食堂で朝食を済ませると大使館にいる医務官の診察を受けた。
ここには医療器具も揃っていないため問診だけだった。
斬新な寝ぐせの医務官は、病院から話が回っているのかやはり頭痛や鼻血のことを尋ねてきた。特に自覚症状はないと答えながら視線は斬新な寝ぐせに釘付けだった。
その斬新な寝ぐせの脇に、かわいらしい女性がポツンと立っている。
問診が終わると彼女の方から話しかけてきた。
「ここには医務官以外に医療従事者がおりませんので、サポート職員としてお手伝いさせて頂きますサクラザワです。よろしくお願いします」
「ハナダです。ご面倒をおかけしますが、こちらこそよろしくお願いします」
「こちらに来てから大変な毎日だったとパウラから聞いております。わからないことや不安なことはなんでも言ってくださいね」
女子アナのような賢さとかわいらしさが同居したような容姿の彼女がパウラさんが言っていた大使館のカワイイ人だった。なるほどヒロイン枠なだけある。
だけど、彼女からどこか憐れむような、負けないで!というような目を向けられていると感じるのは気のせいだろうか。心配というより憐憫。
おれ、そんなに気の毒そうに見えるのかな…
「ああ、あなたがパウラさんのお知り合いの方だったのですか。彼女のおかげで元気にやれています。会うことがあればよろしくお伝えください」
パウラさんからどんな話を聞いたのか知らないけれど、彼女の使命感に火を点けるように聞こえてしまっているようだった。なので平気ですよアピールをしておいた。
今のところ彼女に頼ることもない。「お仕事の邪魔をしては悪いので」と言って部屋に戻って昼になるのを待った。
昼食を食べに食堂に行くとすでにサクラザワさんがいた。
そんなに広い部屋ではないので目が合った。すると声を掛けられた。
「ハナダさん、お一人は寂しいでしょうからご一緒にいかがですか」
あまりにもはっきりとした声でそう言うので周りの視線が集まる。
クラスの冴えない男子がすごくモテる女子から妙に気に入られるアニメのようだ。
その場合、女子は自身の恋心に自覚がないのがお約束だけれど、おれの場合は残念ながらそれに該当していない。二代目ヒロインは単純に世話焼き気質なのだろう。
ちらちらと目の端に映る周囲の視線を無視して彼女の対面に座る。
そもそも彼女がどうこうではなく、謎のちょんまげ中年が突然大使館に住み始めたのだから元からいた人たちに注目されるのは仕方ない。
日替わりランチを食べながら、病院での目まぐるしい日々の話をした。
日本での暮らしとか家族のことも少し話した。戸籍が行方不明だということも。
その話に彼女の使命感がメラメラと燃え上がるのが見て取れた。
「私だったら絶望しているかも。ハナダさんて強いんですね。でも応援してます!」
「ありがとうございます。サクラザワさんに応援してもらえたら心強いですね」
ありがたいものの、かわいそうな人扱いされ続けるのは居心地が悪い。
話を変えよう。
「ところで、サクラザワさんはどういう経緯でウルグアイに配属になったのですか」
「私は大学生の頃に一年間、ボランティアでパラグアイの農業支援に来ていまして。その後、国家公務員試験を経て外務省に入って、南米での駐在希望をしたところウルグアイに配属になりました」
「あの、女性に年齢を尋ねるのが失礼なのは承知していますが、サクラザワさんっておいくつなんですか?」
「私、31です。すっかりおばさんです、えへへ」
「え、20代半ばかと思いました。けど経歴をお聞きしてあれ?って思ったので」
海外の大使館に配属になるにはそれなりの手順を踏むというか、いくつかの採用条件をクリアする必要があるそうで、割と真っすぐ向かっても20代では難しいそうだ。
「それにしても20代半ばだなんて。そうやってパウラも口説いたのですか?ふふふ」
「いやいや、口説いてないですよ。彼女がどんな話をしたのか知りませんが、感謝と尊敬はしていても下心はないです」
「なんだ、つまらない。せっかくパウラにいい人ができたと思ったのに」
妙な空気になったところで、そろそろ昼休みも終わり近くになり「またお喋りしましょうね」と言って彼女は去っていった。
パウラさんにはいい人がいないのか。ウルグアイの男性の目は節穴なのか?
あ、そうじゃなくてパウラさんがその気にならないってことか。
おれには随分優しかったような気がするけど口説く前から「セックスはダメ」って言われたぐらいだから、そういうことではないのだろう。
食べ終わった食器を片付けて、なにをするわけでもないけれど午後からの面談の前に一度部屋に戻って気持ちを切り替えることにした。