おれはうつ伏せで彼女とは反対の方向に顔を向けている。そこへ彼女の独白がぽつりぽつりと聞こえてくる。
「私は、私の『正義』に従ってここまで過ごしてきました。たとえ会社からあなたの件から手を引けと言われても、私はあなたを運びます。ヨハンソンもきっと同じ」
きっと先があるのだと思って「うん」とだけ返事をする。
彼女はNSAを辞めることになった経緯を話し始めた。
12年前、MITを修士として卒業した彼女は、叔父が分析官として働くNSAに入局する。成績優秀で分析官としても高く評価されていたのでゆくゆくは管理職に就くようなエリートだったそうだ。そして入局して5年目の2007年に事件があった。
彼女の叔父が私的に通信傍受を行い、おまけにガラの悪い連中を使った件で懲戒免職処分となった。NSAの内部調査は厳しく、親族である彼女に数回聴取が行われ、叔父の事件に関しての見解を求められた際、事情を本人から聞いていた彼女は頑なに「叔父は間違っていない」と主張し、退職勧告となったそうだ。
「叔父はNSAを辞めるとき「正義は一つではない」と誇らしげでした。だから私の"正義"と組織の"正義"が違うのは仕方がないと思って私はNSAを辞めました」
「そうなんだ。さっき任務は関係なくおれを守るって言ってたのもそれなんだ」
「はい。独り善がりかもしれません。でも、私は正しく生きたい」
「叔父さんの正しい行いが、NSAのルールに外れていたから辞めることになったけれれど、叔父さんとしては間違っていたとは思っていないから誇らしかったんだね」
アサガオさんが「やれるのにやらないのは偽善」と言っていたのと同じだと思った。ただ、組織のルールとすればどこかで線引きをしなきゃならないから、叔父さんの行動はNGとして扱うしかなかったんだろう。同調した彼女も同様に。
「叔父には子供が2人いて、私と同じ年の従姉妹がフロリダの農場主の次男と結婚しました。農場主はプエルトリコの移民でしたが先代の養子に入り農場を継ぎました。叔父は従姉妹や移民同士で気の合う農場主によく会いに行っていました。そして8年前の2007年に良くないことが次々と重なりました」
その先の話はアドラの叔父さんが96時間のリーアム・ニーソンかってぐらいの大活躍ストーリーで、信賞必罰な世界なら絶対に解雇されなさそうな話だった。
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農場主の長男はテキサス州のエルパソで倉庫業を営んでいたのだが、ある日免許を家に忘れたまま車を運転していたところ、ウインカーを出さずに交差点を左折したため警察に呼び止められる。そこで本人も免許不携帯であることに気付くのだが、彼は容姿がラテンアメリカ人であり、彼と同姓同名で過去に不法滞在歴のある者がいたため、移民関税執行局(ICE)に身柄を引き渡され移民収容施設へ送致されてしまう。
彼は独身であり身分を証明するために実家の農場へ電話を掛けるがあいにく農場主はその電話に出られなかったため、留置場で数日過ごすことになってしまう。
メキシコの麻薬組織にICEの職員と通じている者がいて、長男の実家がフロリダの大農場であることが知られてしまう。大規模農場には小型飛行機の滑走路として使える私道があることが多く、これを密輸の中継地点として使うことがある。
その麻薬組織、ベラスケス・カルテルから農場主へ連絡が入る。移民収容施設に収監されている長男を釈放させる代わりに密輸に協力するようにと。警察や麻薬取締局に通報すれば殺すし、ICEに連絡しても殺すと脅される。
困り果てた農場主は息子の嫁の父であり信頼できるアドラさんの叔父さんへ相談すると、火の玉となった叔父さんが持てるものを全て行使する。公には職権乱用。
まず、通話メタデータの傍受に始まり基地局のIMSIログアクセスなど、できることはなんでもやってカルテルを特定し、以降、農場への通信は全て傍受できる状態を作り上げる。他にもなにか説明があったが聞き洩らしたか理解できなかった。
カルテルから農場主へ密輸のセスナが着陸する日時の連絡が入る。着陸できるよう道路の両脇から車のライトで照らすよう指示をされる。
農場主から日時の連絡を受けた叔父さんだが、農場主への連絡を傍受していたので、セスナ機から麻薬を積み替える輸送車両を追跡できるよう準備をしていた。
指定された時刻に農場主が車のライトで道路を照らすと、輸送車両と思われるバンが農場に現れ、すぐにセスナ機が着陸してくる。叔父さんに言われバンのナンバーを覚えた農場主は、車両が去りセスナも再び飛び去ったところで叔父さんに連絡。
叔父さんは車両に積まれた携帯の発信信号を傍受して位置を大まかに三角測量しつつ、例のALPRで追跡し、さらに防犯カメラ映像にまで手を伸ばして追跡を実行。
翌朝、偽装された「違法逮捕である」という書類が偽の弁護士あたりから内通者に提出され、長男は無事に釈放となった。
長男の無事を確認した叔父さんはカルテルの敵対組織に輸送車両の情報を流し、山の中で車ごと焼却処分するよう依頼。おそらく何らかのバーター取引があったと思われるがアドラさんがいくら尋ねても教えてくれなかったそうだ。
数日後、アラバマ州の山の中で丸焦げになったバンが発見された。運転席には撃ち殺された形跡のある焼死体があり、荷台には焦げたコカインの残留物があった。
敵対組織の仕業であるとカルテルに情報が入り、農場主の農場は縄張り的にまずいと思ったのかカルテルから農場主に二度と接触してくることはないそうだ。
しかしNSAとしては私的通信傍受など職権乱用も甚だしく、防犯カメラへの違法アクセスや非合法組織とのやり取りもあったため懲戒免職処分は免れず、ただしそれまでの貢献実績や事件の組織外流出防止の観点から刑事告発は回避された。
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メキシコの麻薬組織が出てきた頃から起き上がって話を聞いていたし、アドラさんも起き上がって身振り手振りを交えて話をしていた。セスナが農場に着陸したあたりから、腹がぐうぐう鳴って仕方なかった。正午はとっくに過ぎていた。