夜のために頼んだシッターさんは既に帰っているようだった。先生がベッドルームのクローゼットから毛布を持って戻って来る。
「もしよければベッド使ってください。僕はソファで寝ますから」
「いや、明日買い出しとか行ってもらわないといけないから、先生はちゃんと寝てください。奥さんも。おれは明日の昼間ヒマなんで今夜は起きてても構わないんで」
「わたしも彼とここで寝るわ。奥さんもちゃんと休んで。朝ごはんの目玉焼き楽しみにしているからね。うふふ」
「そんな。ただの目玉焼きなので。きょうはお世話になりました。おやすみなさい」
リビングにアサガオさんと二人きりになり、それぞれソファに腰かける。
セントラルヒーティングが効いているのか温かく、冷蔵庫の音だけが聞こえる。
このソファもしかしてベッドになったりしないかなと思い背もたれのあたりを調べてみたがベッドになるタイプではなかった。
「こっちの方が広いわよ。変わってあげようか」3人掛けに座っているアサガオさんに言われる。「大丈夫です、こっちでも足伸ばせるし」と2人掛けのおれが言う。
部屋の温度に慣れてきてコートが暑く感じたので脱いで背もたれに掛け、締めっぱなしのネクタイを外して上着のポケットに丸めて入れる。シャツのボタンを外せば完全に桐生ちゃんコーデになる。虎落としとかできそうな気がする。
「ねえ、そっちに行ってもいい?」
「はあ?教授にぶっ殺されますよ!さっき聞いてたじゃないですか」
「ちょっと寒いのよ。隣に座るだけだからいいでしょ?」
返事をする前にアサガオさんは隣に座る。背もたれのコートを取って前に掛けた。
教授の残り香をくんかくんかしているように見えて安心した。
「サヨさんに呼び掛けるにはどうすればいいんですかね」
「うーん、難しいわね。海の中から一粒の砂を見つけるようなものだと思うわ。ウルグアイの彼女に聞いてみて一緒にいればいいけれど」
携帯はホテルに捨ててきてしまった。番号は覚えていない。日本に帰ってサクラさんに会えたら連絡できるけど、サクラさんの番号も覚えていないし。まあそれは彼女が日本にいるならどうにかなるだろう。
「彼女とはお喋りできないじゃない?姿も見えないし触れもしない。もしも彼女がそこにいたとして、どうしたいの?」
「お礼が言いたいんです。彼女がいなければ捕まっていただろうし、流れ弾に当たってたし、きっと時間も戻らなかった。いまここにいられるのは彼女のおかげです」
なんの根拠もないけれど彼女はもういない。巻き戻した時間の中に彼女だけが入っていないことをどこかで知っている。確かめようがないのが辛い。
「あなたを守るため命を散らした彼女に、あなたはなにをしてあげられるの?」
「なにを…なにをって生きるしかないじゃないですか。生かしてくれたんだから!」
「じゃあ、あなたにとって生きるってなに?救われた命でなにをするの?」
「生きるって… 生きるってことは、食うことです」
「ぷっ。あははは。あなたって本当に面白いわね。生きるって食べることなんだ」
「そうですよ、死んでるやつは食えないですからね」
「あら?じゃあ、サヨちゃんは死んでるの?彼女食べられないじゃない」
「サヨさんは…生きてます。彼女は…彼女は…『忘れない』って気持ちを食べてる」
「ふうん、なによ、急にロマンチックなこと言っちゃって。うふふ」
そうだ。勝手に口から出てきた言葉だけれど、彼女が「忘れない」って気持ちを食べているのだとしたら、おれが忘れない限り彼女は死んだりしない。おれすげえ。
すっきりしたら眠くなってきた。上着を脱いで向こうのソファに置く。
先生が持って来てくれた毛布をアサガオさんに掛けて、もう一枚をおれが掛けて寝る体制になる。するとアサガオさんがしなだれかかって肩に頭を乗せてきた。
「ちょっ。だから教授にぶっ殺されますって。なにやってんすか」
「いいじゃない肩ぐらい。『忘れないを食べてます』かー。ちょっと羨ましいわね」
忘れないって強く思ったことで彼女の存在がおれの中にあると思える。
たとえこの世界で会えなかったとしてもまたどこかで、生まれ変わるのかなんなのか知らないけれど、またどこかで会えるような気がしてきた。またねサヨさん。
寝ようとしていると、パチッと目の中に火花が散った。
「そういうの、冗談になってないから、まじやめてください」
「えへへ。バレたかー」
第七章【米国編】了