結ぶと解く   作:ながずぼん

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第137話 順調と出発

 スーツケースを2つ抱えたアズマ教授に「おつかれさまです」と声を掛けると「いまのところ上手くいっているようです」と孫を愛でる顔で言われた。

 

 ヨハンソンに襲撃の時間を伝えてあったので、彼のツテで通信傍受をしていたところ、医師の携帯に襲撃者と思わしき者からの連絡があった。会話の内容とおれたちが現れなかった後の行動から内通者の線は薄いと判断したヨハンソンが元上司に今日起きたはずの件を報告し、おれたちが逃亡する間のサポートを引き受けてくれたそうだ。

 いま、おれから聞き取りをした人物像と容姿のスケッチを元に実行犯の特定をしているそうで、そこから辿れればどこが襲ってきたのか特定できるだろうとのこと。

 

「ありがとうございます。教授たちはいまから空港ですか?」

 

「ええ。NSAの協力を取り付けられたので早々に帰国します。日本で無事に帰ってくるのをお待ちしていますよ。がんばってください」

 

 そう言って教授は手を差し出してきたので固く握手をした。その感触でそういえば初めて会ったときも握手したなと思い出した。あれから一年しか経ってないだなんて。こっちの世界はいろんなことがありすぎる。

 

 教授とのお別れが済んでアサガオさんの方を向くと、割と勢いよく抱きつかれた。目の前に教授がいるので「不可抗力です」という顔を向けると、彼は穏やかに笑って頷いた。よかった殺されなくて。そう思っているとアサガオさんは耳元で「いい、絶対に無事で帰って来るのよ」といつになく真剣な声色でそう言われた。

 彼女は抱き着いた腕を離して正対すると「あなたには、まだやらなくちゃいけないことがあるんだからね?しっかり食べて、生きて!」と励まされた。

 

「一人じゃないから。みんながいてくれるから大丈夫ですよ。アサガオさんたちも気を付けて帰ってください。二人の楽しい時間はこれからなんだから」

 

 さっきの声色から結構ピンチなのかとビビったけれども、言った通り一人じゃない。ここから運んでくれるアドラさんや、陰でサポートしてくれるヨハンソン、それから買い物をしてくれたウチヤマ夫妻、日本の根回しをしてくれるハナザワ室長、無事を祈ってくれる目の前の二人。おれの帰りを待ってくれているはずの店のみんな。

 帰れないわけがない。まじで根拠ないけど自信はすごいある。

 

 教授とアサガオさんが連れ立って出て行くとき、彼女が見送る奥さんに向かって「あなたの『祈り』はちゃんと届いていると思うわ。子供たちを精一杯愛してあげてね」と、そう言い残して去っていった。

 奥さんは「は、はい」とキョトンとしていた。

 

 教授たちが去ったあとウチヤマ先生がパジャマを持って来て、シャワーを浴びたら使ってくださいと渡される。ああ、そういえば昨夜は風呂に入ってなかった。

 風呂を借りてシャワーを浴びた。「オマエ、足クサイ」とか言われないように足の爪の間をごしごし念入りに洗った。髪も洗ってさっぱりしたところでリビングに戻ると「お、おばけー!」と長男くんが逃げて行った。髪を縛っていないから落ち武者みたいになっていた。

 ドライヤーが面倒なので自然乾燥派なのだけど奥さんに「風邪ひくからドライヤーしてください!」と強めに言われたので洗面所に戻って髪を乾かした。

 縛らなきゃ結局ボサボサのまま、というかバルデラマみたになった。

 

 ―――――

 

 子供たちも寝静まった22時頃にアドラさんが到着する。玄関のドアが控え目にノックされ先生が出迎えると、どこかの制服のようなものを着たアドラさんが部屋に入ってくる。どうやって仕舞い込んだのか髪が帽子から出てなくて遠目に見たら男性のようだ。

 心なしか胸も平たく加工?しているようだ。でも顔がどう見ても女性なんだよな。

 

 「お待たせしました。これに着替えてください」と流暢な日本語でそう言いお揃いのユニフォームを渡される。洗面所で青みがかったグレーの制服に着替える。上着はフリースでけっこうあったかい。キャップを被ってリビングに戻ると「サイズ、大丈夫でしたね」と言われる。すらすら日本語で喋るアドラさんが吹き替えみたいに思える。

 

 そっと家を出て白いでかめのバンの後部ドアを開け、先生が買ってきてくれた荷物をどんどん運び入れる。キャンプ用の折り畳み式の断熱マットレスとか毛布とか、水のボトルも結構な量がある。全て運び入れた頃、奥さんがやってきて「これ、よかったら食べてください」と紙袋を渡される。重さからして中身はサンドイッチだろう。

 「ありがとうございます」と礼を言い、直後にスーツを置き忘れていたことを思い出して「あ、ちょっとだけ待っててください」といってリビングに戻りスーツを入れたでかい紙袋を持って車に戻る。「これは必ず日本に持って帰るから」と言うと「ふふふ、忘れないでくれてありがとう」とアドラさんは微笑んだ。

 おい、乙女みたいな顔してんじゃねえ!トゥンクしちゃうだろ!

 ここから数日2人きりのタイミングでロボから乙女になるとかどんな拷問だよ…

 

 ウチヤマ夫妻に匿ってくれたお礼を言い、短い別れの挨拶を済ませたら助手席に乗り込みいよいよメキシコまでの逃亡がスタートする。

 

 でかいバンがゆっくり走り出すとアドラさんはどこかに電話を掛け短く何かを言ったら電源を切った。通話が切れる前「OK」と言っていたのはヨハンソンの声だった。携帯の追跡を避けるための定時連絡みたいなものなのだろう。

 

「この車はどこかで乗り換えたりするんですか?」

 

「いいえ。これは国土安全保障省、DHSの医療搬送用の訓練車両です。乗り換えも考えましたが、中継地点の設定が難しかったのでやめて、州を跨いでも怪しまれないこの車両を使うことにしました。仮眠スペースも広いです」

 

「そうなんですね。ていうかアドラさん、日本語とてつもなく上手になってますね」

 

「はい。マムにたくさんの日本語を与えてもらいました。あなたの話はとても面白いから話をしていればすぐにテキサスに着くと言われました」

 

 ちょっとまって。どうして会話のハードル上げるようなこと言うんだよ。

 

 GPSでの追跡を避けるためかナビがないので紙の地図を見ているが、自分がどこにいるのかわからないので意味がない。とにかく車は住宅地を飛ばすわけでもなく、ゆるゆると走っている。「道、全部覚えているんですか?」と尋ねると「中継地点までは覚えています」と返事が来た。「とりあえずどこまで行くんですか?」と訊くと「シャーロッツビルです」というので地図で見ると…探せない。名前が目に入って来ない。

 

 その後、道の記号について教えてもらい、我々はUS-29という国道で夜明けまでにバージニア州南部のダンビルという街まで行くらしい。

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